第2話

 さかのぼること1時間前。美織は奇妙な光景を目にしていた。いつもきれいな花を摘みに、ヨルバアに内緒で入る針葉樹の森。今日に限っては誰かに先を越されていた。そこにいたのは日の光に反射するほど絢爛豪華な衣装を身にまとう、とても綺麗な少年だった。


 その少年は、美織を見つけても驚かず、ただ死んだ魚のような眼をこちらへ向けていた。その目に生気はなかった。美織ではなく、どこか遠く深い闇の底を見つめるようなその目に、不思議と美織は惹かれた。吸い込まれるようにその薄暗い目のとりこになるのを感じた。


 先に口を開いたのは少年の方だった。

「君は…?」

その一言で美織は我に返る。


「…暁烏美織(あけがらす みおり。)」


少し間をおいてから、絞り出すように名乗った。美織の答えに少年は「そう。」とだけ答え、美織から視線を外した。

「僕は命を狙われているんだ。君が僕の敵ではないというなら…かくまってくれないかな。何せ、森は初めてで勝手がわからない。」

こぶしを強く握り、うつむく少年が眉間にしわを寄せていたのが見えた。先ほど虚ろな目を見せていた少年だが今度は怒りに震えているように見えた。


「あなたは誰なの?」

「素性は言えない、命にかかわる。」

苦々しい顔をした少年に美織は思わずもう一度口を開く。

「…ヨルバアに聞けば何か助けになれるかもしれない。ここでちょっと待てる?」

さらに眉間にしわを寄せ、少年はこちらを睨む。

「大魔女・夜羽(ヨルバ)か。噂には聞いたことがある。…信用できるか。」


「私の、おばあちゃんよ。」

にやりと不敵な笑みを浮かべるミオリ。予想外の言葉にずっと険しい顔だった少年の目が少し開く。


「じゃあちょっとそこで待ってて、動かないでよ。」

そう言い残し、美織は駆け足で集落へと戻った。少年はその後姿を呆然と眺めているしかなかった。


 ヨルバアが針葉樹の森につく頃、少年は一緒に森へ入った護衛の宗近(ムネチカ)と合流していた。

「もうここは移動しましょう、ほら、おいしそうなキノコをとってきました。食べながらもう少し西を目指しましょう。」

そう言って近づいてくる宗近の手には赤黒い不気味なキノコがたくさん…。

「それ捨てろ。おそらく毒だ。」

少年はすぐに鼻をつまんで顔をそむけた。

「え!何故そのようなことがわかるのですか!」

宗近が目を丸くして驚いた時だった。突然、黒煙が辺りを覆った。そして、頭上から大きな烏が姿を現した。


 その烏は「ガアア!!」と大きく鳴き、周囲の針葉樹を大きく揺らした。煙と風が落ち着くと烏から老婆が下りてきた。ヨルバアだ。ヨルバアは距離をとったところからじりじりと歩み寄り、2人に話しかける。

「街の者だな、こんな山奥に何しにきた。迷ったというなら快く送り返してやるぞ。」

言葉にできない威圧感が二人の体をビリビリと伝う。今にも雷が落ちそうだ。

「身なりからするに…貴族とその付き人か?」

ヨルバアはぼそりとつぶやいた。


「これが大魔女…!」

つばを飲み込む少年に、ややパニック状態の宗近が叫ぶ。

「頼牙(ライガ)様!魔女というのは…!?」

「バカ、名前を呼ぶな!」


その会話に、ヨルバアの顔色が少し変わった。

「ライガ…?お前、まさか…!」

その瞬間、威圧的な空気は解かれた。

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