第27話 また来ました。

 再びカランという音が響く。

「いらっ……」

 店主の「また来たのか」と言わんばかりの顔を見て、俺はため息をつきそうになった。


「一人部屋を一つ貸してください」

「いやいや、二人分の部屋を貸してください。どうかお願いします!」


 ルーネが慌てて頼み込むのを聞いて、俺は驚いた。

「そ、そんなに私との同室が嫌なのですか!? わ、私の裸を見ておいて!」


「誤解を招くようなことを言うな! お前がバスタオル一枚で出てきたんだろうがぁ! この痴女め!」


 俺が叫ぶと、看板娘がすかさず間に入り、俺たちを止める。

「次のお客様がいらっしゃるので、いちゃいちゃは同じ部屋でどうぞっ」


 そう言って、彼女は部屋の鍵を一つだけ渡してきた。


 看板娘はグッと親指を立てて見せ、ルーネもそれに答えるように親指を立てていた。俺は内心「こいつら……」と思いながらも、言葉を飲み込む。


 しかし、本当の地獄はこの後だった。


「あ、お客様、サービスのワインがありますので、どうぞご自由にお飲みくださいませ」


 ワインだって? ただでさえ面倒なのに、酔っ払ったルーネなんか見たくない。俺は既に先行きに不安を感じ始めていた。


「わたし、ワイン好きなんですよ。大人の嗜みというやつです!」

 ルーネは、まるで巨大な胸をより強調するかのように自信満々に言い張る。


「大丈夫なんだよな? 酔って暴走しないよな?」

 俺は不安そうに尋ねた。


「大丈夫ですよ。少しなら」


 ルーネはワインがグラスに注がれると、鼻をグラスに近づけて香りを確かめ、軽く回した。赤いワインがグラスの中で踊るように揺れ、そのまま彼女の美しい唇に吸い込まれていく。


 その上品な動作から、どこか妖艶さが漂ってきた。彼女が吐き出した甘い吐息に、かすかにアルコールの香りが混じり、俺は一瞬、息を飲んだ。


 ルーネの姿が、いつもより妙に大人びて見える。それとも、これはワインのせいなのか……?


「零もどうですか?」

彼女は柔らかい微笑みを浮かべながら、俺にワインを勧めてくる。なんだか、いつもよりも色っぽく感じるのは俺の気のせいか?いや、気のせいであってほしい。


「酔ってないか?」

俺は少し警戒しながら尋ねた。彼女の様子がいつもと違って見えるのが、どうにも不安だ。


「わたしは酔ってません。ほら、ここ見てください」


ルーネは自信満々に言いながら、俺に何かを見せるように誘う。


「ど、どこを見ろって言うんだよ……」


彼女はワインのグラスに残った一滴を、ゆっくりと舌で舐め取る。その動作は、なんとも大人っぽく、少し妖艶に見えた。俺の心臓が不規則に跳ね上がり、視線をどこに置けばいいのか困ってしまう。

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