ねがいごと

ua_hau(ウア_ハウ)

第1話

 学校にはこんな噂があった。

 ‘学校裏の神社に、願い事と、その引き換えとするものを、自分の血で書いて賽銭箱にいれると願いが叶う’という噂だ。

 しかし、引き換えに無くしたものは、二度と戻ってこない。

 高校生の私、成未 言葉(なるみ ことは)は、その時おかしかった。藁をもすがる思いで、その噂話にすがり付いた。


♥Ⅰ

 「言葉?どうしてこんな点数しかとれないの?1年生だからって甘えてるの?少しは焦りなさいよ!」

 母の甲高い声。中学の頃もそうだったが、いつになっても慣れない。

 『これでも頑張ってるんだけどな…。』

 「なんとか言ったらどうなの!?」

 「……明日からは…毎日単語を覚えて、数学も毎日決めたところまで問題解いて、次の模試に間に合うようにする…。」

 「そう、頑張って。」

 「うん…。」

「頑張る」と言ったあとの、母の凍てつくような返事に、いつも私は震えていた。

        ♥

 「なかなか点数上がらないね?」

 「うん…。」

 「でもコトちゃん頑張ってるから、きっと大丈夫だよ!」

 「うん…ありがとう…。」

 『わかってる。無駄な努力は意味が無い。』

 母の甲高い声は、いつも私の心を引き裂いていた。元気付けてくれる友達の言葉は、いつも私の胸に突き刺さっていた。

 全部私が悪い。要領が悪い私が悪い。

私にも好きなことや得意なことはあった。運動や裁縫。でも勉強ができなければ立派な大人になれない。

 だから今日も塾に行って、帰ったら塾の宿題と、学校の宿題と、自主勉強をする。

 でも、時間が足りない。私の頭じゃ一日で全部をこなすことはできない。

 勉強が出来ない自分が嫌い、だから私は、信用のない噂をやってみることにした。最初はただの気分転換のつもりだった。


♥Ⅱ

 学校の帰りに、裏の神社に行った。そして願い事と、引き換えとするものを書いた紙を、賽銭箱の中に入れた。

 期待なんてしていなかった。ただ、少しは暗い気持ちが晴れるかもしれないと思ってやってみたことだった。

 しかし、次の日の朝、私の足は動かなくなっていた。太ももから下、触っても感覚がない。しかし、脳は「ここに足がある」ということを伝えてくる。

 まさかだった。でも、現実だった。腹から力をいれて、あまり使わない喉を鳴らす。

 「おかあさーーん!足が動かない!」

 急いで病院へ行った。診断によると、原因のわからない難病だと言われた。

 母は泣いていた。だけど、私は嬉しかった。そして、すぐに英語の問題が解きたいと思った。

       ♥

 あのあと、私は2泊3日入院し、母は車椅子や障害者手帳など、私に必要な手続きや準備におわれた。

 「どうしてこんなことに…何が原因でこんな…。」

 母は頭を抱えていた。それでも私は入院中も欠かさず勉強した。三時間掛けて、冊子一冊分の問題集を解き終えられるほどに、英語力が伸びた。

        ♥♥

 「どうしたの!?今回の英語の練習問題満点なんてすごいじゃん!」

 退院して、車椅子生活になった私は、それからもいつも通りに高校へ通った。車椅子の私を心配してくれていた友達や他のクラスメート、先生は、急に学力の伸びた私の事を誉めてくれた。すごく嬉しかった。

 「でも、足が動かなくなったのは残念だなぁ。冬には駅伝大会があるじゃん?中学時代のコトちゃんってさ、陸上部に助っ人頼まれるくらい足早かったんでしょ?」 

 「うん…ごめんね。」

 『苦手な英語さえ解決できれば、使えても意味がない足なんて要らない。』


♥Ⅲ

 あのあと、私は友達に車椅子を押してもらいながら、裏の神社まで行った。

 「もうここまででいいよ、ありがとう。」

 「どういたしまして~。それにしても、神社まで行ってどうするの?」

 「うーん、ちょっとね…。」

 そう言って私は賽銭箱に紙を入れた。

 「ごめん、また車椅子押してくれないかな?学校の門まで。」

 「いいよ、じゃあ行こっか?」

 そう言って、友達は私の車椅子を押した。

 翌日、私は声がでなくなった。


♥Ⅳ

 「今度は声がでなくなるなんて…。」

 「‘大丈夫だよ、声がでなくても。’」

 私は数学の問題冊子の端に気持ちを書いて母に伝えた。

 「何言ってるの?社会じゃ発言力が求められるのよ?ただでさえ足の動かない障害者で、就職先は限定されるっていうのに…。」

 『喜んでくれると思ったのに、喜んでくれなかった。』

 私は、終えた数学の問題冊子を閉じた。

        ♥

 「成未!今回の中間テストよかったな!学年一位だぞ!やっと努力が実ったな?」

 「‘ありがとうございます。’」

 「でも文化祭の合唱でお前の声が聞けないのは残念だな。誰よりも響く声で、綺麗だったのにな。」

 『え?』

 「文化祭では指揮をするんだろ?頑張れよ!」 

 私は、先生の目を見ずに頷いた。

 『役に立つときってそんなにないですよ。使わない声を持ってても、邪魔なだけでしょ?』


♥Ⅴ

 あれから私は、何度も神社へ行った。母が喜んでくれるまで、回りが自分を認めてくれるまで何度も願った。

 だけど、私の思いと反比例するように、みんなの言葉は辛いものだった。

 歴史に強くなりたくて左腕を無くしたのに、「コトちゃんの作る小物…かわいかったのに」と言われた。

 化学や生物ができるようになりたくて、腎臓ひとつを犠牲にしたのに、母は「これじゃあ、将来が心配よ…」と言って泣いた。

 私が望んだことは、こんなことじゃなかった。


♥Ⅵ

 あれから一ヶ月ぐらいたって、雪が降る季節、私はまた神社へ行った。

 そして‘私の命’と引き換えに、‘みんなの笑顔’を願った。

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