衝動天使〜殺意を司る天使に取り憑かれた少年〜

士流

第1話 殺意と自殺の衝動天使

ここは学校の屋上。僕の目の前でクラスメイトの女子生徒が屋上から飛び降りた。

彼女が屋上から飛び降りる光景を見るのはこれで二度目。


地上から悲鳴が聞こえてくるが、そんな事今はどうでもいい。彼女が屋上から飛び降りる直前、満面の笑みで僕に向けて放った言葉が頭から離れない。


「あなたが私を殺すまで、私はずっと死に続ける。だからね、立花君……。いつか私を殺してくれると嬉しいな」


僕は誰も殺したくなんかない。誰も殺したくなんかないはずなのに、僕の心を支配している『殺意の衝動』が殺人衝動を駆り立てる……。


「飛び降り自殺なんてもったいないな。次はちゃんと、僕に殺されてくれると嬉しいな」


これは、『殺意の衝動』に取り憑かれた少年と、『自殺の衝動』に取り憑かれた少女の物語だ。


「今日も平穏だな」


僕は家の花壇に水やりをしながら平和な日常のありがたみを噛みしめていた。


「おっと、危ないよ。踏んじゃうところだった」


水やりに夢中になっていたため、危うく蟻の行列を踏んでしまうところだった。


この僕、立花善太たちばなぜんたは生き物が大好きだ。虫や植物、もちろん人間だって大切な生き物だ。生きている事は本当に素晴らしい。辛い事や悲しい事もたくさんあるけれど、それも生きているからこそだ。


「よし、そろそろ学校に行くか!」


花壇の水やりを終えた僕は学校へ向かう。


「行ってきまーす……って言っても誰もいないんだけどね……」


両親は僕を一軒家に残して仕事の関係で海外へ行っている。高校生になってから一人暮らしだったけど、一年も経てば慣れてくるものだ。


今は四月。高校二年生になったばかりでクラスには全然馴染めてないし、友達も全然いない。


僕はクラスじゃ陰キャで一年の時からずっと一人だった。そろそろ友達を作らないと僕の青春は暗く寂しいものになってしまう……そんなのは嫌だ。


通学路の河川敷を歩きながらそんな事を考えていた。


「よし、今日こそ友達作るぞ! ……え?」


気合を入れガッツポーズした途端、目の前に突如天使が現れた。


そう、あの天使だ。金髪の長い髪。背中に生えた白い羽。頭には金色の天使の輪。メイド服の様な格好をしたその天使は神々しく、美しい……。


もちろん天使など会ったことは無い。だが、僕は直感で目の前の美少女は天使だと分かった。


突然の出来事にただ驚いていた僕に天使が声を掛ける。


「やあ、君が立花善太君だね?」


「なんで僕の名前を……。それより、君は一体……」


「私は天使のリリ! よろしく!」


突如現れた天使は満面の笑みで名前を名乗った。


「空中に浮いてるし……本当に……本当に天使なのか?」


「そうだよ! 驚いた?」


「驚いた……っていうか、何で天使がこんな所に……」


僕がその質問をした途端、リリは不気味に微笑んだ。


「立花善太君。君は選ばれたんだよ、『衝動天使』に……」


リリが言っていることが全く分からない。


「衝動……天使? 選ばれたってどういう……」


「衝動天使っていうのは、人間の内に眠る衝動を駆り立てる天使の事。昨日の天界審判で君は『殺意の衝動天使』である私に取り憑かれる事になったんだよ」


やはり、リリが言っていることが全く分からない。


「殺意の衝動天使? 天界審判? 一体何を言ってるんだ……」


「説明するより体験した方が早いね! すぐに分かるから! じゃあ学校行ってらっしゃい、また後で会いに来るから!」


「え? ちょっと待って……」


リリは僕の前から姿を消してしまった。


「天使……殺意の衝動……。一体何だったんだろう。今は気にしても仕方がないし、学校へ行くしかないか」


リリの言っていたことが気になるが、姿を消してしまったのでは探しようがない。僕は普通に学校へ行くことにした。


僕の通う学校は『星華せいか高校』。都内でも有名なマンモス校だ。


リリの事を考えながら歩いていると学校に着く。下駄箱で靴を履き替え、教室へ向かった。


教室に着いた僕はドアを開け、自分の席に座る。僕の席は一番後ろの列の中央。なかなか当たりの席だ。


僕が席に座ると、右隣の席に座っている長い黒髪を三つ編みで編んだ女子生徒が挨拶をしてくれた。


「おはよう! 立花君!」


僕は挨拶をしてくれた女子生徒、鮮美天理あざみてんりさんの方へ振り向く。


さすが学年一の美少女、今日も綺麗だ。こんな僕にも毎日挨拶をしてくれるし、なんて優しい人なんだろう。とりあえず挨拶を返さないと。


「おは……」


挨拶を返そうとした途端、言葉が詰まってしまった。


あれ? なんだこれ? こんな感覚生まれて初めてだ……。こんなの今まで経験した事ない……。


僕の瞳には鮮美さんがハッキリと映っている。整った顔、サラサラな髪、美しいスタイル。


ああ…………。


殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい。   

僕は今、途轍もなく鮮美さんを殺したい。今まで人を殺したいなんて思った事無かったのに。


今はただ、ひたすら鮮美さんを殺したい。


僕は左手で頭を抱えた。


何だよこれ……。何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ何だよこれ……。


自分の身に何が起きているか分からない。分かりたくもない。鮮美さんを殺したいなんて思いたくない。


心では鮮美さんを殺したくないと思っている……。思っているはずなのに、殺したくて仕方がない……。まるで、自分じゃなくなってしまったみたいだ。


突然のことに動揺した僕を鮮美さんは心配してくれた。


「立花君、大丈夫? 顔色悪いよ?」


「え? ああ、うん。ちょっと体調悪いし保健室行ってくるね……」


僕は席を立ち上がり、廊下に出る。教室に居てはいけないと思った。あのままじゃ鮮美さんを本当に殺していたかもしれない……。それほどの殺意だった……。


殺意……?


僕はリリとの出来事を思い出した。


朝会った天使リリは殺意の衝動天使がどうとか言ってたはずだ。何か知っているに違いない。でもとりあえず今は、誰もいないところへ行かないと……。


廊下を歩いている他の生徒とすれ違う。


ああ……あいつもあいつもあいつもあいつも……。殺したい殺したい殺したい殺したい……。


このままじゃだめだ……誰もいない屋上へ行こう……。


僕は屋上へダッシュで向かう。屋上のドアを開け、辺りを見回し誰もいない事を確認する。

すると、僕の目の前にいきなり天使リリが現れた。


「やあ、立花善太君! さっきぶり!」


「天使リリ……」


リリを見た瞬間、僕は声を荒げていた。


「おい! どういう事だ! 僕はさっき、人を殺したい衝動に駆られた! 君が関係しているんだろ! 説明してくれ!」


リリは不気味に微笑む。その笑みは天使ではなく悪魔のように見えた。


「言ったでしょ……君は殺意の衝動天使に取り憑かれたって……。私は殺意を司る天使なの」


「殺意を……」


リリは不気味な笑顔のまま話を続ける。


「衝動天使はね、百年に一度、人間に取り憑いて様々な衝動を駆り立てるの。その衝動は、どれも人の死に直結する衝動……。殺意、悪意、憎悪、恐怖……。人間の負の感情こそが私たち衝動天使の生きる源なの」


「そんな……じゃあつまり君は、生きる為に僕に取り憑いて、殺意の衝動を駆り立てているのか……」


「そーゆー事!」


信じられない。信じたくもない。人間の衝動を駆り立てる天使だなんて……。


だが事実、こうして目の前に天使がいる。信じたくはないがそれが事実なのだ。


衝動天使が存在しているのは理解できた。だが一つ疑問がある。


「…何で……何で僕なんだ! 僕は人間はもちろん、他の動物や昆虫、植物だって殺したくなんか無いのに!」


「だからだよ……」


「え?」


「だから君が選ばれたんだよ。君は命をとても大切にしている……。普段、殺意なんかとは無縁の世界に生きている君が、殺意の衝動に駆られる事で、より殺意の衝動は強くなる! だから選ばれたんだよ! さらに衝動は、感情豊かな思春期の高校生が一番強くなる! 君ほど条件にピッタリ当てはまる人間は他にいないのさ!」


「そんな……そんな理由で選ばれたのか! どうしたら……どうしたら殺意の衝動は無くなるんだ!」


「天使が人間に取り憑いていられる期間は決まっている。あと約二年……君が高校を卒業する日だね。あと二年経てば私は居なくなるよ」


「二年も……」


「そうだよ……。二年間誰も殺さなかったら君は自由の身だ」 


僕は絶望した。長い……。あまりにも長過ぎる。正直言って、あれ程の殺意に二年間も耐えられる自信がない。


だが、次にリリの口から告げられた言葉に、僕はさらに絶望した。


「でももし殺意の衝動に耐えられず、誰かを殺してしまったら……君も死ぬ……」


「……え?」


「衝動に身を任せてしまうとペナルティがあるんだ。殺意の衝動に耐えられなかった場合のペナルティは、誰かを殺した時点で自分も死ぬ。単純でしょ?」


「そ、そんな……」


「まあでも、常に殺意の衝動がある訳じゃ無いから安心してね! ふとした瞬間、何気ない事がトリガーになって殺意に駆られるだけだから!それに殺意の衝動に駆られても別の事に意識が向けば殺意は収まるからね。今だってそう。君はさっきまで人を殺したくて仕方が無かったけど、私が突然現れた事で意識が『殺意』より『天使リリの出現』に切り替わった。だから、常に人を殺したいって訳じゃないから安心して!」


「別の事に意識を向けるなんて……。殺意に取り憑かれた状態でどうこうできるわけない!」


「まあ、確かに一人じゃ無理だね……。それに、殺意の衝動に駆られている時は、本来人間が無意識で抑えている身体のリミッターが解除される……。だから身体能力が著しく向上して、成人男性相手でも一方的に殴り殺せるくらいにはなるはずだよ!」


「そんな……。異常なまでの殺意の上に人を殺せる力……。僕は一体どうしたら……」


殺意の衝動に耐えられず誰かを殺したら自分も死ぬ。もちろん誰も殺したくないし死にたくもない……。一体どうすれば……。 


僕はただ黙って立ち尽くすしか無かった。

「立花善太君……。二年間誰も殺さず耐え抜くか、誰かを殺して自分も死ぬか……。君はどっちなんだろうね……」


リリは不気味に微笑むと僕の前から姿を消した。


「僕は一体どうしたらいいんだ……誰か教えてくれ……」


ガチャ……。


突然、屋上のドアが開いた。ドアの方へ振り向くと、振り向いた先には鮮美さんがいた。


「え? 鮮美さん?」


なぜ鮮美さんは屋上に来たのだろう。

「立花君……ほんとに体調悪そうだね……」


「う、うん……ちょっとね……。それで……どうして鮮美さんは屋上に来たの?」


「立花君が心配で保健室に行ったんだけど、いなかったから……もしかしたらここかもと思って……」


「そ、そうだったんだ……わざわざありがとう」


何だろう……いつもと雰囲気が違うような……。


「立花君……」


「な、なに?」


「屋上に来たのって……ひょっとして……」


 鮮美さんは突然不気味に微笑んだ。


「人を殺したくなっちゃったから?」


「⁉︎ え、何で知って……」


「私、知ってるんだ……立花君が、殺意の衝動天使に取り憑かれてる事……」


「え?」


鮮美さんは、不気味な笑顔のまま話を始めた。


「実は私も昨日、衝動天使に取り憑かれたの。それで、私に取り憑いた天使が、立花君に殺意の衝動天使が取り憑く事を教えてくれたの。本当は教えちゃいけないらしいんだけど、私に取り憑いた天使と立花君に取り憑いた天使が仲良しだから特別に教えてくれたんだよね」


「え? 鮮美さんも⁉︎ それに昨日取り憑かれたって……。僕は今朝初めて天使と会ったんだけど……」


「私に取り憑いた天使は、昨日から一週間の間に衝動天使がそれぞれ対象の人間に取り憑くって言ってたよ。それに取り憑く日にちはバラバラだけど、取り憑いていられる期限は同じみたい。だから私も立花君も高校を卒業する同じ日に天使がいなくなるんだって」


「そうなんだ……。じゃあもしかして、殺意の衝動が鮮美さんにも……」


鮮美さんは首を横に振る。


「ううん、私の衝動は殺意じゃない……」


「え? じゃあ一体、何の衝動が……」


僕の問いかけに、鮮美さんは微笑んだ。


「立花君には特別に見せてあげる……私の衝動を……」


「え?」


そう言うと、鮮美さんは屋上の端へ歩きながら声を荒げる。


「これが私の衝動! 屋上でまた会おうね、立花君!」


鮮美さんは両手を広げ、屋上から飛び降りた。


僕はその光景を黙って見ていた。


「…………は?」


一瞬、何が起こったのか分からなかった。脳の処理が追いつかなかった。


「鮮美さん……何でこんな事……」


意味が分からない。理解が追いつかない。急に現れた衝動天使リリ。衝動天使に取り憑かれていると言う鮮美さん。そしてその鮮美さんが屋上から飛び降りた。


様々な事が起こり過ぎて、僕の頭は混乱していた。


「と、とりあえず鮮美さんの元へ行かないと……」


僕は混乱しながらも階段を駆け降り、鮮美さんが飛び降りた場所へ向かう。


そして、鮮美さんが飛び降りた場所から女生徒の悲鳴が聞こえてきた。


「キャーーーー」


僕の視界はハッキリと捉えた。鮮美さんは血まみれで死んでいる……。


外にいた他の生徒達が声を上げる。


「おい! 誰か飛び降りたぞ!」

「誰か先生呼んで来い!」

「早く救急車を!」


僕は血まみれの鮮美さんをただただぼーっと見つめていた。


「鮮美さん……何で……何で……」


それは突然だった。


僕が瞬きをした途端、急に目の前の景色が、今日の朝リリと出会った河川敷になった。


「……は?」


僕は辺りを見回す。


「もう訳が分からないよ……どうなってるんだ……さっきまで学校に居たはずなのに……」


さっきから色々起こり過ぎて理解が追いつかない……僕の脳はパンク寸前だ。


「いや、待てよ……」


僕は、鮮美さんが屋上から飛び降りる直前に言っていた「屋上でまた会おうね」という言葉を思い出す。


「屋上だ……学校の屋上へ行こう」


僕は学校の屋上へダッシュで向かう。


屋上に到着しドアを開けると、鮮美さんが背を向けて立っている。


「鮮美……さん……。生きてる……」


鮮美さんは僕の方を振り向き、不気味に微笑んだ。


「また会えたね、立花君……」


僕は目を見開き驚いた。


さっき死んだはずの人間が普通に生きているのだ。


「一体……どうなってるんだ……」


鮮美さんは不気味に微笑んだ。


「私の衝動は『自殺』……。自分で自分を殺したくて仕方がない……自殺したくて仕方が無いの!」


「自殺の……衝動……」


「そう! でもね、衝動に身を任せて自殺して数分経つと、一時間前に時間が巻き戻っちゃうの……。それが自殺の衝動のペナルティ……」


「時間が巻き戻る……だから僕は学校に居たはずなのに通学路に居たのか……」


鮮美さんは後ろに手を組み、上目遣いになる。


「私が自殺の衝動天使に取り憑かれていると知った人は、時間が巻き戻った事に気が付くらしいの……。つまり、今この世界で時間が戻ったと認識しているのは私と立花君だけ……」


「僕たち二人だけ……」


「そうなの! それでね、立花君に頼み事があるんだ」


「頼み事……?」


「そう! 私って自殺したくて仕方がないんだけどさ、衝動に身を任せて自殺すると、時間が巻き戻っちゃうでしょ? それってつまり、死ねないって事じゃん? だからさ……私を殺してほしいんだ……」


「……は?」


「天使の話によるとね、不慮の事故に遭うか誰かに殺されない限り私は死ねないらしいの。二年間自殺しないで耐え抜けば自殺の衝動も収まるんだけど、それは無理。だって、あんな凄い衝動に逆らえる訳ないし……。だから、殺意の衝動を持った立花君に私を殺してほしいの!」


どんな頼み事かと思えば殺して欲しいだなんて……。


「そ、そんなことできるわけ……」


「大丈夫! 別に今すぐにってわけじゃないんだ……。私ね、自殺して気付いちゃったんだ」


「気付いた? 何に?」


「自殺する事の楽しさに……」


「え?」


「初めて自殺をしたのは昨日の夜。自分の部屋で首を吊ったの。もちろん最初は怖かったよ。自殺なんてしたくない、死にたくなんかないのに自殺の衝動に逆らえず自殺しちゃったんだ。でも、一回自殺しちゃったら死ぬ事が楽しくなっちゃったんだよ!」


「……」


だめだ。ついていけない。鮮美さんは間違いなく普通じゃない。


「自殺の衝動のペナルティが時間の巻き戻りなのは、自殺の衝動に駆られて死にたくもないのに自殺をするという恐怖を何度も味わうためらしいの……。何回自殺しても時間が巻き戻るから、何回自殺しても死ねない無限ループと、自殺をすることへの恐怖……これが本来ペナルティになるの。でも、私には大したペナルティじゃないね。自殺する事への恐怖なんて無いし、時間が巻き戻れば何回でも自殺できる! 最高じゃん!」


鮮美さんは僕には到底理解できない話をひたすらに続ける。


「でも、死ねないってのは終わりがないって事……。さすがにそれはきつそうだから存分に楽しんだら立花君が私を殺してくれればそれで解決!」


僕は黙って話を聞く事しかできなかった。目の前にいる鮮美さんは狂気そのものだ。


屋上に風が吹き、鮮美さんの髪がなびく。


「つまりね、あなたが私を殺すまで、私はずっと死に続ける……。だからね、立花君……。いつか私を殺してくれると嬉しいな」


鮮美さんは屋上の端へ歩き、僕の方を振り向いて髪をかき上げる。僕はただ黙って鮮美さんを見ていた。


そして鮮美さんは満面の笑みで屋上から飛び降りた。


彼女が屋上から飛び降りる光景を見るのはこれで二度目。


地上から悲鳴が聞こえてくるが、そんな事今はどうでもいい。彼女が屋上から飛び降りる直前、満面の笑みで僕に向けて言った言葉が頭から離れない。


「あなたが私を殺すまで、私はずっと死に続ける。だからね、立花君……。いつか私を殺してくれると嬉しいな」


僕は誰も殺したくなんかない。誰も殺したくなんかないはずなのに、僕の心を支配している

『殺意の衝動』が殺人衝動を駆り立てる……。


「飛び降り自殺なんてもったいないな。次はちゃんと、僕に殺されてくれると嬉しいな」


僕が呟いた途端、目の前の景色が今日の朝リリと出会った河川敷に変わり、時間が巻き戻った。

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