第4話

「おはよう、創太。二度寝した気分は…どう?」


「ん?……ああ、最高の気分だよ」


「そう?でもすぐに最低に落ちると思う…けど」


「……げっ」


「私が来たってことは、そう言う事。大人しく観念…」


「……ああはいはい。分かりましたよ。行けばいいんだろ?…畜生。で?今何時?」


「今はお昼が始まった…ぐらい。私もご飯、ここで食べようと、思ってたから」


「…そう?じゃあ俺はまたしばらく寝るわ」


「……創太は何故、授業受けないの?」


「うーん。そうだな、まあ一言で言うなら、面倒だ」


「……でも、創太強い力持ってる。私、それ見える」


「……はぁ。そうか」


アリアの言う“強い力”。それは紛れもなく創太の力――【創造】と【虚無】の力であり、創太が一番触れてほしくない禁忌の力。だがそれが見える理由を、創太は知っている。


「…やっぱり、その“魔眼”は凄いな、俺にもわかってない事が見えるなんて、でもそうだな、それが本当なら、ユグドラシルはその力で扱えているのかもな」


アリアの持つ眼――“魔眼”。それは魔力によって視力が上がったり、また魔力を読み取ったり、魔力事態を感知することもできる眼の事である。その魔眼自体に宿る能力は個体差があるのだが、その力を測ることはできる。何故なら力が強ければ強いほど青みがかった色から緑、そして最上の力の証が血の様に赤いブラッドレッド。そしてアリアの眼は時々血の様に赤い紅へと至ることを創太は知っている。知っているからこそ、創太も下手な小細工など撃たずに、知らぬ存ぜぬで通しているのだ。


「…そう、でもその力は綺麗で、美しい。けど禍々しい。気を付けて、創太」


「……ああ、そうだな」


こうして創太はアリアとの他愛の無い会話を繰り返していく。その時間は儚い物だとしても。


勿論。後でしっかり、中島先生特製のげんこつを喰らう事は、簡単に予想出来る事だろう。



そして安息のお昼休みが終わり、午後の教室には、なんと創太が着席していた。頭にこれでもかというほどのたんこぶが一つあるのは、誰の眼から見ても明らかな状態で。


そして五時間目は『迷宮攻略:基礎座学』という、言ってしまえば『迷宮』というシステムの説明だ。そしてその説明をしているのは、『迷宮攻略:魔術基礎学』と並列して受け持っている中島先生なのだ。最も、第一学園の教師陣は迷宮攻略のプロフェッショナル。誰が解説しようともその説明は一級品なのだが、ランク的な意味合いで中島先生が指導をしているという背景もある。


「えー、という事でこの時間は私が受け持つことになった。今回は迷宮の中で実用的な知識や為になる情報を教えていく。そしてここでは、『迷宮攻略ライセンス』に関しての説明も行うので、心して聞く様に、中宮!お前は特にだ!わかったな!」


中宮。その言葉が飛んだ瞬間に、生徒の過半数以上が苦虫を噛んだような顔へと変貌した。実創太は気にしてはいないが、中宮創太という名前は、この学校では毛嫌いされている。


曰く。この学校に入っている価値の無い愚か者。

曰く。親のコネで入ったボンボン。

曰く。先生の弱みに付け込む糞野郎。


などと言った、“授業を真面目に受けない態度”が、その様な憶測を招き、結果生徒に悪影響を及ぼしているのだが、実際には真面目に受けていないというのは事実だ。だがなぜそこまで反発が大きいのか、それはこの学園の特色である。


この学園はレベルが高く、天才が努力をしてようやく入れるレベルの高校であり、ここに入ってきた生徒は努力を限界までしている。何故なら命に関わるからだ。それを真面目に行っていないのに、この学校に入れる創太を毛嫌いしているという節もある。


その他にも様々な理由があるのだが、勿論創太は一切気にしていない。むしろ悪影響が広まってくれたら、先生たちが重い腰を上げてくれるのではないか。もしかしたら生徒の一部が抗議してくれるかもしれないと内心は喜んでいる。


「じゃあ、迷宮の基礎…といってもすでにほとんどの生徒が予習済みだろうが、それでも一応は説明しておこう。『迷宮』は、一言で表すなら“未知”という言葉が相応しい。何が起こるかわからない。自分がどうなるかわからない。一歩足を踏み外しただけで死ぬかもしれないし、一瞬判断を誤っただけで死ぬ。いつ死ぬか、どう死ぬかすら想像できない魔境だ。私自身迷宮には何度も足を運んでいるが、一回一回全く同じ迷宮などなかった。『魔物』や罠。それら全てが一度入るだけで変わるなどよくある話だ。だからこそ、経験を積み、知識を得て、自身の持てる最大限を常に維持しないと、あの魔境では食い殺される。皆も注意しておくように」


迷宮の中は魔境――これは誰が言ったかわからないが、それでも迷宮という環境を表すにはおあつらえ向きと言える。致死、非致死を問わない罠の数々、凶悪な魔物も一種という訳ではなく。ミノタウロス。ゴースト。ゴーレムと言ったおとぎ話に出てくるようなモンスターだって、あの魔境の中では実際にいる生物なのだ。そしてその魔物の数は数千を超える。


「だが迷宮の中で一番の死因は餓死だ。罠による圧死、窒息死。魔物による殺害ではなく。あくまでも準備不足。経験不足によるその油断が命取りに繋がる。勿論魔物だって学習する荷物を奪われるなんてザラだ。そんな状況で生き延びる奴などほとんどいない。いたとしたらそれは――誰か、人を間接的に殺してる奴だ。」


それを聞いた瞬間。皆がはっと息を漏らした。嘘であってほしい。だが数多の修羅場を乗り越えた中島先生の言葉に嘘偽りがないことは明白。


「だから迷宮の中では人間さえ信じてはいけない。一緒のテントに泊めたら最後、荷物を盗られて死んでいたというケースも珍しくない。だから皆は学ばなくてはいけない。より実践的なことも、基礎的な事も、全てをひっくるめての迷宮攻略なのだからな。さあ、ここまでの私の話で、何か疑問に思った事は?」


「はい。」


「お前は…ああ、北上皐月。なんだ?」


今手を挙げたのは北上皐月。この混沌社会で権力を握っている『七宝家』その中の一家に当たる『北上家』の長女である。


ブロンドの髪に、容姿の整ったその姿はどこかのお嬢さんだと言われても十分に説得力を持つものだろう。まあ実際にお嬢様なので何とも言えないが。


「先生の時に一番死ぬかもと思った事を教えていただけると、今後の参考になるのですけれど」


「ああ、なるほど…。私の時は、35階層だったかな?『アルフヘイム』の攻略の際に他のパーティーから暴走形態時の魔物150体を押し付けられた時だったか。あれは私も死を覚悟した。荷物を集めて身軽にし、体に詰め込めるものを詰め込め、かつ動きを阻害されない程度にしつつ、魔物と戦った時だったな」


「……流石、中島先生です」


「さて、質問はないか?」


「…はい」


「お、誰だ?…って、中宮じゃないか、どうした?」


「迷宮にある罠とか魔物とかって、周期とか無いんですかね?例えば、30~35階層はこの系統が多い。この罠が多い。といった迷宮などもあるんですかね?」


「おお、いい質問だな中宮。勿論ある。例えば迷宮一つがその種の魔物しか出てこない有名な物。これは『八代迷宮』が当てはまるな。勿論先ほど言った『アルフヘイム』も八代迷宮に含まれる。それに中宮が言った階層ごとにコンセプトが違っていたりもする。中には集中を阻害する音波を永続的に出してくる階層や、霧が立ち込める階層。光が一切使えないなんていうのも記録には上がっていたな」


「ありがとうございます」


『八代迷宮』―――この地球という星において、迷宮とは数多にある。

勿論一つ一つ大きさや形も何もかもが違うのだが、その中でも特に凶悪だと言われてる八つの迷宮を総称してこう名付けられている。


アルフヘイム――妖精たちが守護する森の迷宮。霧が立ち込め、方向感覚がままならないまま、気が付けば凶悪なモンスターの住処へと案内される危険なダンジョン。森の神狼フェンリルが守っている。


シュヴァルツヘイム――土に住まう精霊、魔獣が跋扈する迷宮。土の中だと身動きがとりづらく、尚魔物のレベルも高い上に土や泥を使って身を隠すため、魔物一体一体に苦しめられる凶悪なダンジョン。


ニダヴェリール――鍛冶を得意とする小人が住んでおり、厄介なのは知能があること。魔物のレベルはそこまで高くないが、波状攻撃や罠、更には武装などをしており、攻略に難があるダンジョン。


ヨツムヘイム――霧と大きな湖が立ち並ぶ、巨人族の住処、【八代迷宮】の中でも簡単な方だが、大蛇ヨルムンガンドがいる事は確認済み。


ムスペルヘイム――辺り一面が炎で包まれている。魔物も皆炎を宿しており、接近戦では危険。更には所々に吹き荒れるマグマや、炎の巨人族がその行く手を阻む。更には炎を纏う竜の眷属サラマンダーなどが有名。


ニブルヘイム――辺り一面が厚い氷で覆われている。【八代迷宮】の中でも、ニブルヘイムとムスペルヘイムは【対極の試練宮】として名をはせている。氷の巨人族がその行く手を阻み、何処をさ迷おうとも氷の地獄からは逃れる事は出来ない。魔物は全て氷でできており、うかつに相対すると一瞬で命が凍る事もありうる。


アースガルド――ただそこにあるとだけ言われている迷宮。現在の人類ではこの迷宮の事を何も知る事は出来ていない。全てが未知であり、今まで多くの挑戦者をいとも容易く拒み続けた。


『八代迷宮』へと挑む。それは序列3000番台からしか許されていない。それだけ攻略が困難であると人類が定めたのだ。難易度は相当と言えるだろう。


「では次はお待ちかね、『迷宮攻略承認パスポート<UPAS>』についての話をしよう、皆準備はいいか?」


<UPAS>――その事だけで生徒たちは椅子を引き中島先生に向かって前のめりになるほどしっかりした姿勢で、最早失礼だというぐらいの眼力を剥けて答える。当の中島先生でさえタジタジだ。


「あ、ああ、皆覚悟はいいようだな、感心した。――<UPAS>の資格は、本来厳しい試験や実地テストなどを通り抜けた物だけが手に入れられる探索者の最初の関門だ。ここでは才能の無い者。努力していない者は容赦なく切り落とされる。何せかかっているのは命だ。その命を守るためにも、厳しい試練を乗り越えた者でないといけない。そしてその試験だが、君たちの監督官は私達。つまりは先生方が対応する。端的に言うならば、卒業=<UPAS>資格に値する。という証明になる。だからこそ覚悟の無い者は落とす。命の危険がある者もだ。中宮は…例外だ。許せ」


これもまた第一学園の魅力の一つ。<UPAS>が自動的に手に入る。勿論卒業すればの話だが、それでも学業と同時に<UPAS>がもらえるというのは、生徒にとってもELTにとってもありがたいことなのだ。


「そして、君たちには訓練の一環としてこの<学内用UPAS>。略して<SUPAS>を渡す。これは学業の一環でのみ迷宮の攻略を認める。というものだ。勿論制限はつくがな、だがその機能は様々な物だ。学内ランキングや生徒証明の代わりにもなる優れもの。そしてこれが無いと迷宮実習の際に授業を履修出来ない。今から配るので絶対に無くさない様に」


<SUPAS>はその通り。学内での様々な事象に関して全てをサポートする端末の事だ。そしてその中には、生徒の総合的な強さや学力のランキングを表示したり、勿論学園側にも“そこそこ安全な迷宮”をプライベートに持っているわけなので、それの管理の為にこの端末は存在する。勿論創太も、この<SUPAS>は是非とも欲しいと思っていた。創太にとって『迷宮』とは、一般人とはまた違った意味を持ち合わせているのだ。


「さて、皆配り終わったな?もうそこにデータは記載されてある。顔写真、【ユグドラシル】の基礎データ。学力の学内ランキング。総合的な順位や学園内のイベントまで、ありとあらゆる情報面でのバックアップをしてくれるのがその<SUPAS>だ。決して無くさない様に。それでは今日の授業は終わりだ!解散!」


その言葉で丁度授業終わりのチャイムが鳴り響く。

創太は足早に帰宅路へと着く…のではなく、全く違う方向へと向かった。そう、創太が秘密に作り上げた魔術結社『澪』の、その拠点の元へと。

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