認めたくない

ぬはは

嫌だ

西海第一学園。その名を聞けば、少しでも高校野球を知っている者なら、名門中の名門だと断言する伝統ある野球強豪校。僕は1年生にして、その野球部のエースとして君臨している。誰よりも高みを目指し日々努力を重ね、将来は甲子園優勝、そして巨躯ドーランズの背番号18を背負うことが予定だ。予定を狂わす妥協は一切許されない。だが、最近どうも集中できていない。いや、正確に言えば集中を乱されている。その原因は土井だ。


土井はただの同学年のチームメイト、それも二軍の一選手に過ぎない。確か、ポジションは遊撃手ショートだったか。紅白戦の時、アイツが僕のストレートに初見でタイミングを合わせてバットを振ったときは驚きを隠せなかった。だが、それだけ。結果は空振り三振。かすりもしなかった。それ以上の実力者はここには幾らでもいる。僕とはかけ離れた、平凡な男のはずだ。それなのに、アイツが時折見せる屈託のない笑顔が、瞳に焼き付いて離れない。この稀代の天才である僕が、なぜこんな平凡な奴に心を乱されなくてはならないのか。苛立ちを押さえきれない。


今日もそんなモヤを抱えたままランニングを終えた。グラウンドの隅で汗を拭っていると、カゴの上にまたがって球磨きをしている土井の姿が目に入った。彼は一軍の練習風景に釘付けで、ボールの汚れをきちんと落とせていなかった。僕は彼の背後に立ち、「ボール、泥がついたままだぞ」と声をかけた。彼はビクッと震えて、振り向いて立ち上がる。


「なんだよ うるさいな!俺は頑張って磨いてるんだぞ!」と凄んできた。だが、土井に言われたぐらいでは臆さない。もっとも、誰に言われても僕は気にしないが。


「そんな体たらくだといつまでたっても二軍止まりだね。僕に言い返したいなら、さっさと一軍に来て欲しいけど」と言った。そして口角を上げて彼を見つめる。土井は悔しそうに歯ぎしりしながら、僕を睨む。そして黙って背を向けると、カゴの上にドスンと腰を下ろし、球磨きに戻る。今度は先程よりも力を込めてボールを拭っているのが分かった。


「仕方ないな。練習後、打席に立て。この僕が投げ込んでやるよ」


………自分でも信じられない、僕は何を言っているんだ。野球に関して言えば、土井に関わることには何のメリットもない。一人でシャドーピッチングをしているほうがマシだ。なのに、どうしてこんな提案をしてしまったのか。


「えっ、いいのか!」と土井が再びこちらを向いて立ち上がる。お前のボールをもう一度打席で見たい、次は打ってやる、などと言いながら僕に笑顔を浮かべる。その表情が夕焼けの空と共に、再び僕の瞳に焼き付く。なぜ僕は、こんな平凡な奴に心を動かされるんだろう。この鼓動を止められるものなら、止めたい。だが、もう遅い。僕はその瞬間、自覚してしまったからだ。


――僕が、土井に惹かれていることを。

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認めたくない ぬはは @Fururu1

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