最終章「恙(ツツガ)なき旅へ」03

   03


 三人はばったりと出くわした。

 葉桜駅前のバス停だ。

 待ち合わせしていたわけではないが、喫茶店カガリに向かおうとすれば、高校最寄りの駅からバスに乗るのが一番早いので、自然とそこに並んでしまう。

 七月終盤の、陽炎が揺らめく熱い日差しの下で、目印になったのはもちろん純麗だった。

 純麗が一人でバス停の横に立っていると、

「たーりほー。あんたでかいからすぐわかるわ」

 アリスがやってきて、純麗の腕を突っついた。

「うげっ……」

「なに。あんたまさか一人で行くつもりだったの?」

「うるさい……急に思い立っただけなんだもん……」

「ふぅん。まっ、アリスもなんだけどね」

 それから数分数、未夢もやって来る。

「あれっ? 二人とも?」

「集(たか)ってきた……シロアリかよ……」

「えへへぇ~……ていうか、私たち、ちゃんと連絡取りあわないよね~」

「別にそういうつもりじゃなかったし……」

「うん! 私もなんか居ても立ってもいられなくてさ! 電車の中で何回もメーセージ書いては消してを繰り返しちゃってぇ! んで結局、なんとなく送れなくってぇ!」

「──いいんじゃない? アリスも連絡しようとしてやめたわ。どうせこいつ見ないし」

「あっ、あたしスマホ家に忘れたわ」

「ほれ見ろ」

 バスが来て、それに乗り込みながら未夢は言う。

「私たちってバラバラ~っ!」

「結果、集まったし……」

「案外おんなじ習性持ってんのかなぁ。アリス、ちょっと嫌かも」


 喫茶店カガリ──

 木製のドアベルを鳴らし、最初に扉を潜ったのは純麗だ。

 店内には一人しか客がいない。

 ここに監禁されているツツガ。いまの装いはこちら側の夏服で、少しラフで軽い印象のワンピースだった。それで高飛車な顔をしているので、どこかアンバランスに見える。

「どうも」

 と純麗は彼女に声をかける。

「なにその薄っぺらい服。洗濯機の調子が悪かったの?」

「ごきげんよう。その……すみません。〝せんたっき〟とはなんでしょうか」

「てめぇの戒名だよ。……てか、言葉、通じるんだ」

「このお店の中はカガリのリリックで満たされていますから」

「カガリの……」

 純麗はカウンター席の奥、キッチンの方に目をやる。

 やはり彼はタイミングよく出てきた。黒い髪と黒いエプロン。見た目は完全に人間だ。

「いらっしゃい。ご注文は?」

 水とおしぼりを並べて、真っ直ぐ聞かれると、純麗は顔を赤らめてしまう。

「……パ、パフェ、食べたいっ……アップルマンゴーとアーモンド入ってるやつっ……」

「あるよ」

「──あっ。私、アイスティーっ!」

「──アリスは冷たいフルーツティー」

「はい。少々お待ちを」

 彼がキッチンの向こうへ姿を消すのを見送ってから、純麗はツツガの正面に着いた。

 アリスと未夢はそのそれぞれの隣だ。

「それで。皆様、どういったご要件でしょうか」

 問われて、純麗はテーブルに右腕を乗せ、前かがみになった。

「……なにか、できることはないの……」

 半分、威圧するような口調だ。

「なにかというのは、ケガチのことでしょうか」

「どうしても、誰かを犠牲にしないと結晶化を防げないの」

「別の方法があれば既にやっていますよ。無いから私はクーデターにより女王の座を奪ったのです。クリスタル・キングダムは長い間、反結晶化のリリックにより鎹を作ることでしか結晶化を防げませんでした。だから、女王制度が根付いたのです」

「女王制度が根付いたから、鎹を作っていたんじゃないの」

「……否定はしません」

「──まぁ、リリックという魔法にも限界があるもんね……。アリスも使ったからわかるけど、あれは万能とはいえ、本当にエネルギーの一種でしかない……それでも一種の安寧を得られたから、文化が生まれたんだ」

 横から未夢が言う。

「私、思ったんだけどさぁ、その文化って《リリカル・クロス》と仕立て妖精が来たから始まったんだよね。ってことはぁ、世界の外側にはリリック以外の力があるってことなんじゃないかなぁ?」

「……へぇ?」

 とアリスは眉をひそめると、

「ほら。多次元世界(マルチバース)だよぉ! マーベルでもDCでもニチアサでもいいけど、それぞれの世界観にそれぞれ別の力があるわけでしょ? その一つが仕立て妖精の〝リリック〟だったんだから、別の次元にある知らない力を見つければっ──」

「クリスタル・キングダムの制度を根本的に変えることができるかもしれないってこと?」

「そう! 過去改変や異世界旅行は映画の定番だよね! 大抵、しっぺ返し食らうけどぉ!」

「……不吉なこと言うなし……」

「──できるの?」

 純麗がツツガに問うた。

 ツツガはそう提案されることを知っていたかのように頷いた。

「ええ、可能です。この世界とクリスタル・キングダムが繋がったように、ここから近い別の世界へ移動することができます。そこからまた別の遠い世界へ渡ることも……つまり、あらゆる世界へ渡ることは可能です」

「そのどこかに、結晶化を防ぐ力があるかもしれない……」

「否定はしません。しかし、それはそう……例えるなら、砂漠の砂粒を一つ一つ確かめていくようなもの。あまりにも途方のない確率でしょう。それに──」

「──許された期間はだいたい一ヶ月半。アリスたちが動けるのは、ケガチが新たな女王のリリカル・クロスを仕立てるまでの間でしょ?」

「はい」

「あっ、それ夏休みの期間と同じくらいだね!」と未夢が言う。

「アリス、そんな暇じゃないんだけどなぁ……まぁ、しゃあないか……」

「もし本気なのでしたら、危険な旅になりますよ。異なる次元には何があるかわかりません。私は女王の命令によりこの場を動けませんし、《リリカル・クロス》を手にすることすら──」

「んなことわかってんだよ」

 ツツガの声を純麗が遮った。

「こっちだって別にやりたくてやるわけじゃない。だいたい、そっちが始めたことなんだからガタガタぬかすな! あたしはただ……あたしが大切に思うもののために意地を張るんだ」

「アリスもさ、ここで見て見ぬふりをしたら、一生そういう人間になっちゃう気がするし」

「私、今この瞬間にやらないといけないと思うから!」

「──わかりました……そこまで言うのでしたら止めません。私に止める資格などないでしょう。しかし、次元を渡るにも、活動するにも……──《リリカル・クロス》が必要ですね」

 最後の一言を、ツツガはキッチンの方に向かって言った。

 すると、マスターがクロッシュを被せた大きな銀皿を手にして現れる。

 テーブル前に立ち、ツツガにこう返す。

「大変申し訳ございませんが、ツツガ様に《リリカル・クロス》をご用意することは禁じられております。それは、他の者に譲渡することも含まれると僕は解釈しております」

「女王の使命を阻害しないためでありましょう? ですから、カガリ殿。私は貴方にこのように要請するのです──」

 ツツガは居住まい変え、王姉の顔をした。

「仕立て妖精の賢者よ! 女王の御身を救うため、ひいてはクリスタル・キングダムの未来からすべての犠牲を取り払うため、この者らに機会を与えて頂きたい!」

「おや。困りました。それは断れません」

「リリカル・クロスを是(これ)へ!」

「ご用意しております」

 カガリは頭を下げる。

 クローシュが開かれると、そこには三つの筒型ケースだ。

「わぁ!」

「これって──」

「あたしたちの為のクロス……?」

 三人はそれぞれに手を伸ばす。自然とどれが自分のクロスなのか感じることができた。

 握りしめた瞬間、リリックの波動が体に馴染んだ。

「うひゃあ……アリス、頭ん中じゃいろいろ考えてたけど、いざとなると緊張するわぁ……」

「為せば成る、為さねば成らぬ、だよ!」

「おっ、上杉鷹山じゃん。まさか未夢の口からそれが出るとは」

「えっ? 『シン・ウルトラマン』の台詞でしょ」

「……あんたの知識偏り過ぎ……」

「──それで、いつ出発するんだい?」

 カガリが聞くと、

「いまっ!」

 と、純麗は隣のアリスを尻で押し出しながら答えた。

「はぁ……? ま、待って! いまぁ!?」

「さっさと立てよ、ダンゴムシ! あんますっとろいとワラジムシに格下げすんぞ!」

「アリス、一日くらい準備期間あると思ってたんだけどぉ……」

「なにを準備すんだよ、彼氏もいねぇくせに」

「うぐぅッ! いままでの暴言で一番効いた……」

「──あはは……本当は私も、歯ブラシとか着替えが欲しいなぁと思ってるんだけど、これ言っても聞かないよねぇ……」

 すると、カガリが言う。

「転移はこの店ごと行うよ。旅先で必要な物はすべて僕が用意する。君たちは時空を超えるため、リリックの波動を重ねればいい」

「──おや。それでは私も行くのですか?」

 ツツガだ。店ごと移動するということは、彼女も別次元へ旅することになる。

「陛下より目を離さないよう命じられておりますので。いたしかたなく」

「その予見は聞いていませんよ」

「なにか問題でも?」

「いいえ。おまかせします」

 ツツガは小さく笑んでいた。

 純麗は筒型ケースを構える。アリスと未夢も同じくロックに指をかける。

 心を合わせると、虹色の光が喫茶店カガリを包んだ。

「んじゃあ行くぞッ!」

「はいはい」

「準備オッケーっ!」

 ──リリカル・チェンジっ!

 三人は光の中に包まれた

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リリカル・チェンジ まままな人 @mamaman_0919

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