第19話


 ベッドで寝ている俺は、目が覚めた。

 反射的に、自分の上半身を起こす。


 先ほどまで、俺は小学生で神社にいた。

 少し混乱していた。


 ここは?


 俺は、周囲を確認する。

 間違いなく、ここは俺のアパートのようだ。

 朝日がカーテンの隙間から見えるところを見ると、朝で間違いはない。

 

 さらに確認する。

 俺は大学生で、昨日もナズナと一緒に自分のアパートで就寝して…


 そして、今、起きたんだ。

 だから、さっきのは夢。

 夢を見ていた。


 隣の布団でナズナが寝ている。

 でも、俺が身を起こしたせいで、音がしたのか

 身じろぎをしている。

 

 すぐに起きそうだ。

 じっと、ナズナを見ていると。


 彼女の目が開いた。


「あれ?先輩、おはようございます。」


 何か珍しいモノを見たかのように、ナズナはこちらを見て来た。

 たしかに、俺が早起きすることは通常あり得ないからだ。


 つまり、ナズナは俺の様子がおかしいことに気が付いたようだ。

 

「えっと?先輩。何かありましたか?」


 俺は頷いた。


「ああ。ちょっと変な夢を見ただけだ」


 俺はそう言いながら、ベッドから起き上がった。

 頭がまだモヤモヤしている。

 夢の中で見た光景が、まるで本当にあったことのように鮮明に残っていた。


 「夢?」


 布団から抜け出しながら、ナズナはこっちを見て来た。


「ああ、えっと。そうだ。ただの夢だ。夢を見たんだ。」


 俺は混乱しながら、そう言った。


 この夢のこと

 いや、どういう風に話せばいいんだろうか?


 ナズナの鋭い目が俺を見抜いているようだった。


「先輩。お話しをしましょ?」


 そういう、ナズナは心配をしている様子だ。


 俺はベッドに腰を掛ける。

 その隣にナズナも腰を掛けた。


 ナズナは寝起きでちょっと眠いのか。

 俺の肩に、自分の首をちょこんと置いてきた。


「先輩、どんな夢をみたんですか?」


 目を擦りながら、ナズナは聞いてきた。


「小学生の頃の夢を見たんだ。」

「それで?」

「俺は、夢見村にいた。」


 その瞬間、ナズナの目が大きく見開かれた。


「夢見村…それって、私たちが前に迷い込んだ異界の…。」


 俺は驚いて顔を上げた。

 そうだ、夢見村。

 俺たちが異界で出会ったホノカさんのいる場所だ。

 でも、なぜ俺は小学生の頃に、そこにいたような夢を見たんだろう。


「ああ、そうだ。でも、どうして俺が小学生の頃にそこにいたような夢を見たのかわからないんだ。」

「先輩、もしかして、記憶が戻りつつあるんじゃないですか?」


 そうか、これが俺の失われた記憶なのかもしれない。

 ホノカさんが言っていた、俺が忘れてしまった過去。

 そうだとすれば、確かにリアルさにも納得がいく。


「かもしれない…でも、まだはっきりとは覚えていないんだ。」


 俺は頭を抱えながら言った。

 記憶の断片が頭の中を駆け巡る。

 神社、巫女服を着たお姉さん、そして儀式。

 全てが混沌としていて、つかみどころがない。


 俺は自分の記憶を整理するためにも、ナズナに夢の内容を説明し始めた。


 小学生の頃の夏休み、おばあちゃんの家、そして夢見神社での出来事をナズナに話す。

 その話をしていると、その時に実際にあったかのように鮮明に光景を思い出せた。


「それで、ホノカさんが儀式をして…」


 俺は、儀式が終わった後について考えた。

 しかし、それ以上の記憶を思い出すことはできない。

 まるで、頭の中に霧がかかったような感じがして。何も思い出せないのだ。


「先輩、無理に思い出そうとしないでください」


 ナズナが優しく俺の肩に手を置いた。

 その温もりが、俺の心を少しは落ち着かせてくれた。


「ああ、わかった。でも、これは俺が思い出さなきゃいけないことなんだ。」


 俺はそう言って立ち上がった。


「でも、ホノカさんも言っていたじゃないですか。無理にしなくてもって。」


 ナズナは、気を使っているようだ。

 そうだ。

 俺が、ここで無理をしても何もいいことはない。


「ああ、そうだな。」

「そうですよ。」


 ナズナは、安心したようだ。


「じゃあ、先輩、朝ごはんを作りますね」

「ああ、すまない。いつもありがとうな」


 いつもの朝が始まった。


 とりあえず俺は、洗面所に向かった。

 鏡に映る自分の顔を見つめる。

 そこには、少し疲れた表情の大学生の俺がいた。

 まあ、混乱しながらも過去の記憶を思い出しているのだから、しょうがないか。


 一方で、俺は水で顔を洗いながら、考え続けた。

 夢見村、ホノカさん、そして失われた記憶。

 全てが繋がっているはずだ。


 これは時が来れば、これはすべて解決するのか?


「先輩、朝ごはんできましたよ」


 ナズナの声に、俺は現実に引き戻された。


「ああ、今行く」


 俺は顔を拭きながら、部屋へ向かった。

 ちゃぶ台のようないつものテーブル。

 その背の低めなテーブルには、ナズナが作る朝食が並んでいる。

 トースト、ベーコン、目玉焼き。そしてサラダ。


 サラダか。

 俺はまた、野菜のことを考え出した。

 

「あっ、先輩が野菜を嫌そうに見てる。」

「そ、そんなことないぞ。」


 俺は反射的にそう答える。


「本当ですか?」


 ナズナは、じっと俺を見ていた。

 

「ドレッシングがあれば、野菜は食べれる。」

「ふーん。そうですか?」


 俺はナズナが見ている前で、サラダにドレッシングを掛ける。


「先輩、掛けすぎです。」

「いや、これくらいがいいんだ。」


 そういって、ドレッシングをナズナに渡す。


「はぁ…もう。」

 

 ナズナは、そういって自分のサラダにドレッシングを掛ける

 その量は、俺に比べると僅かだ。


「もっと、かけなくていいのか?」

「はい、これでいいです。」


 そう言ってナズナはドレッシングをテーブルの上に置いた。


「いただきます」


 俺とナズナは、同時に箸を取った。


「ナズナ」

「なんですか、先輩?」

「ありがとう。」


 俺はこの日常にいるナズナにお礼を言った。


「どうしまして、先輩。」


 ナズナも俺にそう答えた。


 そう、俺たちの日常はこれから始まるのだ。

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奇譚!幼なじみと異界探索日記。 速水静香 @fdtwete45

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