第5話

ここは、太陽が街をオレンジ色に照らしている中で、何カ所かある灯りの無い街。

その一カ所がここ。所謂“裏の街”という奴だ。そこをまるで帰宅路の様にズンズン進んでいくと、怪しげなバーへとたどり着き、創太は堂々とした赴きでその扉を開く。中では夕方なのにもかかわらず重厚な酒の香り――バーボンやマティー二と言ったカクテルの方潤かつ重厚な大人の香りが鼻を突く。大人たちが一斉に創太をその眼力で射貫くが、創太はまたも動じずにその席――マスターのテーブル席、奥から4つ目の席へと座り一言。


「雫の一時をくれ」


「…ロックか?それともストレート?」


「ああ、今日はストレートだ」


「分かった、連絡しよう」


「いつも助かる。マスター」


「今日はどんな用事だ?」


「久しぶりに仕事の依頼だ」


「ほう?お前自ら動くとは、珍しいじゃあないか」


「ああ、それほどの依頼ってことだよ」


「……そうか、お前も忙しくなるな」


「ああ、精々死なない様に働くよ」


「……はいよ。『雫の一時』だ」


「…ありがたくいただこう」


創太はスッと目を瞑る。すると何者かがさっと音を立てると、創太はもうそこにはいなかった。


…あれは創太が『澪』へ向かうための暗号。いつも使わないそこを使うのは、万が一にも学園側の追っ手などがいた場合に巻けるからというシンプルな理由だが、そのバーには確かに怪しさに比例して禍々しさが漂っていた。



「ああ、着いたか」


「ええ、お帰りなさいマスター」


「ああ、んで仕事の方は?」


「今現在、グリードとカイル。後はダンテが話を進めております」


「全員起きてるな、了解した。あとマヤはどうした?」


「マヤは現在情報収集の任をマスターから頂いたと、直々に動いております」


「了解。しかしマヤが動くとは、どんな依頼だったんだ?」


「魔術関連の人体実験を行っている研究所を潰せと」


「依頼主は?」


「さあ。ですが数多の要人と太いパイプがあることは確認済みです。その中には日本政府の主要メンバーも何人かいるかと」


「…なるほど、お前らの判断は間違いじゃなかった。よくやったな」


「はい。お褒めに預かり光栄です。」


「俺は会議の方に参加する。引き続き情報が集まり次第どんな些細なことでもいい。持ってこい」


「かしこまりました」



魔術結社『澪』の会議室、不必要なものは一切ない合理的なその一室に、創太含め8名の主要人物が肩を揃えていた。


藤原修也――裏社会の一角を占め、その実地を支配しているグループの総長。


萩高菅野――裏社会の金貸しであり、東京の裏の金の過半数を握っている裏社会のメガバンク。その総帥。


森本重蔵――情報屋の大本であり、情報屋が最も恐れる男としてその裏社会で名を馳せている生きる伝説。この男にかかれば情報屋が200いようと手に入れられない情報すら拾える情報収集のプロフェッショナル。


8名の内3名は、全員裏社会に何かしら影響を与えている大物だが、何故従っているかと言えば、その影響を与える一大事業に創太達が一枚噛んでいるからだ。


創太が自分の力を使った“あること”に気付き、それがきっかけでこの『澪』というグループを立ち上げたのだが、そこには必ず“人間”の協力が必要不可欠になる時がある。創太はそう考えたのだ。


なので『澪』という結社を立ち上げてから一年は、“頼みと、それに値する報酬”を用意すれば何でもやる万事屋と並行して、協力者に権力や財力を握らせるという工作を行い、今では裏社会で『澪』という名は広まりつつある。


「おお、ようやくお出ましかい。我らが組長はんは」


黒くドスの効いた声で、かつ快活に笑って見せたその男は藤原修也、年齢は50程だが、その体には50には見えない程の凄みと、そしてその顔に着いた大きな切り傷が、自らの人生がいかにいばらの道だったかを証明している。


「ええ、全くだ。まあいつもの事なのでもう慣れましたがね」


対して若い、まだまだ青い声でその声に帰してきたのは萩高菅野。その若い声と同じく若い。30歳前後だが、その眼には全てを疑おうとする裏社会に生きるための技能が染みついており、見るものが見れば裏社会に適応している“人間”だと一目で分かる。


「まあ、いつもの事なんで気にはしねえがなぁ、もうちょいなんとかならんのかね坊?」


創太の事を坊と呼ぶこの男こそ森本重蔵。

50代後半でありながら纏う雰囲気は重厚であり、今までを生き延びてきた経験の全てが覇気として溢れている。昔創太の情報を追っていたが、創太が持つ情報組織に返り討ちに遭い、そして今は創太に雇われている男。数少ない創太に刃向かい、そして創太がその眼で才能を感じた男である。


「俺は待つよりも待たされるのが嫌いなんでね、許してくれ」


「カッカッカ、謝る気が無い癖に許してくれだとよ。こりゃあ一生治らねえな」


「ええ、全くだ。私も次の現場がある中で時間を取っているのに、全く」


「ああ、分かった―。じゃあお前ら会議を始めよう。マルクス、イシュタル、カメロン。いいか?」


「いつでも構いません。我が君」


「………うむ」


「ええ、大丈夫ですよ。マスター」


マルクス、イシュタル、カメロン――。これがもう三人の幹部の正体である。決して名前がふざけているわけではない。ただこの名前の理由を一言で表すとするならば、この三名は『魔物』だという事だ。


「しっかしやっぱいつ見ても人間にしか見えねえよなぁ、お前達ってやつは」


「ええ、これでも『人化』は出来ているはずなのですが…どこか不具合が?」


「いや?ねえよ。ただちゃんと人間のいでたちなのにその尻尾と言い角と言い…。やっぱお前らが魔物なんだってなぁ」


「もう慣れているでしょうに、全く…では、私『澪』の参謀イシュタルが、会議の開始を宣言いたします。議題は今回第一級依頼と認定された以来の解決とその方法についてです」


こうして、創太達にとって最悪の始まりともいえる出来事。

その作戦会議の第一歩が始まった。

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ユグドラシル -創世の力と魔王の物語- 照屋 @teruya1001

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