回帰 3

「私、これお客様が買ってくれたら今月の予算達成なんだけどなあ~。とか言っちゃう」

「こいつ、私ぃ、入ったばかりの新人で~。なんてのも平気で使うよ」

「なにそれずっこい! 誰より長い癖して!」

「長かった、ね」

 雪菜子が夏物のワンピース片手に小首を傾げている。芳永さんは腰に手をやってその姿をおかしそうに笑っている。わたしの横では入ったばかりの箒ちゃんが熱心に雪菜子の言ったことメモしている。

 そうしてわたしは、誰よりこのお店で服を売っていた雪菜子から、売る方法をレクチャー受けている。

 来るシンボルラインへ向けて。

 改めて。

 雪菜子がワンピースをラックに戻した。振り向いてわたしに向け言う。

「せっかく買うって決めて気持ちが大きくなっているお客さんに、さらに悩ませるようなことしなくていいんだよ。相手に花持たせるくらいのつもりで、せっかくだしこれなんかもどうですかー? って、こっちの買わせたい物決め打ちで勧めるくらいがちょうどいいよ?」

「そういうもん? 相手嫌がんない?」

「なんないなんない。びびりすぎ。いっちゃえ買っちゃえくらいがちょうどいい。お客さんが『そこまで言うなら』ってワード言ってくれたら、はいもうこっちの勝ちー。じゃああれもこれも~ってなってくるから」

 ええ……?

 なんでどうして今までそれ教えてくれなかったの?

 今だってそうだけど。こんな暇なお店で。

 時間有り余ってたのに。

「利害関係ないと教えられるよねー人間。全部。一切」

「そうですそうです。なんかもうどうでもいいやって感じで」

 芳永さんの言葉に雪菜子が笑って頷いた。

 利害関係って……。お店一緒で利害も何もないでしょうに。同じ店舗に務める以上、売上を競うライバルってのはもしかしたらあるかもしれないけれど、そもそも雪菜子が居たときなんか、わたしバイトだったわけだし。

 雪菜子だなあ。

 そういうところ。

「あと最初から二者択一迫ってるでしょ。あれもよくないかな」

 今日は大所帯。と言っても、雪菜子はお客さんで、箒ちゃんは研修二日目だから、実質的な戦力はふたりだ。

 わざわざ川上村から遊びに来たのだ。

「マニュアルでは」

「じゃなくて。まずは全体をさらっと触れてから。それだったらこの辺りなんですけどーってさりげなく文言加えて自分でもちょっと手にとってみるだけでも全然違うよ。選ぶふりして」

 雪菜子が目の前のラックに掛かっている服を雑な手付きで一、二、三、四、五、と、順に横へ押しやり、押しやった中から一着を戻し取った。そしてもう一着を、今度は反対側のラックから同じようにして手に取る。

 嘘くさい動作だなあ。

「そうかな? たいして変わんなくない?」

 ちょっとの反抗抵抗。しかし、すぐに言い返される。

「考えてもみて? 夏物で軽く羽織るもの探してるんですけど、何かいいのありますか、ってお客さんがやって来たとして、『あっ! それだったら、これとこれですね!』じゃ、最初はちょっと警戒しちゃうよ? まずはお客さんの心理的ハードルを下げてあげなきゃ」

 そういうところはガチで読んでいそうなのが雪菜子だ。

 敵わない。

 わたしも心のメモ帳にメモする。

 出来るかどうかは別問題。ぎこちない動きはそれこそ嘘っぽく、売れない。

「まず、さらっと全体に触れてから二者択一を迫る。それで始めてトレンドはこれ、みんなが選んでいきますね、それから他の人と差付けたいんだったらこれかな。に、移れるんだよ。少しお値段張るんですけど、とか言ってみて」

「は? お値段に触れちゃうの?」

「平気で触れるよ。だって買うんだから。どうせ見るし。あとで戻されるよりは最初から触れてた方が絶対いい。値段も差付けてあげるといいかも。高い物勧めるときは相手をよく観察してね? 身なりみて。トレンドは抑えているか、服の状態。ほつれは。しわは。色落ちは。バッグは小物は。お化粧の具合は肌の質は。生活に余裕がありそうかそうじゃないのか。

 どうせ年齢と来店した家族構成くらいしか見てないんでしょ? 押し付けがましくしちゃいけないけど、相手のことを想って勧めてあげてね」

「は、はい」

「口が回りそうにないです……」

 わたしは気圧されていて、箒ちゃんはメモ片手に口をぱくぱくさせていた。パン屋は喋らないからねえ。

「もったいないなあ、雪菜子。もっかい入れば?」

 芳永さんが腕組しながら言った。

 雪菜子は、

「実家居心地よくって」

 と、澄まして言ってみせた。

 実に嘘くさかった。






 ふたりきりの時なんかだと、雪菜子はわたしにべったりと甘えてくる。

「ねーえー?」

 なんて。纏わりつくみたいに。

 子犬みたいに。

 子供みたいに。

「はいはい」

 わたしは撫でる。彼女の頭を。自分ん家のベッドの上で。雪菜子の家で。或いは、そこじゃないべつのどこかで。

 彼女の本当の胸の内を晒せる人が、たくさんできたらいいな、とわたしなんかは思うのだ。


 雪菜子。

 わたしにとって、子供みたいな人。




                   了   

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シエラニュータウン 水乃戸あみ @yumies

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