第4話 接近➁
~土曜の朝~
『ニュースです。宅配業者を名乗って、家に押し入り、性的暴行を加えるなどして、二十代男性を逮捕』
「最近、この手のニュースが多くて、怖いね。私達も気をつけないと。
今日は凌太さんも直紀さんもいるから心配ないと思うけど、深月ちゃん、くれぐれも用心してね」
「はい。そうですね、気をつけます」
「あ、そろそろ行かなくちゃ。じゃあ、行ってきますね」
絢音を見送った後、凌太が口を開いた。
「深月。今日ちょっと友達と出かけてくるね」
「急だね、どうかしたの?」
「あ、うん。昨日、急に言われて……。ダメかな?」
「いいよ、いってらっしゃい」
凌太は、車で楽しそうに出かけて行った。
PCを開き、ヘッドフォンをして、部屋の中で、深月は監視を始めた。
凌太の携帯には、遠隔操作ができる調査アプリを入れ、車内には深月の携帯の端末を忍ばせ、会話や位置情報が確認できるようにしていた。
位置情報を見ていると、水族館で車が止まった。
凌太は、車を降りて、誰かに声をかけているようだった。
『ごめん。待たせたかな?』
『ううん。全然大丈夫。私達も今来たところだから。みんな向こうで待っているから行こう』
若い女性の声がヘッドフォンから直接深月の耳に届いた。
その女は、美波と呼ばれており、アパレルで久々に休みが取れたから誘ったと楽しそうに話をする。
そんな二人の会話から、突然誰かの呼び声が聞こえた。
『美波、こっちだ』
『あ、お父さん、お母さん』
『凌太くんも、美波が無理言ってきてくれたんだろ。悪かったね』
『いえ。お二人のお顔見られてうれしいです』
耳から聞こえる言葉に深月は驚愕でしかなかった。
不倫相手の母親と父親と一緒に会って遊びに行っていることに対していても、
それが初対面ではなくかなり親しい仲だということにも。
『早く中に入ろうよ。今日はいっぱい楽しもうね。凌太さん』
『うん、分かったよ。美波ちゃんについていくから』
仲良さそうな声色で、四人はそのまま水族館の中に入ったようで、
あらゆる場所から人の声が聞き取れたり、ノイズが酷かったりとで、
会話もとぎれとぎれにしか聞こえなくなっていた。
『凌太くん、娘のこと、愛してくれてありがとうね』
『いえ。彼女は俺を救ってくれた、唯一愛する女性です』
『凌太くんが十年、あの子と一緒にいてくれたおかげで、とても家族の私達も幸せだよ。これからも、一緒にいてやってくれ』
『はい。好きな人とその家族とこうして時間を過ごせること、凄く俺も幸せなので。
ずっと一緒にこれからもいるつもりです』
そんな不倫相手の親と夫の会話を妻が聞いていることなんて、知らないだろうと深月は思いながら、吐き気を一生懸命抑えることに必死だった。
十年も一緒にいて、家族とも関係性があって、どうして自分を騙すのか、
そして、どうして自分と結婚したのか、疑問もあるけれど、
大学生の時からずっと騙されていたと考えるとへどが出そうになっていた。
すると、部屋の扉からノックする音が聞こえる。
「はい」
深月は返事をすると、直紀が扉を開けて立っていた。
「すみません、会社で少しトラブルがありまして、急遽出社することになり、
絢音さんも、今日は仕事が遅くなるとのことでしたので、私達のことは気にせずに、お休み過ごしてください」
「あ、そうなんですね。わかりました。わざわざありがとうございます。
気を付けて行ってくださいね」
直紀が家を出たのを確認した後、盗聴を再開した。
『凌太さん、お腹すかない?みんなであそこ行こう』
美波がそう言うと、フードコーナーのような場所へ四人で入り、美波の両親は席に座って、二人がメニューを頼みに行った。
『美波ちゃん、どうする?』
『うーん。これかな、凌太さんはこれでしょ』
『よくわかったね。うん』
凌太は注文をして、食事がくるのをその場で待っていた。
『でもさ、凌太さん。私、今のままの関係じゃ嫌だな』
『え、あ、そうだよね……それは俺も思っているよ』
『はたから見たらただの不倫相手。それ以上の関係なのにさ』
『そうだね、俺も悔しい』
『離婚、できないんだもんね。今はまだ』
『俺はいつでもしたいと思っているよ、深月に愛とか恋とかそんな感情抱いた事なんてないから』
『そっか、それが聞けて安心。一途に想ってくれてるって分かって』
深月は離婚を切り出される前にこちらの手札を増やしておかなければと、
何かできることはないか考えていた。
ふと、部屋の周りに目を向けて、以前、凌太の母が海外に行く前に、
一つだけ物置部屋があると言っていたことを思い出した。
そこには昔の兄弟の写真や思い出の品、ガラクタ等があり、ごちゃごちゃしているからそこは開けなくていいと言われていて、深月はそこに何か自分の知らない二人の手がかりが見つかるではないかと、その部屋へ、足を運んだ。
凌太の母が言っていた通り、段ボールが詰まれていて、何が入っているか簡易的に書かれているものが、部屋を覆っていた。
一つ一つ、『本』『DVD・CD』『アルバム』等、見ていくと、そこに一つ『学生時代使っていた物(凌太)』と書かれたものを発見し、その段ボールを床に置いて、開いてみた。
そこには、大学時代に深月も目にしたことがある、筆箱や文具、ノート等が入っていて、少し懐かしさを覚えていた。
色々と手に取っていると、中学の生徒手帳の中にプリクラが何枚か挟まっていた。
そこには、大学での素朴で、爽やかな雰囲気の人気者感ではなく、髪も染めて、ピアスも四つくらい空いていて、制服も学ランの下に柄Tシャツを着た凌太と、やんちゃそうな青年達がうつっていた。
他にも、そういうメンバーとのプリクラがあった中、一枚だけ、美波と凌太のデートと書かれたものが残っており、メールで送られてきた抱き合っている女性に雰囲気がそのままだった。
「この時からずっと……。でもじゃあ、どうして、私と結婚なんて」
そう思った瞬間、盗聴していた時に美波が発した「今はまだ離婚できない」その言葉が引っかかった。
どうして今は離婚できないのか、結婚している理由が他に何かあるのか、そこに疑問を抱いていると、インターフォンが鳴った。
画面にはスーツを着た男性が立っており、面識のない男性だった。
『どちら様でしょうか?』
『突然、申し訳ありません。橋本と申します。碧誠一様いらっしゃいますでしょうか』
『あ、義父は、しばらく戻らないんです』
『そうですか、私も、地元に帰ることになりまして、先生には大変お世話になりましたので、最後にご挨拶をと、思いまして』
深月は事情を聞いて、家に通した。
「すみません、突然押しかけてしまいまして」
「いえ、義父とは親しいんですか?」
「ええ。先生には大変よくしていただきまして。感謝してもしきれないです。
これ、ご挨拶に持ってきた物なんですが、良かったら召し上がってください」
そう言って菓子折りを男性は渡した。
「ありがとうございます。義父にも、しっかり伝えておきます」
「よろしくお願いします」
深月は飲み物を入れに行こうとした瞬間、後ろから口を塞がれ、床に押し倒された。
服を脱がされそうになり、必死に抵抗しても、びくともしないほど男の力が強かった。
男は不気味な笑みを浮かべて、抗おうとする深月を動画に撮っていた。
すると、家の扉が開き、帰ってくるはずのなかった直紀が入ってきた。
「何してる?」
直紀は、口を塞がれ抵抗のできない深月の姿を見て、男に襲い掛かり、
取り押さえた。
その後は警察を呼び、男は逮捕されていった。
しゃがみこんで動けない深月を見て、「大丈夫ですか?」と直紀は声をかけるが、何も言葉は返ってこなかった。
「飲み物いれますね」
直紀はあったかいお茶を深月に渡し、「ゆっくりでいいから飲んでください」と伝える。少しだけ、深月は落ち着いてどうして家に戻ってきたのか尋ねると、
携帯がないことにさっき気づいて、家に取りに帰ってきたという。
深月は、直紀が帰ってこなければ今頃どうなっていたか考えただけで恐ろしかった。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「いえ。むしろ戻ってきてよかったです。あ、凌太に連絡しておきますね」
「いいです!」
強く止める声に直紀は驚き、どうしてと尋ねられるが、深月はごまかして心配かけたくないとそれだけを言った。
本当は、隠れて不倫相手と会っている夫に、こんなことがあったと連絡しても、
上辺だけの心配をされていると分かってしまうから、虚しさが募るだけで、今はそんなことにも傷つきたくないと思ったからだった。
「でも、何かあったかはちゃんと伝えておかないと。凌太がきちんと守らないといけないと思いますから」
直紀は、凌太に連絡をして、すぐに帰ってくるようにと伝えているようだった。
しばらくして、凌太が血相を変えて帰ってきて、直紀は仕事に戻っていった。
「深月、大丈夫だった?怖かったよな」
優しい口調で慰めてくる凌太に、前までだったら凄く優しくて、素敵な人だとおもっていたが、今の深月は、自分の知らない凌太ばかりが裏にはいそうで、ただ怖い存在だと思っていた。
凌太が背中をさすろうとしても、それを避けて、「ありがとう、大丈夫」の一点張りだった。
その後、直紀から聞いたようで絢音も仕事から急いで帰ってきたようすで、
深月をリビングで見つけた瞬間、ぎゅっと抱きしめて
「深月ちゃん、大変だったね。もう大丈夫だからね」と声をかけた。
深月は不安が和らいで、絢音の手の中で涙をこぼした。
三人でゆっくりと夕食を済ませ、深月も落ち着きだしたころ、
深月の携帯に一通のメールが入っていた。そこには『外にいるから、こっそり出て来て』という、美波からのメッセージだった。
深月は二人の目を盗んで、そっと、外に足を運ぶと、家のすぐ隣の曲がり角から女性が現れた。
「こんにちは。深月さん。桜井美波です」
「どうしてあなたがこんなところに」
「そりゃあ、凌太さんの事なら何でも知っているから」
女性はさっきのスーツの男の写真を見せてきた。
「橋本君、気に入ってもらえました?」
「あなたが仕向けたの?」
「うーん、どうでしょうね~」
「どうしてそんなことするの」
「あなたが、こそこそと嗅ぎまわるからじゃないですか?
凌太さんの車にこんなもの仕込んじゃって」
そう言うと、美波は位置情報として使っていた深月の携帯の端末を投げてきた。
「それに~、煩わしいなって思って、あなたの存在自体。凌太さんが自分のこと愛しているって思っているのかもしれないですけど、そんなことないですし、
あなたは誰からも愛されないと思いますよ」
「何なの」
「う~ん、だからあ、あなたには誰かに愛される権利なんてないでしょう。
だから、私達の邪魔しないでくださいね。今回は未遂で終わったけど、次はどうなるか分かりませんよ」
美波と美月が話していると、家の扉から、絢音が出てきた。
「深月ちゃん、何しているの?危ないから中に入って」
「いや、今ちょっと話してて」
「え?誰もいないけど」
美波の姿は消えていた。
“あんたさえいなければ、あの人と一緒になれたのに!”
“あの子の母親、既婚者と不倫した挙句、向こうの家庭も壊して、自分も別れて蒸発したらしいよ”
美波の「誰かに愛される権利がない」という言葉がやけに胸に刺さり、
幼い頃に言われたことを思い出していた。
その夜、深月は、苦しくて、誰かにこの出来事を聞いてほしくて、唯夏に電話をかけた。
~ホテル~
唯夏はスキンケアを椅子に座って、鏡を見ながらしていた。
すると、ホテルの部屋のオートロックが開き、男が入ってきた。
「電話、鳴ってるよ」
「後でかけなおす。それよりどうだった?携帯見つかった?」
「あ、うん。助かったよ。唯夏が家に忘れたんじゃないかって言ってくれて」
数時間前
『ごめん、仕事やっと終わって』
『ねえ、携帯、どこかに忘れてきてない?』
『え、あ、本当だ。どこだろう……会社で触ったかな』
『家なんじゃない?とりに行って』
『え、でも、家なら心配ないと思う』
『でも、どこかに落としていたら、いまどき色んな情報取られるし、怖いんだから。
家にあるって分かったら安心でしょ!いいから行って』
「あんな風にムキになると思わなかったけど、そのおかげで、事件も止められたよ」
「事件?なんかあったんだ」
「うん、弟の奥さんが、怪しい人に襲われてて、未遂には終わったんだけど……
最近話題になっている宅配とかを装って押しかけてくるっていう」
「あ~、それは大変だったね」
「でも、奇跡的に助けられたから、本当に良かったよ。ありがとう」
「奇跡的、ね、」
唯夏は自分の携帯の画像を開き、そこには高校時代のカラオケで撮った橋本、凌太、自分と数名がうつった写真を見ていた。
「それより、直紀さん。何か観ようよ。せっかく仕事も終わったんだし」
「いいよ、唯夏が観たいものみよう」
二人は肩を寄せ合い、映画を観始めた。
つづく
交差~あなたに出会ったことが間違いでした~ きなこ @kinakoro
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