第3話 夜の自転車
今日の塾では、他の講師の先生とも親交を深めることが出来た。同じ曜日に出勤し続けることは、その日の担当講師軍と合う確率が必然的に高くなりだ、仲良くなれる可能性が高くなるということだ。授業の構成や大学生ならではの悩みなどを相談することができた。情報交換はいいものだった。芯との授業も今までと同じように好調だった。芯は絶対宿題を終わらせてもってくる。可愛い生徒だった。授業の始まりと終わりもいつもと同様の挨拶で始まり終わる。これほど台本じみたものはなかった。響子にとってとても居心地がよかった。芯が宿題をやってこない日なんかがきたら、その日は槍が降りそうだ。響子は狂ってしまう。響子の授業は、生徒の親にも好評だった。授業担当を指名されたり、授業時間外に質問をされたりすることもあった。響子が次の授業で別の生徒2人を教えている間、横目に見ると芯は自習用に設けられた机で、教科書を開いていた。学校で学んだ範囲の復習でもしているのだろうか。つくづく真面目だと思った。静寂を嫌わない人間らしい。響子と同じだ。響子は読書の時、静寂な空間の中でないと集中できない。その時間がないと生きていけない。彼も響子と似ているのかもしれない。
担当分の授業が終わった響子は、生徒を見送ってから帰り支度をすると大國校長先生に挨拶をしてから、塾をあとにした。響子を包んでいたのは、夜空と対照的な光の多さだった。最寄り駅のそばをとおり、信号までの坂を下っていく。ワンコインで停められる駐輪場が響子をずっと待っている。信号にさしかかり、赤色で止まる。駅を見上げた。響子はここが好きだった。この地域が、この場所が、この辺り一帯が。自分の居場所であると感じる。ここから始まり、ここに帰る。響子の源はここにあるのだ。信号を待っている後ろで自転車が、ブレーキをかけながら近づいてくる音がした。自転車の音が最大に大きくなった時、それは響子のそばを通って、右側に曲がっていった。風が響子の髪を揺らした。その後ろ姿は見覚えがあった。
「芯」
口に出していた。自転車の音がすぐに遠くなっていく。その言葉は聞こえていなかった。自分でもとっさにその名前を口にしていたのには驚いた。だから本人に聞こえていなくて響子はほっとした。あのときと同じ服装。同じ鞄。ヘルメットは付けていない。危ないなと思った。でも、響子もヘルメットをもってきてはいない。同じだなと、マスクの下で笑みがこぼれた。
芯:CORE ABC @mikadukirui
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