第3話 王道を征く魔剣

 魔王陛下が崩御した。

 予想より早いな。ゲームのストーリーが開幕するまでには、まだかなり時間があるはずだが。まさか俺が転生してきたせいってことはないだろうな。


「ゲームと多少の差異はあるってことか?」


 朗報だな。

 すべてがゲーム通りに進むなら、俺は破滅まっしぐらだ。俺の行動次第で、いくらでもゲームのストーリーをねじ曲げることができるということ。


「フン」


「おや、お兄様。魔王陛下が崩御したというのに落ちついていますね」


「お前もな。まあ当然のことか。あの最強を誇る魔王陛下が死ぬわけがなかろう。おおよそ諸外国との関係が煩わしくなったから、死んだことにして隠遁したのだろう。数百年もすればまたひょっこり現れるはずだ」


 それがガチで死んでるんですよね。


「ご苦労。こんなくだらん情報を伝えにきたのか」


 兄の言葉を聞いて、手紙を出すメイド。


「爵位をもつ家系のものはすべて、王位継承戦に参加する資格が与えられます。お父様は高齢のため辞退されましたが、ウンドラン様とロレン様はどうなさいますか」


「フン。もちろん参加はしない」


 しないんかい。


「意外ですね。お兄様、権威主義者っぽいのに」


「当たり前だ。王位継承権をめぐる戦いに参加するとなれば、あの魔王の娘マリリンを敵にまわすことになろう。おそらく我が家が誇る全兵力を駆使しても全滅、マリリンには傷ひとつ付けられまい」


「そうっすね。仮に王位につけたとしても、魔王国の繁栄を快く思わない諸外国から命を狙われることになるでしょうし。俺たちには魔王陛下みたいな最強チート戦闘力はありませんから」


「そういうことだ。下がってよいぞ」


「ははっ」


 メイドは一礼して去った。


「さて、俺の剣を見せてやるとするか」


 俺たちは外に出た。


「嫌な感じだ」


 空を見上げる兄ロレン。


「ここ最近はずっと空が黒雲に覆われている。海の水は腐り、木々は枯れつつある」


「世界のバランスが崩れてるんですね」


「そうらしい。川魚は好みではない。また美しい海に戻ればよいのだが。さて」


 執事に目をやるロレン。

 すぐに執事が木製の人形を用意した。

 人形は安っぽい鉄の鎧を着ている。


「剣をここに」


 ペコリと礼をする執事。

 ロレンは木刀を手にとった。


「木刀で鉄の鎧を切れるんですか?」


「まあ見ていろ」


 バシュン。

 兄の姿が消える。


「こっちだ」


 兄は人形のはるか後方にいた。


「人形に触れてみろ」


「はい」


 俺が人形に触れると、人形の胴体がずるりと横一文字に切れた。


「すごいですね。まるで動きが見えなかった」


「フン。これが大精霊に祝福された俺の力だ」


「そうか。これがスキル、加護の力なのか」


 じっと手の紋章を見つめる。


「こんな力をデメリットなしで使えるんですか?」


「もちろん加護の使用は魔力を消耗する。お前の共鳴もな。もっとも俺たち純血エルフの魔力は強大すぎて、よほどのことがない限り枯渇することなどないのだが」


「純血エルフ……」


「いまや純血のエルフは、御三家とよばれる三つの公爵家でしか現存していない。この偉大なる血を守ることが、この家の嫡子たる俺の役目なのだ」


「お兄様はそれでいいんですか?」


「なに? というと?」


「好きでもない相手と結婚するのを、なんとも思わないのかなって」


「ほう?」


 兄は興味深そうに言った。


「自分の好む相手と結ばれ、子をなすことに幸せを感じる。そんなものは動物と変わらん。動物の喜びだ。俺たちは動物ではない。偉大なる魔族なのだ。俺は魔族として、この血を存続させることに喜びを感じなければならない」


「達観してますね」


「当然だ。しかし次男のお前は好きな相手と結ばれて構わんぞ。好きなように生きればいい」


 下を見る兄。


「俺のぶんまでな」


 小さな声でそう言った。

 うわあ。やっぱ嫌なんじゃん。

 好きでもない相手と結婚するの。


「面倒だな。貴族って」


 貴族の中でも、公爵だからな。

 そりゃ自由なんてないか。

 次男なのがありがたいな。


「さて、お前もやってみろ」


 木刀を渡してくる兄。


「よし」


 共鳴を発動する。

 剣から記憶が流れこんでくる。

 さっき兄が剣を振るった感覚。

 それが自分の物のように伝わってくる。


「はっ」


 ブオン。

 風が鳴く。

 俺は一瞬にして人形をブツ切りにした。


「いてて」


 筋肉痛のような鈍痛が走る。動きは真似できても、力はそのままってわけか。俺の肉体の限界を超えた動きをしたせいで、腕はジンジンするし足には力が入らん。


「なっ」


 唖然としている兄。


「お、お、俺ですら鉄を切るのには半年もかかったのに? なにが起こっているんだ? 幻覚を見せられているのか?」


「いやいや、お兄様には及びませんって」


 武器の記憶から技を再現する。

 強大だが、しょせん劣化コピーに過ぎないな。


「ほら、剣もボロボロ」


 木刀はズタズタになってしまっている。


「そ、そ、そうだな」


 兄はひどく動揺している。


「おいっ。アレもってこい」


 執事に言う。


「ははっ」


 すぐに銀色の剣をもってくる執事。

 まるで鏡のように光を反射している。

 神秘的な剣だ。


「これがなにか分かるか?」


「濃縮ミスリルの魔剣でしょ」


「濃縮ミスリルの魔剣だ」


「だからそう言ってるでしょ」


「ミスリルというのは、いわゆるマナクリスタルの一種だ。魔力を帯びた銀のこと。ミスリル原石を精製して濃縮ミスリルにする技術は、この魔王国にしか存在しない」


「そうそう。その原石を掘り出すのに、多くの子供たちが鉱山で犠牲になってるんですよね」


 イデアはそれを救うために立ち上がったのだ。

 うなずく兄。


「必要な犠牲だ。マナクリスタルは生活の要。湯を沸かしているのも、水や火をもたらしているのもすべてマナクリスタルの力だ。マナクリスタルがなくなれば、俺たちは原始人のような生活を余儀なくされるだろう」


「必要な犠牲だったとしても、もっとこう労働環境を改善したりはできないんですか?」


「鉱山で働くものなど、他に身よりのない犯罪者や孤児ばかりだ。そんなやつら、とことんコキ使ってやればいいのだ」


 兄が剣を構える。


「はあっ!」


 ビシュウ。

 風が裂ける音。

 人形が細切れにされた。


「なぜ俺がここから一歩も動かずに、遠方にある人形を破壊できたと思う?」


「魔力を刃にして飛ばしたからでしょ」


「魔力を刃にして飛ばしたからだ」


「だからそう言ってるでしょ」


「これができるから、魔剣ミスリルは消耗しにくい。打ちあって刃こぼれすることもないからな」


 剣を渡してくる兄。


「お前もやってみろ」


「うわあどうやるんだろう」


 すごい棒読みで答える。


「魔力を操作する方法が知りたいか」


「はい」


「フン。実は俺たちエルフは魔力を操作する器官をもたないんだ。だから自力では魔法を使うことはできないし、魔力を扱うことはできん。自力で魔法を使える種族は、魔力操作器官たる『角』をもつ種族のみ。俺たちが魔法を使うには、精霊様の力を借りなければならない」


「へえそうなんだすごいなあ」


 ふたたびすごい棒読みで答える。

 どうでもいいのでさっさと話進めてください。


「だからミスリルの刀身で角を代用するんだ」


「どうやるんですか?」


「剣と心を通わせるのだ。生活を共にして常にそばに置いておくことで、剣と一体になる。俺は三年の時をかけて、ようやくその剣と心をひとつにできたのだ」


「へえ。じゃあ俺には無理だ」


 とか言いつつも。

 共鳴発動。


「うん?」


 うまく発動できないな。

 剣の魔力が俺の力を拒んでる。


「いや、できた」


 なんとか剣と共鳴できた。


『コロス。コロス。ゼンブケス』


 すごい物騒だな。

 これがミスリルの意思なのか。


「魔剣よ。力を貸せ」


 剣を振る。

 スパンスパン。

 魔力が手裏剣のように回転しながら飛ぶ。


「これがミスリルか。すごいな」


 バラバラバラバラバラ。

 残った人形がすべてサイコロにされた。


「な、な、な」


 ガクガクと震えている兄。


「どういうことだ? 俺の三年の努力はなんだったんだ? いや、ほんとになんなんだお前?」


「ただのウンコマンです」


「はあ、なんか自分に自信がなくなるな」


 兄が手をプラプラと振る。


「悔しいが、お前を侮っていた。お前の才能は本物らしい。今度、職人に依頼してオリハルコンの剣を作ってもらおう。ミスリルほどではないが、強力な魔力をもつマナクリスタルだ」


「いや、お兄様に迷惑はかけられないっすよ。自分の武器くらい自分で調達するんで」


「フン……」


 兄はなんとも言えない表情だ。


「チッ」


 それを遠くから見ていた父が、舌打ちをした。

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