第2話 初めての授業
響子の得意教科は英語と国語だった。高校生の時も1番得意だったのはその2つだった。アルバイト先の候補に「塾」しか思い当たらなかったのは、人に知識を教えるのが好きだからだ。だからこそ、カフェなどの他人と話を交わすような似通ったところが仕事内容としてあったとしても、接客業や厨房などの仕事は向いていなかった。響子は自身が高校生の時にお世話になった先生のように、自分より年下の世代に知識を共有することが性に合っていて、素敵な仕事だと思っているのである。大國校長先生に教えてもらった手順を踏みながら、授業の準備をした。授業開始10分前になった時、自動ドアが開き、誰かが入ってきた音がした。「自分の生徒だろうか」と緊張しながら、少し期待もしていた響子の横に、その生徒は鞄を下ろしてから、静かに「こんにちは」と言った。響子は生徒の顔を見て、「こんにちは!」と元気よく言った。響子はその生徒に見下ろされているような状態だった。響子よりも背の高い、黒くて丸い縁のメガネを掛けた男子生徒だった。髪は天然パーマがかかっているようだった。その男子生徒が座ると同時に、授業開始を知らせるチャイムがなり、2人は授業へと入っていった。
本日から勤務する新人講師として、響子はまず自己紹介をした。自己紹介は大事だと思った。相手のことを知るためにはまず自分のことを知ってもらう。対話において大事なことだ。それに、響子のほうが年上なのは明らかだ。ここは「大人」として1歩先に出よう。
「神崎響子です。本日からここの講師として働きます。今日は君の担当なので、緊張しているけれども頑張ります。宜しくね。」
「
とても落ち着いた生徒だった。珍しい名前の生徒だった。芯。シン。素敵な名前だと思った。話をよく聞いてくれそうな彼に、授業をするのはとても面白そうだと感じた。
授業はとても上手くいった。あらかじめ範囲を大國校長先生から聞いていたので、思い描いていた通りの英語授業を展開することができた。響子の話をよく聞いていた芯はほとんどの問題を正解した。地頭がいい、と響子は思った。あとは抜け落ちている単元を復習して演習、己の力に変えていけば、志望している大学の合格は間違いないと早々に思った。
この個別指導塾は、講師1人に対して、生徒2人という授業形式であったが、今日の授業は芯1人だけだった。これも大國校長先生が気を利かせてくれたに違いない。問題を解く芯を横目に見ている響子は、その細長い指が綺麗に生えていることに気づいた。先ほどのちょっとした息抜き時間に、写真が好きだと言っていたな。その美しい指に包まれたカメラを構える芯に撮って貰える写真はどれほどのものだろうか、と脳が余計な事を考え始めていた。芯があと少しで問題を解き終わるのが目に入り、幻想から抜け出た響子は、残りの授業を成し遂げた。
「ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
宿題を出した後、終わりのチャイムが鳴ると同時に芯は響子にそう言った。響子も返す。とても充実した時間だった。改めて自分には、人に知識を教えるこの仕事が向いているのだと感じた。芯も今日の授業に満足してくれていたらいいな、と響子は願った。今日はいわゆる体験授業だった。響子にとっても新しい環境での新しい生徒であり、芯にとっても新しい先生による新しい授業だった。芯が継続して、自分の授業を受けたいと言ってくれたらいいな。帰り支度を終えた芯は、響子に一礼をすると自動ドアへと向かった。黒くて大きめの斜めがけの鞄だった。服も上下白黒だった。モノトーンが好きなのかもしれない。響子は教材を抱えながら、自動ドアへと向かった。
「ありがとうございました。」
「さようなら。」
芯は再度そう言った。なんとも礼儀正しい子供だなと思った。ご両親もそうなのだろうか。響子も微笑んで挨拶をするとその日の授業は無事に終わった。響子の両親が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます