第12話 薄暮

 顕仁にメッセージを送ったら直ぐにスマホが震えた。

 早いと思ったら顕仁ではなく、お義父さん?


『メッセージを見て驚いたよ、警察のお世話になったんだって?』


 電話の向こうからお義父さんの心配そうな声。心配かけたことは反省するけれど表現がひっかかる。


「誤解されそうな表現はやめて下さい。喧嘩に巻き込まれて転倒して病院に運び込まれたんです」

『分かっているよ』


 電話の向こうでお義父さんは笑っている。


『弁護は菜々緒さんがするよ。ごめんね、僕はいまちょっと忙しくて』

「分かりました、お義父さんも心配してくれてありがとうございます」

『それで』


 お義父さんの声のトーンが2つくらい下がった。


『頭は大丈夫?』


 私の気を軽くしようと巫山戯ているんだよね?

 お義父さんの疲れ切った溜め息がさっきの顕仁の溜め息と重なる。


『僕たちがみんな留守だからって、今夜は元カレの男に世話になるんだって?』


 警察で聞いたのかな。

 でも情報が古い。


「お付き合いすることになったので今カレです」

『……大丈夫?』

「いざとなれば痴漢撃退スプレーを使います」

『いざがあることが問題なのだけど、美玖ちゃんがそれでいいならいいか』


 そうだ、お義父さんに聞いてみよう。


「お義父さんは据え膳出されなければ食べませんか?」

『……義娘と話したい内容じゃないけれど、この状況なら据えられても食べないかな』


 顕仁と同じことを言っている。

 これがモテ男の余裕なのか。


 お義父さんは若かりし頃はかなり女遊びが激しく、既婚者になってからも還暦近くのいまもかなりモテる。


「彼、気を使うだろうからってお風呂を使っている間は外に出てくれたんですよ」

『若い雄にそんな気遣いが……美玖ちゃんが選んだのなら仕方がない。抵抗して相手の首を折っても僕が弁護するから。それじゃあね』


 お義父さんの電話の変な終わりに唖然としていると、インターホンが鳴って画面を見ると顕仁だった。


「ただいま」


 自分で家の鍵を開けて入ってきた顕仁の第一声。


 違和感はあるけれど嫌ではない。

 ヤバいなあ。


「目薬」


 エコバッグは持っていかなかったのか、ジャケットのポケットから頼んだ目薬が出てくる。少しだけど顕仁の体温が移っていてグッとくる……ヤバいよ、これはヤバい。


「目眩は?」

「あー、うん、大丈夫。頭は大丈夫」


 心はヤバい。


「スマホ、何かあった?」

「お義父さんと話してた。今日のこと聞いて心配したみたい」

「子どもが警察のお世話になればね」

「表現が悪い」

「一度使ってみたい言葉だろ?」


 真っ当な生活していれば使うことない言葉か。


「美玖のお義父さんって弁護士だっけ。俺もいま弁護士、知り合いのとこで修行中」


 あれだけ遊んでいて弁護士とは、天は顕仁にいくつも物を与えたらしい。

 加害者の篠原さんが別れたくないと駄々捏ねた理由も分かった。


「美玖は?」

「出版社勤務」

「本、好きだもんな」


 顕仁が鞄の中から本を2冊出した。


「さっき買った。よければ読む?」


 どちらも知らない本。

 詩集をとって旅行記を残す。


「あとさ」


 顕仁は鞄に手を突っ込んで……納豆のパック?


「明日の朝ご飯は納豆でいい?」

「朝、ご飯……うん、いいよ。わざわざ買ってきてくれてありがとう」


 朝のことを言われて心臓が跳ねた。

 いまが夜であることを意識する。


「美玖」

「はい!」

「……そんなデカい返事は要らないけれど、ちょっとこっち来て」


 くつくつと笑う顕仁についていくと縁側。

 座り心地のよさそうな籐のイスが2つ。


「そっち座って」

「好きなほうじゃなくて?」

「こっちは俺がいつも使っているイスで俺の形になってるから。祖母ちゃんが使っていたほうのが座りやすいと思う」


 納得のいく理由にすすめられたほうに座る。丸くなっている背もたれと後ろが下がった座面、包みこまれる安心感に口元が緩むのを抑えられない。


「アイスコーヒーと麦茶、どっちがいい?」

「麦茶」

「了解。鞄と本も持ってくるからゆっくりしてて。俺は風呂に入ってくるから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 20:00 予定は変更される可能性があります

古い恋に終止符を。 酔夫人 @suifujin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る