選挙カーと少女

@ryousipin

第1話 湖底の記憶

2027年3月、ある小さな湖畔の町で雪解けが早く訪れた。


町には、選挙カーが大音量でスローガンを流していた。


「我々の党が未来を切り開く! あなたの一票が、すべてを変える!」


佐平次は、レストラン『ミナの涙』の窓からその景色を眺めていた。

彼は、窓に映る自分の姿を見つめながら、ため息をついた。


3年前、彼はFX取引に手を出し、3000万円の借金とそして、追い打ちをかけるように関西大震災が加わって、家族とも別れた。


現在、彼の人生はこの「ミナの涙」というレストランに縛られている。


「おい、佐平次! ボーとしてないで働け!」


店長の怒鳴り声に、佐平次は我に返った。 厨房に戻りながら、彼は店内のテレビに目をやる。選挙番組が流れている。


「次回の選挙は、国家存続の危機を乗り越えられるかどうかかの分水嶺となり、第三次世界大戦の影が忍び寄る中、我々の選択が・・・」


佐平次は鼻で笑った。

崩壊した保険制度、導入されたばかりのベーシックインカム。


その時だった。 ドアベルが鳴り、一人の少女が入ってきた。

「いらっしゃ…」

佐平次の言葉が途切れた。少女の瞳に、湖底に沈む何かが映っているみたいな気がしたのだ。


「カガミ」


少女―カガミは、まるで質問されるたかのように答えた。その声は、古い蓄音機から流れる音楽のようだった。


カガミは窓際の席に座り、メニューも見ずに注文した。


「この時代の、、コーヒーをください。」


佐平次は、普通のコーヒーを用意した。


「君は…この町の人じゃないよね?」


「そうですね。私は遠い所から、ここに来ましたからね」

「でも、まだ生まれていないの」


佐平次は首を傾げた。


カガミの言葉は意味不明だったが、どこか懐かしい響きがあった。


その時、店の外で騒がしい音が聞こえたた。選挙カーだ。


「諸君!我々の党は、この国を救う!」全ての可能性を、我々の手に!」


カガミはくすりと笑った。

「面白いわね。数とか時間とか」


「…?」


カガミは微笑った。その笑顔はどこか、悲しみと言うよりも、未知なものを楽しんでいる風でもある。。


「私は、この町の記憶よ。あらゆる可能性を内包している。「観測しないと形にならない」


瞬きする間に、カガミは消えていた。 テーブルには、一杯のコーヒーだけが残されていた。その表面には無数の未来が映っているようだった。


佐平次は窓から外を見た。選挙カーが遠ざかっていく。

その音とともに、自分自身もまた観測されることを待っているような気がした。


その夜、佐平次は久しぶりに夢を見た。夢の中で、彼は湖底を歩いていた。 足元には、無数の光る粒子が漂っている。ようだった。

目覚めた佐平次は、何かが変わった気がした。カガミとの出会いは、彼の内になる何かを揺さぶったのだろうか。


朝のニュースは、選挙の話題で持ちきりだった。

「今回の選挙結果が、日本の未来を決定するでしょう」


佐平次は、カガミの言葉を思い出していた。


「私は、この町の記憶よ。あらゆる可能性を内包している。測らないと形にならない」

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