第25話 ニヤニヤが止まりません

 宿屋の看板娘がニヤニヤしながらこちらを見つめている。何がおかしいんだ? 俺の顔に何かついているのか?


「朝からお盛んですね、二人とも。いえいえ、別になんとも思っていませんよ。はい」


「そ、それは……」

 ルーネは恥ずかしさで顔を赤くし、手をブルブルさせながら何か言い返そうとするが、看板娘は楽しそうに続けた。

「いや、誤魔化さなくても、わかっていますよ。旦那の目元を見たら、彼女の身体を見てムラムラしすぎて寝付けなかったんでしょ?」


「いや、これには訳が……!」


 俺は慌てて否定しようとするが、言葉がうまく出てこない。看板娘のからかいに、さらに追い込まれていく。隣でルーネも恥ずかしさのあまり何も言えなくなっている。


 バンッ!

 机に金貨を置く音が響いた。


「これでいいですか?」


 ルーネの笑顔には、何やらいつもとは違う、恐ろしいものを感じる。これは圧だ。俺の背後には、まるで巨大な獅子が迫っているように見える。


「は、はい……」


 看板娘はその圧力に完全に負け、何も言わずに手を振って俺たちを送り出してくれた。彼女の顔には、もうさっきのニヤニヤした表情はなく、ただおとなしく見送るだけだった。

「まったくもう!」

 ご機嫌斜めのルーネは、屋台の店を次々に回り、食べ物を買っては食べ、また次の店に向かう、というのを繰り返している。


「え、えっと……ルーネさん、金は大丈夫でしょうか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、ぎらりと鋭い目つきで睨まれた。まるで、金の心配なんてするなと言わんばかりの目だ。これは何も言わない方がよさそうだ……。


 それにしても、よく食べるな。一体、その栄養はどこにいくのだろう?と、俺は思わず考え込んでしまった。これだけの量を食べて、どうしてそんなにスリムなんだ?


 ふと、何か騒がしい気がする。遠くからざわざわと人の声が聞こえるような……。

 気のせいであってほしいのだが、嫌な予感が胸の中をよぎる。

「スリだっ!!」

 大きな声をあげる店主の声に、ルーネは驚いて振り向く。「ふりっ!!」


 いや、口の中のものを飲み込んでから喋ろうか? 何を言っているのか、全然わからないぞ……。


 俺はそんなことを思いながらも、状況が思った以上に騒がしくなってきていることに気づいた。スリだなんて、厄介なことに巻き込まれなきゃいいんだが。

「いてーな」という声があちらこちらから聞こえてくる。

 ルーネは何かを観察するように、モゴモゴしながらじっと見つめている。


「みふけまひた」


 なんだって? 俺は一瞬何を言っているのか理解できなかったが、口いっぱいに食べ物を詰め込んで話しているせいだと気づく。


「飲み込んでから言えよ、ルーネ……」

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