第4話 すむかすまないか

 その日の夕ごはんの時だ。


「川魚うまし」


 煮付けを口に運ぶ。


「白米が欲しくなりますよ」


 この世界にそんなものはない。

 芋が主食である。もっともエルフは伝統的に果実を主食にするらしいが、そんなのはどうでもいい。


「イモうまし」


 この世界の芋は淡白で、おかずとよく合う。


「果物すっぱし」


 とれたてのイチゴのような酸味。

 黄色のトマトのような果実を食べる。


「いやあ満足満足」


「そうか」


 父が暗い声で言った。


「部屋に戻っていなさい」


「あっはい」


「お前たちも下がれ」


 メイドたちにそう言いつける父。


「俺も食べ終えたので、失礼します」


 そう言う兄ロレン。


「いや、お前はここにいろ」


「え? はい」


 なんかイヤな感じ。俺は部屋に戻ると、家に共鳴をかけて二人がいる居間をコッソリのぞいた。


「見ていたぞ。ウンドランの剣術。アレは素晴らしい。まさしく純血エルフというにふさわしいな」


「はい」


「それに比べてお前はどうか?」


「ど、どうかと言われましても。たしかに才能ではウンドランに劣るかもしれませんが、それでも十分に強いほうだと自負しておりますが」


「そういうところだぞ。弟に負けて奮起しないやる気のなさもそうだ。お前はこの偉大なるナックス家の跡継ぎにふさわしくないのではないか」


 下を向く兄ロレン。


「ウンドランを嫡子にするということですか?」


「いや、奴は傲慢で、人の不幸を喜ぶ性格だ。派閥争いや領地運営に向いているとはいえん。貴族に必要なのは力だけではないのだ」


「お、恐れながら。なにが言いたいのです?」


「着いてこい」


 二人は地下室に向かった。


「この先に私の宝物庫がある」


「はあ」


 父は収集を趣味にしている。

 そこかしこに絵画や陶器があるし、食器すら高級な特注品だ。中でも貴重なものは、宝物庫にしまっているらしい。メイドたちの囁く噂にすぎないが、宝物庫には無許可で保有していることがバレたら父のクビが飛ぶレベルの危険なブツもあるそうだ。


「これがなんだと思う」


 小指ほどの大きさの赤い結晶を手にする父。


「マナクリスタルですか」


「そう。これはユニオンという。ユニオンを精製する魔術は最大級の禁忌とされ忘却されたので、現存している濃縮ユニオンはわずかだが、そのひとつがこれだ」


「初めて聞きました……」


「濃縮されたユニオンは『賢者の石』とも呼ばれる。あらゆる魔法の触媒となり、いかなる攻撃でも破壊されることはない」


「そ、それがなんだというのですか」


「これを使ってお前に禁術をかける」


「はい?」


「不老不死の術だ。失敗すれば廃人になるが、成功すれば無比力の権能を得ることができよう」


「あ、安全なのですか?」


「少なくとも成功しているところを見たことはないな。国が実験として百人の囚人に不老不死の術をかけたことがあるが、成功者はひとりもいなかったそうだ」


「そんな! おやめください! そんな危険な術を使えば俺は!」


「なんだ?」


「は、廃人になってしまうのでしょう?」


「それがなんだ」


「それがなんだって……」


 ため息をつく父。


「その時はウンドランを跡取りにすればよかろう」


「お、俺が廃人になってもいいと?」


「いい」


 断言する父。


「いいか。お前は特別ではない。替えがきく駒にすぎない。偉大なる純血エルフの血筋を守るための駒だ。もしお前が失敗しようとも。その次にウンドランが失敗しようとも。その時は俺がまた子供を作り、新たな跡取りを探す。偉大なるエルフの血統を守るためには、必要な犠牲なのだ」


 扉をバンと開ける。


「しょうもないっすね」


 宝物庫に足を踏み入れる。


「ウンドラン。聞いていたのか」


「エルフは繁殖力が低い魔族です。替えがきくというのは、傲慢すぎる考えかたでしょう。お兄様のことも、もっと大切にしないと」


「大切にするだと? もっとも大切なのはエルフの血筋を守ることだ。それが私たちの使命なのだ。子供のお前には分からないかもしれないが」


「いや、分かりますよ。それの使命なら、今のお兄様でも十分まっとうできるでしょう」


「いや、お前はなにも分かっていない。エルフは偉大でなければならないのだ。こんな弱者が跡を継いでは、恥さらしのレッテルを貼られてしまう」


「へえ。それじゃあそう言うあなたは、さぞ偉大なエルフなんでしょうねえ」


 ちょっとイジワルな事を言ってしまったか。

 父はギリっと歯ぎしりをした。


「……私は出来損ないだ」


「はい?」


「私はお前たちのような加護をもたん。精霊に選ばれなかった敗北者だ。領地もうまく運営できず、税金を上げるばかりで民に負担をかけたあげく、手に負えなくなって参謀の執事に丸投げした。そのせいで私は『公爵』から『伯爵』に下げられる可能性すらあったのだ。純血エルフ御三家の恥というほかあるまい」


 父は拳を握りしめた。


「私はナックス家は偉大な存在であってほしい。私のように恥を晒してほしくない。それだけなのだ」


「そうっすね」


 父から賢者の石をとりあげる。


「それじゃあコレだ。コレで不老不死の術をほどこせば、偉大な存在になれるんでしょう? じゃあまずはあなたがやってくださいよ?」


「そ、それは」


「出来損ないなんでしょう? 替えがきく駒なんでしょう? それなら息子にやらせる前に、まずは自分の身で実践したらどうです?」


「……すまない。できない」


「すむかすまないかの話なんてしてないんですよ」


 父を睨みつける。


「さっき必要な犠牲と言いましたよね」


 父に迫る。


「まさかその犠牲の中に『自分自身』は入っていないと? そんな自分勝手がまかり通りますか?」


「……ううっ」


 顔を伏せる父。


「なぜ私は、こんなにも弱いのか」


 賢者の石の父の手に返す。


「こんなとこですかね。ちょっとイケズが過ぎました。ごめんなさい。だけど俺のお兄様をあまり責めないでくださいね」


 父が呟く。


「私にはなにが正しいことなのかわからん」


「それでいいんじゃないですか。傲慢にも『自分が正しい』なんて勘違いをするから、くだらない争いやイザコザが起こるんです」


「……そうか。そうだな」


 父が兄の肩にポンと手を乗せる。


「すまなかった。いま一度、お前を信じてみようと思う。どうかこの家を頼んだぞ」


「当然です」


 父はその場を去った。

 兄が顎を上げて言った。


「フン。礼は言っておくが、助けたなどと思うなよ。俺ひとりでも父を説得するくらいできたんだ」


「はいはい分かってますよ」


「……ありがとう」


 兄が、少し恥ずかしそうに言った。


「なんですか、らしくない」


「ふふ、そうだな」


 兄はどこか清々しい表情をしていた。


「父は心配性すぎるのだ。俺だって歴史や帝王学を勉強してるし、三年後、魔法学院に入学すれば魔法を使えるようにもなる。不老不死の術など使わずとも、偉大なるエルフの家系を継ぐにふさわしい者になってみせよう」


「魔法学院か」


「それがなにか?」


「いや、余裕があるのかなと思って。魔王陛下が崩御したせいで、綿密に保たれていた国家間のパワーバランスは崩れることになるでしょう。世界大戦になる恐れもある」


「笑止! 敵国軍などおそるるに足らんわ! この魔剣のもとに斬り伏せてくれる!」


「だといいんすけどね」


 いかに魔王国が超大国といえど、魔王不在で混乱している現状だ。敵国が同盟を組んで攻めてきたら没落する可能性はある。そうなれば、貴族バッジなんてウンチになってしまうわけで。

 イデアを救うどころではなくなってしまう。


「うーん」


 勇者がなんとかしてくれたら楽なんだけどな。

 しかし原作ゲームがハッピーエンドを迎えられたのは、いくらでもセーブとリトライが効くゲーム世界にすぎないからだ。今のところ、この世界にはセーブポイントなんてものは存在しない。


「ま、終結予想はマリリンが魔王に即位して、いくつかの貴族は魔王国から離脱して独立する。超大国は事実上の解体となるだろう。とはいえ敵国とも多少の紛争はあれど、全面戦争にはならず冷戦に落ちつくと予想される」


 しかし何事も絶対はない。

 最悪の事態を想定しようか。


「そのマリリンだって安全ではないしな。そもそも本来のルートでは、イデアはマリリンに殺されることになっている。だからマリリンを殺すことで、イデアの隠しルートに発展するわけで」


 なんでマリリンがイデアを殺すのかは分からん。

 だけど、早めに保護しておくべきだな。


「もっとも俺がイデアを保護したところで、マリリンの魔手から逃れられるとは限らないけどな。なにせ、マリリンは原作最強クラスのキャラだ」


 最悪、そのマリリンと敵対することになる。

 原作最強クラスの加護をもつマリリンと。


「いやあ、ゾクゾクするね」


 今はただ、やれることをやろう。

 なにが起きてもいいよう、強くなる。

 それだけだ。




 ★★★★★★★★★★★★★


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エロゲ廃人だけど悪役貴族に転生した ~隠しルートのラスボスに転生したので、チートスキルで原作をぶち壊しながら最推しのヒロインを救います~ Manami @manamich

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