2話「東の魔王」

「ごめんよぉおじいちゃん。あとで腰揉んであげるからぁ。」

「はぁ。もう良い。おい人間。ここは魔物が巣食う樹海だ。死にたくなければ立ち去れ。」

「…お前たち魔族は伝承とは随分違うようだな。」

「はぁ?よく言うよ。君だって人間のくせに人類滅ぼしたいとか言ってんじゃん。」

「いや、そうではなく。俺の国ではお前たち魔族は人を食い、殺す化け物として伝えられていた。だから、俺がお前たちを討伐しなければならなかった。」

「ふーん。過去形なんだ。」


本性剥がれた魔王マーラと先先代のおじいちゃん。持ち場を失った勇者の果て。状況はアホらしかった。


「なぁんで、同胞なんか殺したいの。」


吹っ切れたようにマーラがきく。高圧的、魔王様的態度は跡形もなく霧散していた。


「君、よく見ると服とかボロボロだし、色々あったんだろうけど。恨んだり憎んだりするだけじゃ何も変わんないし、いつまでも虚なままだよ。」


どこか昔を思い出すようにマーラが話す。


「しかし、俺は…。」

「それと、魂は契約とかできないから!私は魔王であって「悪魔」じゃないし。」

「………それも、そうだな。」


やり場のない憎しみがリューゲの体を渦巻く。



「おい、マーラ。こんなところで道草食ってる場合じゃないぞ。東の魔王が待っているからな。」

「あ、そうだった。それじゃあね。樹海を抜けるには故郷を思い浮かべてまっすぐ進んで。」

「そうか…。突然の無礼を失礼した。感謝する。」


(俺は、どうすれば良いのだろう。)


彼の裏切られた悲しみや憎しみは消えない。その復讐心だけが、いまの彼を生かしていた。


リューゲの寂しげな顔を見つめ、マーラは一ついいことを思いついた。


「ねね、おじいちゃん。ちょっと待って。」


乗りかけていた馬車を飛び降りて、去っていくリューゲにマーラは呼びかけた。


「おーい!人間!いくとこないなら私のところに来るかー!?」


ふと振り向いたリューゲの目は虚だ。しかし、その奥は何かに縋りそうな、哀しい光を宿している。


「私が、君の、面倒を見てやる!」

「は!?マーラ!何を言っているんじゃ!こんなのが東の魔王に知られたら…!」

「…俺が、なんだって?」


急激な威圧感が周囲を囲む。マーラと同等、それ以上の圧だ。


「マモン!」


マーラが嬉々として叫ぶ。

上空から見下ろすように新たな東の魔王、マモンは佇んでいた。


「久しぶり〜魔王就任おめでとう!」


能天気なマーラの挨拶に思わずため息が出る。


「はぁ。城にはこねぇし何やってんのかと思って向かいに来てやったら。」


チラリとリューゲを見てマモンはもう一度ため息をつく。


「人間を拾ってどうするんだ。」

「ああ!拾うって言い方やめてよ!ものじゃないんだから!それ奥さんの前で言える!?」

「ぐっ」

「自分だって奥さん人間のくせに。てかマモンのくせにあの奥さん…シェリルちゃんは勿体なさすぎ!」

「はぁ!?お前失礼だな!シェリルは俺が良いって言ってくれたんだよ!」

「まぁまぁ。落ち着いて?」

「あー!シェリルちゃん!久しぶり〜!相変わらず可愛いねぇ!」

「あ、ありがとう、マーラさん。」

「ってことで私もこの人間さんと共生する!」

「ってことでってなんだよ。」

「ほら、おいで!人間!」

「扱いが完全にペットじゃねぇか。」


マーラ一行が再びリューゲの方を見やると、そこにはただの林が広がっていた。


「…。」

「ああ!逃げられた!」

「そりゃあ逃げるわな。」

「せっかく人間と仲良くなるチャンスだったのに。」

「お前には縁がなかったんだよ。そんなことより早く俺の城にこい。今後の法案と協定について改めて話し合う。」

「ん。りょーかい。行こう、おじいちゃん。」



マーラ一行は森の奥へと消えていった。


(魔族は、人類が思っているより、邪悪なものではないのだろうか。)


リューゲは彼の棲家としている洞窟に戻っていた。

突然現れ、嵐のように生き生きとしたマーラを見て、自分の信念が消えそうになる。

差し伸ばされた手を取りそうになる。

でも、できない。


(俺は、絶対にあいつらを許さない。)



二つの光をもたらしていた星が沈もうとしている。

あたりは闇と無数の星が輝き出していた。

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人間と仲良くなりたい魔王、ある日森の中で勇者に「人類滅亡を手伝え。」と言われました。 十口三兎 @mitoguchi

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