見たくない男の話

えんがわなすび

調書

 おや、また新しい人だ。

 昨日まで担当だった人はどうしたんですか?

 ……なるほど、辞めちゃったんですねぇ。まあ、仕方ないですよね。そういうこともあります。

 で、今度はあなたが私の担当なわけだ。名前はなんていうんですか? 歳は? まだ若そうなのにこんな――ああ、すみませんねぇ。なんせ、こんなところに四六時中独りぼっちでしょう? 今じゃ話し相手は担当の人しかいないもんだから、つい口が対話を求めちゃうんですよ。

 それで、名前はなんていうんですか? そんなに顔を伏せてないで、こっちを見てくださいよ。

 ……はは、冗談です。そんなに怯えなくてもいいじゃないですか。何もしませんし、何もできませんよ。ほら、あなたと私の間にはこの、頑丈な柵があるんですから。

 ね? 大丈夫でしょう?

 そしたらほら、いつまでもそんなところに立ってないで、そこの椅子に座ってくださいよ。昨日までの人は、そうやって相手してくれましたから。


 さ、今日は何の話をしましょうか。

 と言っても、もう粗方話せることは話してるんですよね。昨日まで担当だった人と引継ぎとかしなかったですか? ああ、書類上は……。それでも改めて聞きたいと。なるほど。

 うーん、そうだなぁ。動機っていっても、そうしなければならないとしか言えないんですよね。だって、あなただって、どうして息してるんですか? って聞かれると困りますよね? それと同じです。しなければならないから、私はやったんですよ。

 それで村人全滅しようが、こっちは息してるのと同義のことをやったんだから、そしたらあなたは私に息するなって言いたいんですかーってね。ははっ。

 今の、笑うところなんだけどなぁ。そろそろこっち見たらどうですか?

 まぁ、そういうわけだから、私は何も悪いことなんてしてないんですよね。そっちがたまたま私の行動範囲内にいて、たまたま私を見たってことでしょう? それで捕まっちゃうんだから、むしろ私の方が被害被ってると思うんですよね。違います? 違わない? そうかぁ、まいったなぁ。

 まぁ、ここは黙ってても食事は出てくるし、その辺は文句ないんで。何しろただ息して生きていくだけでも食事と睡眠は必要だ。外だと私の場合調達するのもちょっと難しいので、なんなら助かりますよ。もうちょっと肉多めのメニュー増やしてもらえたら嬉しいけど。

 あ、今のちゃんと調書に書いておいてくださいね? 肉多めのメニューが増えるか増えないかは、今のあなたの報告にかかってるんですから。

 ははっ、眉間に皺寄ってますよ。こっち見てなくても分かりますって。真面目だなぁ、今度の担当の人は。

 それで、何の話でしたっけ。ああ、そうそう、村でのことね。


 あなた、神様は信じる人?

 まぁ、そんな仕事してる人に言うのもなんだけど、この国にはたくさん神様がいるんですよ。それこそうじゃうじゃ。うちの村の神様もそう。そのうじゃうじゃの一匹。

 神様ってのもタイプがあるでしょ? 豊穣だったり安産だったり学業成就だったり。

 中には加護なんてものはなくて、ただ呪うだけの神様もいる。神様が呪うなんて可笑しいですか? でも人間だって善人の面した鬼畜がいるでしょう? それと一緒ですよ。

 それでうちの村の神様は、眼、なんですよ。この眼ね。この話は昨日までの人から聞いてます? あ、良かった。

 うちの村の神様はねぇ、いろんなものを見たいんですよ。だから一定周期ごとに村から生まれた赤子に憑りついて、そうやって世の中を見るんです。ただそれだけなんですよ。

 ただそれだけだったら村人全滅しないって? ははっ、それはねぇ、今期はちょっとばかり手違いがあったってだけですねぇ。そんな怖い顔しないで、こっち見てくださいよ。


 それであなた、私のことをどういう風に聞いてきたんですか?

 今期の赤子が私だって? うんうん、そうですね。だから、私には神様が憑いている。それは村から出てこんなところに入れられても変わらない。

 だからって、そんなに怯えなくともいいでしょう? ほら、何もできませんって。さっきも言ったけど、私とあなたの間には、ほら。この頑丈な柵があるんですから。殴っても蹴ってもビクともしない。安全でしょう?

 まぁ、頑丈だけど柵は柵なんで。こうして腕なんかは隙間からそっちに伸ばせるんですけど。これだって自分の腕の分しか伸ばせないんだから。私の腕がゴムみたいに伸びない限り。……今のも笑うところですって、ははっ。

 でも扉じゃなくて柵で正解でしたねぇ。対話するのだって、こうやって柵越しにでも相手を確認しながら話した方が良い。そう思いますよ、私は。

 それで……ああ、そうそう。神様ね。

 うちの村の神様は生まれた赤子に憑りついて、その子供の目を使って世の中を見るんです。いわば目自体が神様の物になる。そんな神様を直接見るなんて畏れ多いってんで、村人は神様が憑りついた子供の目を決して見てはならない。そういう決まりができたんですね。

 だから、あなたもそれに倣って私を見ないんでしょう?

 ははっ、そういうことだから、つまりは目を見なければいいんですよ。そんなに怯えることもない。人の目を見て話さない人間だって、世の中うじゃうじゃいるんですから。


 うじゃうじゃで思い出したけど、最近妙に背中が痒くて。ここはコンクリートでできてるから、木が腐って虫が湧いているなんてことはないんですけど。ちょっとこっち来て見てもらえませんか? 背中じゃ見えないし、蕁麻疹かなぁ?

 だから、そんなに警戒しなくてもいいですって。言ったでしょう、柵越しで何もできないって。それに、さっきから俯いてるみたいに私の目を見なければいいだけなんですから。

 ああ、ありがとうございます。この辺なんですけど……。

 ――そういえば、さっき言ってた、今期はちょっとばかり手違いがあったって話ね。あれねぇ、実は私の目には神様が居ないんですよ。


 こうして、私の掌に神様が居ます。綺麗な眼でしょう?


 ははっ、うっかり見ちゃいましたねぇ。

 面白いなぁ、そんなに体を痙攣させて。白目剥いて、干上がった魚みたいだ。うちの村の人たちもそんな風にビクビクして泡吹いて死んだんですよ。

 やっぱり神様の眼を見るのは畏れ多いことなんですねぇ。なんて、もう聞こえないかぁ。

 やっぱり、扉じゃなくて柵で正解でしたねぇ。

 そう思いますよ、私は。

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