第3話

 ヨルバアが血相を変えたちょうどその頃、美織と金烏が姿を現した。

「おばあちゃん!」

美織の声を聞いてヨルバアは勢いよく振り向き、叫んだ。

「美織!来てはだめだ!お前はこいつに関わるな!」

取り乱した祖母の様子に、驚きと戸惑いで足が止まる。


 なぜそんなにも止めるのか?血相を変えてまで止められる理由が気になった。ヨルバアは少年のほうへ振り返り「頼牙…10年前に新聞で見た名だ。…王家のものだな。」と確認するように問いかける。宗近をにらむ、頼牙。

「ひい、ごめんなさい!もう呼びませんって!」

にらまれた宗近は半泣きしていた。


 王家…?王家って王様の一家、王族ってこと?なんでそんな偉い人がこんなとこに2人で?美織には何が何だかわからなかった。何故なら美織は「王」が偉いことこそ知っていたものの、自分の家族以外の「人」を見たことが今日まで1度もなかったからだ。


「おまえは王家ではないな。」

ヨルバアの鋭い眼光をむけられ、宗近は反射的に手を頭の上へあげる。しかしその様子はヨルバアというよりも、隣にいる頼牙に怯えているように見えた。すべて見透かしたようなヨルバアの瞳に覚悟を決めた頼牙は、一歩前に出て「すべてお話しいたします、どうか命だけは助けてただけませんか…大魔女様。私はここで殺されるわけにはいかないのです。」と跪いた。


 そう、ヨルバアはこの国では有名な「伝説の大魔女」であった。古代から続く魔女の一族の長であり、魔女狩りの生き残りとして、王族をはじめとした街人からも長い間おそれられていた。


 ヨルバアは森眼に、美織と宗近を小屋まで運ぶよう命じた。一行を見送ったあと2人は針葉樹を抜け、安全な広葉樹の区域にでた。そして近くの古い切り株に二人で腰を掛ける。険しい顔のままのヨルバアに、頼牙は身の上話をし始めた。


 その話は王家であればいくらでも起こりえる話であった。

「私には兄、姉、妹がいます。中でも兄は…、次期国王として期待される逸材でした。とても自分に厳しい努力の人で…。しかしある日、僕が兄の部屋に行くと、部屋で血まみれの兄が横たわっていたんです。現段階では反国王勢力に暗殺されたと思われています。」


 そして頼牙は続ける。

「次に狙われるのは、おそらく僕です。しかし、兄の第一発見者が僕である以上、僕が兄殺しの濡れ衣を着せられる可能性がある。父は…つまり現国王は、僕を守れる人材として宗近を護衛につけ、僕をこっそり都外へと隠したのです。そして、こうも言いました。14の年になったらお前が王位につけ、と。正式な王位継承は14歳以上でないとできないからです。そしてこれが、その別れの時に預かった父の指輪です。」


 きらびやかな衣装の中から取り出したのは、指輪がついたネックレス。王の大きな手のひらや、太くがっしりした指を想像させるその指輪は、王子の首元でネックレスへと形を変えても、なお堂々と光り輝いていた。


頼牙の話を、ずっと訝しげな顔で話を聞いていたヨルバアは、ゆっくりと口を開く。「その齢にして兄を目の前で亡くしていることには同情しよう。おまえの話はいったん信用してやる。しかし、王家だからといって、何でも思い通りになるのだという勘違いはするでないぞ。」

「何言ってるんですか!この方は・・・!」

頼牙は感情的になった宗近を手で制し、真剣な表情でヨルバアの話に耳を傾ける。その様子をじっと見つめた後、ため息をひとつつき、ヨルバアは続けた。

「王家は、我ら暁烏一族の使う黒魔術や烏たちに頼り、今世まで国を築いてきたのだ。それを、数年前の魔女狩り第二波…我らはそう何度も許してやるつもりはない。」


 その言葉に頼牙は深呼吸をしてから、丁寧に言葉を選んで返答する。

「…重々、承知の上です。王家は偉くなんてないのです。そもそも国民をまとめられていないから、反国王勢力が存在するのです。あなた方のことも…。私にもっと力があれば、助けられたかもしれません。歴代の先祖様にかわり、そして、次期国王の立場にある私だからこそ、心を込めて謝罪いたします、大変申し訳なかった…。ただ今この時こそ、厚かましいことも承知の上で、あなた方の力をお借りしたい。」

まっすぐ真剣に訴えかけ、頭を垂れるその姿は、美織と同じ10歳の子供のものではなかった。次期国王になる覚悟を決めた、勇敢な王子の姿がそこにはあった。


「…いいだろう、おぬしらをしばらくの間この森でかくまってやる。しかし、1年中休みはないと思え。しっかりと私の仕事を手伝うんだ。この森の中では、私の言うことは絶対だ。いいな。」

そう言ってヨルバアは立ち上がり、頼牙と宗近に背を向けて、歩き出す。

「ありがとうございます、大魔女様。」

頼牙は消え行くヨルバアの背中に、御礼の気持ちを込めて深々と頭を下げた。


「私の名は夜羽(ヨルバ)。ヨルバアと呼ばれている。それにしても私の孫のいい遊び相手ができたな。小僧、約束しろ…。」

頼牙と約束事とやらを交わすと、ヨルバアは暗くかすみがかった森の奥へと消えていった。

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ネモフィラの少女 @potatochan__

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