第2話 悪役貴族の家庭事情

 死んで気がついたらゲームの世界でした。


「って納得できるかい。異世界とか平行世界ならまだしもゲームの世界だぞ。ありえないだろ現実的に考えて」


 ドッキリだろうか。

 しかし、俺みたいな一般モブにドッキリをしかけて喜ぶやつがいるとも思えない。


「待てよ?」


 パソコンに表示されていた文字を思い出す。


「魔王の資格者に選ばれました、か」


 考えられる可能性としては、あのゲームはそもそも魔王の資格者をあぶり出すために作られたエサだったということ。ゲームを作ったのは現代人ではなく異世界人だった、のなら辻褄は合うのか?


「うーむ」


 ま、考えても無駄なんだろうな。

 とうてい納得できないが、いま起きていることは現実として受け入れるしかあるまい。だって起きちゃったものはどうしようもないんだから。


「下手に考察するより、ゲームの世界に転生したということで話を進めたほうがよさそうだな」


 まずは現状を確認しようか。


「文字と言語は、やっぱり異世界のものか?」


 本棚から本を開く。


「見覚えのない字だが、意味は理解できるな。ウンドランとしての記憶が残っているのか」


 いろいろと頭に情報が埋まっている。

 しかしうまく掘り出せない。

 おそらくは、俺の記憶ではないからだ。


「しかし、よりによってウンドラン。いやウンコマンに生まれ変わるなんてな。どうせなら勇者がよかったけど、贅沢は言わん。欲しがりません勝つまでは。またこうして生を受けれるだけありがたいよ」


 ウンコマン。

 このキャラはネットではそう呼ばれていた。

 そう呼ばれても仕方ないくらいのクソなのだ。

 バカみたいな話だが、面白かったので俺も便乗してウンコウンコ言っていた。やっていることは小学生レベルだが、楽しかったのでオッケーです。


「このままだと勇者にチュートリアルでぶっ殺されてしまうわけか」


 しかし。

 鏡を見る。

 ナマイキそうな顔だ。


「まだウンコマンは、あの邪悪な醜いデブにはなっていないらしい。見たところ八歳くらい」


 こくこくと頷く。


「俺の頑張り次第では、まだ取り返しがつくってことだ。だけど、ゲーム内でウンコマンの過去について語られることはなかったし、あくまで手探りでやるしかないってことか」


 尖った耳に触れる。


「こんなありえない状況なのに落ちついていられるのは、俺が人ならざる者だからなのか?」


 エルフ。

 それがウンドランの種族である。

 エルフは魔族の一種だ。

 極めて長い寿命と達観した精神をもつとされる。


「その達観が行き過ぎて傲慢に転じてしまったのが、俺のよく知るウンコマンというわけだな」


 頭をコツコツと指で叩く。


「さて、この世界がどれだけゲームと共通しているのか確かめようか」


 手を前に出す。


「いでよステータス」


 何も起こらない。


「いでよオプションウィンドウ」


 何も起こらない。


「レベルのようなゲーム的な要素は、そもそも存在していないのか。あるいは内部的には存在していても、確認できないのか。ま、これは『ナシ』ということで話を進めたほうがよさそうだな」


 確認しようがないなら、ないのと変わらんし。


「スキルはありそうだな」


 手の甲に刻まれた幾何学的な紋章を見る。


「いや、精霊の加護と言おうか。スキルはゲーム用語であって、正式名称は加護だ。この世界の者は十歳になると、教会で加護を授かることができる。といっても誰も彼もが授かれるわけじゃない。加護をいただけるのは、四大精霊に祝福された選ばれし者だけ。そして加護を授かった者は、その証として手に紋章が。あれ?」


 鏡をまじまじと見る。


「俺、まだ十歳じゃなくね?」


 なのに加護が発現している。

 どういうことだ。


「そういえばゲームの勇者も、十歳じゃないのに加護を授かってたな。たしか生まれつきで。俺の最推しであるイデアもそうだ」


 しかし、それに関して特に説明はなされない。


「いや、説明あったけど俺が見落としてただけかもしれん。あのゲーム、アイテムの説明とかローディング画面とかで、物語の重要設定がしれっと語られてたりするしな」


 もっと真面目にプレイしてればよかったな。


「ま、後悔しても遅いか」


 ウンコマンが序盤のチュートリアルでやられる雑魚にもかかわらず、隠しルートでは裏ボスになれた理由。詳しくは語られていないが、それはこの加護にあるはず。


「加護、発動」


 なにも起こらない。


「いやいや。違う違う。そうじゃない。加護っていうのは体の一部なんだ。誰も手足を使う時に発動なんて言わないだろ。意思の力で動かさないと」


 強く意識してみる。


『おや?』


 観葉植物からおじさんの声がする。


『君か。わざわざこの私に加護を使うとは、なんの用だね?』


「草さん、俺の加護について知ってるんすか?」


『もちろん知っているさ』


「俺の加護について教えてくれませんか」


『それは君のほうがよく知っているはずだが』


「いやそれが、毒キノコ食べて記憶がパーになっちまったんすよ。なにも思い出せなくて」


『……君のスキルは『共鳴』だよ。物質に意識を付与して記憶や感覚を共有する効果がある』


「ふんふん。モノや動物と話せる力ってことか」


『そんな単純なものではない。そもそもモノも動物も、本来ならこのような意識などもっていない。君の能力の真髄は、心なき存在に心を付与できるというところにある』


「ほうほう。つまり俺の加護はテレパシーっていうよりはエンチャントに近いってわけだな」


『なにを言っとるんだ? えんちゃんと? なんだそれは?』


「いや、なんでもないです」


 なるほど。

 武器に意識を付与できるのか。

 俺はひとりでも、敵にとってみれば多勢を相手にしているかのような状況を作れるわけだな。


「なるほど。ウンコマンが強かったわけだ。意識を付与させるということは、相手の武器に恐怖や痛みを付与して弱体化させることもできるのかな?」


 応用の幅は無限大だな。

 せいぜい、もてあまさないように頑張りますよ。


『それよりそろそろ加護を解いてくれんか。なにせ植物なものでね。こうして話しているだけでも疲れ果ててしまうのだ』


「あっすみません」


 加護を解く。


「あれ? 普通に加護が使えるようになってる?」


 意識して発動するまでもない。

 それこそ手足のように扱える。

 馴染んできたってところかな。


「ならさっそく加護に活躍してもらうとするか」


 廊下に出る。

 家と感覚を共有。

 まずは家族の情報をチェックだ。


「家族はふたり。兄と父。ふたりとも一階の茶室でくつろいでる。他には警備らしき男が五人とメイドっぽい女が十人。うわ。この物置、掃除してないじゃん。家が広すぎて管理できてないやつだ」


 うげえ。やめやめ。バッチイ部屋と共鳴したせいで気持ちが悪くなった。


「父や兄の使用品に共鳴すれば、もっと詳しく探れそうなんだがな」


 この加護、警察や探偵に向いてそうだな。


「コソコソしすぎる必要もないか。思いきって、声をかけてみよう。家族なんだから、多少は不自然でも怪しまれないだろ。子供の性格なんてコロコロ変わるもんだし」


 茶室に向かう。

 ヒゲを蓄えた筋骨隆々な父。エルフらしく耳は尖っていて、髪は仙人のようになめらかだ。


「お父様、今日はいい天気ですね」


「おおウンドラン。これから奴隷市にいって、お前の大好物の柔らかい人間の女を、たんまり用意してやろうかと思っていたところだ。お前も来るか?」


「キモチワル。いりませんよそんなもの」


「なに? いらないだと? 柔らかい女には目がないお前が?」


 この歳で性奴隷かよ。

 悪趣味すぎだろウンコマン。


「まったくお前は世話が焼けるな。美食家で活きのいい人間しか食わないから、こっちは苦労させられる。兄ロレンのように、果実と魚を食べてくれれば楽なのだがな。言ってみなさい。今度はどんな人間を食いたくなったのだ?」


「うわあ、そうだった」


 コイツ人間を食うんだった。

 いくら魔族とはいえ、それはないわ。

 悪趣味なんてレベルじゃない。

 最低すぎるよウンコマン。


「そうだった、とは?」


「いえ。今日からは兄と同じものをお願いします」


「は? お前が? 本当にどうした? ふざけているのか? それとも頭でもぶつけたのか?」


「いえ。実はひそかに兄のことを尊敬していまして。これからは兄に習おうと思うのです」


「そ、そうか。よく分からんが。まあ、お前がそう言うならそうしよう」


 少しずつ俺の印象を改善していこう。


「フン。ようやくお前も俺のことを認めたか」


 高身長で白髪をなびかせる男が言った。

 すんごいイケメン。ダビデ像かよ。

 こいつが俺の兄なのか。


「この家を継ぐことは諦めた、と考えていいんだな? この俺をナックス家の嫡子だと認めると、そういうことだな?」


「認めるもなにも、あなた長男なんでしょ。だったら議論するまでもなくあなたが嫡子でしょ」


 目を丸くする父。


「お前ほんとにどうしたんだ?」


「どうしたとは?」


「いやいや。生まれながらにして精霊の加護を賜っている自分こそが、誇り高き純血エルフの家を継ぐにふさわしいと豪語していたじゃないか」


「ああ、それについては気のせいでした。加護は精霊様の意思とは関係なく、たまたま授かったものだと気がついたのです」


「気のせい? 本当におかしいぞお前?」


「フン」


 話を鳴らす兄。


「当然のことよ。俺の加護は『魔剣』だ。お前のもつ『共鳴』など遠くおよばん絶大な権能。誇り高き純血エルフの家にふさわしいのは、この俺だ」


「いやほんとにそうです。流石ですお兄様。あなたの手前、俺など虫けらに等しい」


「ふふん。分かっているではないか。俺が家を継いだ暁には、お前のような純血エルフの恥さらしなど追い出そうと思っていたが、傍に置いてやるのもいいかもしれんな」


 うわ、ウンコマンのやつ家族に恥さらしって言われてるよ。どんだけ普段の行い悪かったんだ。


「なんともったいなきお言葉」


「ハッハッハッハッハ」


 さてと。

 スキンシップはこのあたりにしとくか。

 状況確認に戻ろう。


「ところで父様、魔王陛下のことで質問が」


「魔王陛下? たしかに私は公爵という身分を戴いているが、それでも魔王陛下は私からすれば視界に入れることすら許されないほど偉大なお方だ。答えられることなどないと思うが」


「最近、魔王陛下に変化はありませんか?」


「特にないが?」


 そうか。魔王はまだ崩御していない。


「ううん」


 どうしようか。

 ゲームのシナリオ通り、これから魔王が崩御すれば世界は大混乱に陥る。もしゲームであったような未来が来るのならば、この身に待ち受けているのは破滅だ。


「打てる手はいくつかあるが」


 ひとつ、魔王崩御を阻止する。


「あまり現実的ではないな」


 俺ごとき公爵の次男坊など、魔王陛下に近づくことすら許されないだろう。


「それなら」


 勇者やその仲間に今のうちから媚を売っておく。


「これはアリだな。あの最強勇者様にヘコヘコしてれば、甘いミツ吸い放題だろう」


 最後の手段。

 勇者とか魔王崩御の混乱なんて屁でもないくらい、ぶっちぎりの最強になってやる。


「……この手があったか。そうか。そうだな。このクズ貴族が実は最強だということを、俺だけが知っている」


 なにせウンコマンは俺が何百時間かけても倒せなかった男だ。しかし本来なら、チュートリアルでカマセとして消し炭にされる雑魚だ。

 そううまく運ぶだろうか。


「けど、これならイデアを救えるかもしれない」


 たったひとりだけ、救えなかった少女。

 俺に生きる意味を教えてくれた少女。

 彼女に恩返しがしたい。辛い引きこもり生活をしていた俺に、つかの間の充実をくれた彼女に。


 なにより俺は、彼女の生き様が好きだ。

 彼女にはぜひ魔王になってほしいと思う。

 虐げられている子供たちを救ってほしいと思う。


「ま、手は考えておこう。ともあれ、まずは俺が強くならないと話にならないか」


「なにをブツブツ言っている?」


 俺の顔をのぞき込む兄ロレン。


「いや、お兄様から剣を学びたいと思いまして」


「フン。お前もついに俺の剣に興味をもったか。いいだろう。お前に神を見せてやる」


「うわ。神ときたか。すごい自尊心だ」


「なに?」


「なんでもございません」


 兄の訓練所に向かう途中だった。


「大変です!」


 駆け寄ってくる老婆のメイド。


「どうした」


 兄が尋ねる。


「魔王陛下が崩御あらせられました!」

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