ネモフィラの少女
@potatochan__
第1話
これは、昔々とある国でおこったお話。
あるところにそれはそれは長い歴史をもつ国があった。この国は周りを海で囲まれており、資源が豊富でとても自然豊かな場所であった。
7人の帝王がそれぞれの領地を治め、さらにその7人の帝王を統べる、民思いの優しい国王が君臨していた。
この物語はそんな国の端に位置する、広くて暗い森の中での話である。そこには都心より迫害された民族が暮らしていた。
「ミーオリイイィーー!!!」
今日も元気な老婆の怒声が森に響く。その声から逃げるように頭を守りながら家を飛び出すのが、美織と呼ばれている少女。その少女の後を青白く光る刃物が、容赦ない速さで追いかける。なんとその刃たちは重力に勝り、どこまでも少女を追いかけていく。それはどうやら老婆の使う怪しい力のせいのようだ。老婆が腕を上にすれば刃も上に、右に振れば右へと方向を変える。少女が疲れて立ち止まると、刃物たちも寸前のところで止まった。ゆっくりと老婆が少女に近づく。
「あれだけ言ったのに、なぜ針葉樹に行ったんだい。この広葉樹領域にいれば安全だと言っているだろう。」
老婆が問いかけると、少女は恐る恐る口を開いた。
「おばあちゃん…助けて。」
老婆は民族の長でみんなからはヨルバアと呼ばれていた。彼女はカラスの使い手で、常日頃黒い装束に身を包んでいる。ここの民族は森の奥でカラスの繁殖業を営んで暮らしていた。育ったカラスはこの国を統べる王家直属の隠密部隊「慎」に売られ、街の監視役として使命を果たすのだ。また、その役目を終えて年老いたカラスたちの面倒も、彼女たちが見ている。
「・・・何を助けろって?山の動物か何かか?」
「ううん、私たちと同じような姿をした子だよ。」
子どもと聞いてヨルバアは目を丸くして驚いた。仮に自分たち以外の人間がこの森にくるとしたら、ヨルバアの中で心当たりは1人だけ。しかし美織はその人物を見たらおそらく『大きい人』というはずだ。もし『あいつ』でないのだとしたら…。
「侵入者か…!」
ヨルバアはすぐさま指笛を鳴らした。すると森の向こうからヨルバア専属の大きなカラスが飛んできた。そのカラスは赤い目に大きな傷があるものの、丁寧に手入れされた羽は黒々と美しく輝いていた。すぐさまそのカラスへ飛び乗るヨルバア。
「森眼(モリガン)、話は聞いていたな。針葉樹の森に子どもが迷い込んだらしい。すぐさま向かえ!」
その言葉とともに一気に飛び立つ大ガラス。美織のはるか頭上でヨルバアは「家に帰っていろ!」と叫んだが、その声は遠すぎて美織には届いていなかなかった。
美織は空の果てへと飛んでいく森眼を見ながら、無意識に自分もマネして指笛を鳴らしていた。鳴らし方こそ知っていたが、実際にカラスを呼んだのは生まれてはじめてだった。
「フィ、ピィエ〜…」
弱々しいその指笛で現れたカラスは、先ほどの森眼とは比べ物にならないほどやせ細っている貧弱そうなカラスだった。
「あなた、名前は…?」美織の問いかけにカラスは「昔の癖で下手な指笛に体が動いてしまった…。」と呟いたあと、「名はない。随分と前に失った。」とどこか寂しそうに答えた。
「じゃあ私がつけてあげる。あなたの名は…。」
美織はそのカラスに名前をつけると、ヨルバアを追うよう頼んだ。
「あなたの名は…金烏(キンウ)。」
それはこの物語よりさらにはるか昔、遠いどこかの国で太陽にはカラスがいると考えられていた頃。カラスの別名でもあり、当時は太陽の異名とも考えられていたという。美織はヨルバアによく聞かされていたこの話と、この名前が大好きだった。
暗い森で疲弊しやせ細り気力をなくしかけていたこのカラスにとって、これ以上の名はなかった。金烏はニヤリと笑った。
「…いいだろう、しかし今は体力がない。子どものお前を運ぶくらいしかできないが、本当にそれだけでいいんだな。」
その言葉に美織は目を輝かせ、力強くうなずいた。
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