第10話 閉じ込められた感情
「くそっ!」
俺は拳を握りしめたまま、立ち止まる暇もなく歩き続けた。ヴィルが散った場所を一瞬だけ見つめ、「さらば、ヴィル」と短く言い残し、その場を後にした。もう後戻りすることなどできない、進むしかないのだ。
道を進むと、やがて不死者と遭遇した。ぼろぼろの衣服、前世で見たことがあるアーティストのTシャツ、そして穴の開いた長ズボンから見える腐りかけた肉体。手をこちらに伸ばし、悪臭を放つ腕と、原型を留めていない顔は、まるでゾンビのようだった。
「どけっ!」
俺は不快感を隠すこともなく、苛立ちをぶつけるように叫んだ。その時、不死者の口から「ありがとう」という声がかすかに聞こえたような気がした。しかし、今の俺にはヴィルを救えなかった怒りが募るばかりで、その感情を不死者にぶつけてしまった。
もう一度「ありがとう」と聞こえた気がしたが、それもきっと俺の幻聴だろう。疲れが溜まっているせいかもしれない。そろそろ少し休まなければ、体が持たない。
「ここらで少し休憩するか…」
そう呟きながら、俺は地面に腰を下ろし、固くて四角い非常食を噛みしめた。頭の中では、これからのことを考えていた。食料はほとんど底をついている。このまま進み続けるには、どこかで補給する必要があるだろう。
ふと、残りの物資がないかと袋を逆さまにしてみると、カランと何かが床に落ちた。青い小判型の宝石で作られたネックレスだった。これ…ヴィルのか?もし彼が残していったものなら、形見として俺が受け取るべきだろう。
そのネックレスを手に取り、俺は心に誓った。この宝石にかけて、必ず女神を討ち、ヴィルの無念を晴らすと。決して諦めない。それが俺にできる唯一の復讐だ。
だが、今は疲れた。少し眠ろう。体力を回復しなければ、これから先も進めないだろう。
眠りにつくと、幼少期の夢を見始めた。
俺の親父は酒を飲むと豹変した。暴力を楽しむかのように振るうタイプの人間だった。俺は弱かったから、抵抗することもできずに寝室へ逃げ込むことしかできなかった。耳に残るのは、母親が打たれている音だけ。
父親が外に出かけると、母親は浮気相手の元へ遊びに行き、幼い俺と妹を家に置き去りにした。
「お兄ちゃん、お腹すいたね…」
妹が不安げな声でそう言った。
「うん、そのへんにあるものを食べるしかないな…」
閉じ込められた部屋。押しても引いても扉は開かない。どれだけ叫んでも誰も助けに来ない。空腹は限界を超え、やがて俺たちは布団を食べ、雑誌の紙を噛むような生活を送っていた。
飢えに苦しむ日々が、ただ続いていた。
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