弟に殺されかけたので、バカンスを楽しみましょう
uribou
第1話
「う……ううん……はっ!」
目が覚めたら海でした。
正確にはとても美しい浜辺。
まあ素敵。
でも着ているドレスが海水を吸って重いですね。
砂だらけですし。
どうしましょう?
ではなくて、わたくしは一人ですか?
どうなっているのでしょう?
そうです、隣国ティアルカへの船旅の途中で……何でしたっけ?
忘れてしまいましたね。
ずぶ濡れで見慣れぬ海岸に一人。
状況から察するに遭難ですかね?
ドッキリでさえなければ。
ああ、事情を知っていそうな小鳥さんがいますね。
「小鳥さん小鳥さん、少々よろしいですか?」
『ん? 何だい、人間のお姉さん』
「ここはどこなの?」
『島だよ』
つまりわたくしは島に流れ着いた、ということのようです。
「わたくしはどうしてここにいるのかしら?」
『夜の内に流れ着いたという噂だよ。見たやつは、お姉さんが光ってたと言ってた』
あら、では神様の手助けがあったようですね。
神様ありがとうございます。
「この島に人間は、わたくしの他にいるのかしら?」
『いないよ』
無人島ということね。
どうせ数日で助けが来るでしょう。
のんびりできる貴重な時間です。
せいぜい楽しめという、神様の思し召しかもしれません。
「小鳥さん。わたくしは他の人間とはぐれて困っているのです。力を貸していただけませんか?」
『いいよー』
わあ、思わぬ愉快な休暇の始まりです。
◇
――――――――――時は少し遡り、ツグミシアからティアルカへ向かう船上にて。ツグミシア王国のタデウス第一王子視点。
姉ロビンの印象と言えば能天気、ぼんやりだ。
いつものほほんとしていて。
しかしどうやら姉に婿を迎えて王位を継がせるというのは本決まりらしい。
姉ロビンは正妃様の子であっても、女じゃないか。
側妃腹とはいえ男児の僕がいるのに何故?
父陛下の意を酌んで僕の周りからは人が離れつつあるのだ。
僕こそがツグミシアの次期王と信じていたのに。
姉ロビンに支配者たる優秀さはない。
が、あんな姉に王が務まるわけがない……とは必ずしも言いきれない。
それは姉が神の恩寵を得ているから。
小鳥を呼び寄せるというつまらん技ではあるが、人々には一定の感銘を与えるようだ。
支持が集まり、王配が優秀なら王としてやっていけるだろうからな。
姉ロビンと僕がティアルカへ向かうこととなった。
表向きは親善外交だが、僕にはわかっている。
ティアルカのエヴァン第三王子を婿にするための顔合わせだ。
エヴァン王子は果断な性格の出来物として知られている。
客観的に見て姉ロビンは、能力はともかく美人で性格がいいことは否定できない。
エヴァン王子は必ず姉ロビンを気に入るだろう。
おまけにツグミシアの王配の座が転がり込んでくるとあっては、エヴァン王子が婚約の成立を望まないなんてことはほぼあり得ない。
またツグミシアとティアルカの友好の絆を強くするとあれば、反対者はごく少数かもしれない。
このままでは僕の出番がなくなる!
焦りにも似た気持ちが僕の心をジリジリ焼く。
二人を会わせてはならない……。
「あら、タデウスではないの」
「姉上ではないですか」
「いい風ね。わあ、星がとっても奇麗!」
姉ロビンが供も連れずにふらりと甲板に出てきた。
いや、僕も一人だが。
特に怪しい人物が乗船しているわけじゃないから油断したな?
幸い見ている者は誰もいない。
姉ロビンに当身を食らわせて気絶させ、海に放り込んだ。
今は夜だ。
気付いた頃には探すことすらできまい。
国に残っている妹シエラに神の恩寵はない。
シエラとの勝負なら僕の勝ち。
これで僕が次代の王だ!
船室に帰る。
今日はいい夢が見られそうだ。
◇
――――――――――無人島にて。王女ロビン視点。
鳥さん達が皆親切です。
雨除けにいい岩穴を教えてもらい、水場も教えてもらい、火吹き鳥さんが火をつけてもくれます。
生水は怖いらしいですからね。
大きな貝殻を器に、沸かして飲めば大丈夫。
え? 火吹き鳥さんですか?
一般には魔物と呼ばれるジャンルの、わたくしよりも大きな鳥さんですよ。
邪気を持つとされる魔物を手懐けるのはすごく難しいらしいですが、神様にいただいたわたくしの恩寵は鳥ならば有効のようです。
頭を撫でてくれよと、寄ってきます。
可愛いですねえ。
食べ物は木の実があります。
なっている場所を小鳥さん達が知らせてくれるので大丈夫です。
地味に困ったのが服でした。
ドレスはびしょ濡れで乾かしたいのですが、替えがありませんし。
『縫い物はできるかい?』
「えっ? 少しなら」
刺繍は淑女の嗜みですし。
『教えてあげるよ』
何と葉っぱを縫い合わせて巣を作る鳥さんがいました。
すごいです。
大きくて丈夫な葉っぱを植物の繊維で縫い合わせる、というか縛って結ぶことを教えてもらいました。
わあ、立派な服ですね。
ドレスは真水で洗って干しておきましょう。
親切な鳥さん達に囲まれて過ごす、素敵な時間ですねえ。
一生の内、一番贅沢な時を過ごしているのかもしれません。
◇
――――――――――ティアルカの第三王子エヴァン視点。
何ということだ!
ツグミシアの神に愛された姫とその名の高い、ロビン王女が行方不明になってしまった!
親善で来るという話だったので、楽しみにしていたのに。
どうやら船から転落したようだとのこと。
ツグミシア船からでは王女を発見することはできず、急ぎ我が国の助けを求めにきた。
地図を見ながら対策を練る。
「おそらくはこの辺りを航行中に海に落ちたものかと」
「完全に我が国の海域だな。潮の流れからすると、我が国の海岸かこの島に流れ着いている可能性が高い」
しかし我が国の領地内に漂着しているなら、既に発見の報告が入っているはず。
連絡が遅れているだけかもしれないが……。
地図の一点を指さす。
「姫が御無事ならば、おそらくはこの島だ」
「ま、魔物島ですか……」
魔物が生息している危険な島だ。
探検隊が上陸したことはあるが、あまり詳しい資料がない。
もし生きて上陸できていたとしても、生存の可能性は限りなく低いのではないか。
「オレ自身が捜索隊を率いる。なあに、神に愛されし姫だ。きっと御無事であろうさ」
そう、神に愛されし姫ならば……。
◇
高速艇で魔物島に向かう。
手練れのハンターと兵士達を集めたが、皆緊張しているようだ。
ムリもない。
凶暴な魔物を相手にすることなどほとんどないからな。
また魔物島に関して、有している情報が少ないということもある。
「殿下、作戦はいかがいたします?」
「姫が流れ着いているとすれば、砂浜のあるところだろう」
「なるほど、確かに」
「大きい島じゃない。まず上陸を考える前に船でぐるっと巡り、島をよく観察することだな」
「御意」
「急がなくていい。波の様子をよく見て、浅瀬に注意しろ。座礁したら洒落にならんぞ」
「はっ!」
急ぎたいところではあるが、オレは捜索隊に志願してくれた者達に対して責任がある。
焦ってはならん。
魔物島近辺について知ることも今回の任務の内だ。
「おお、浜があるな」
「あっ? 誰かが手を振っておりますぞ」
「何だと?」
本当だ。
誰かが手を振っているように見えるが、他にも何かがいる?
どういうことだ?
距離があり過ぎてよくわからんな。
「……人間型の魔物ということはないだろうな?」
「知られている限りでは、魔物島に生息する魔物は魔鳥と植物系、昆虫系とのことでしたが」
「未知のことも多かろう。油断はできんな」
どうすべきだ?
浜に何かいることは確実。
ならば……。
「よし、小舟を出せ。重武装の少数精鋭で、オレが率いて行く。ダメそうなら信号弾を打ち上げるから、待機組はとっとと帰れ」
「殿下に危険なことはさせられませぬ!」
「姫が生きて助けを待っているかもしれんのだ。オレが行かなくてどうする」
今回のツグミシア王子王女の訪問は、ただの親善ではない。
オレの婿入り前提で、ロビン王女との顔合わせという一面があるのだ。
ティアルカ王国との結びつきをバックに、ロビン王女が即位するのではないかという思惑もある。
オレ自身が器量を、ロビン王女を救う姿勢を見せずに何とするか!
しかしあのタデウスとかいう王子は何だ。
姉の一大事だというのにスカしたヘラヘラした態度で。
心配ではないのか?
姉の注意力が足りん、周りに迷惑をかけて、みたいなことを言っていたぞ?
あのようなやつは好かん!
「殿下。陸が近付いてきましたが……」
「ああ。一見和やかだな」
特に緊張感は感じられない。
邪気のある魔物とは、プレッシャーをかけてくるものと教わったのだがな?
「女性と鳥がたくさん、ですな」
「そういえば、神に愛されしロビン王女は、小鳥の友だと聞いたことがある」
「小鳥ばかりではありませんな。どう見ても魔鳥もいるようです」
「む? ロビン王女は魔鳥をも手懐けることができる?」
「どうでしょうか」
とにかく魔物に襲撃されるということはなさそう。
ムダな戦闘を避けられることは結構なことだ。
刺激しないようにゆっくり上陸する。
ああ、女性が駆け寄ってきたな……。
「助けに来てくださった方ですね?」
「は、葉っぱガール!」
緑の装いなのかと思えば、いや、緑の装いには間違いないが、葉っぱではないか。
セクシー過ぎる!
「あ、はしたなくて申し訳ありません。ドレスがずぶ濡れになってしまいまして」
「いえ、当然考えられることでした。オレはティアルカの第三王子エヴァンと申す」
「まあ、エヴァン殿下でしたのね? わたくしはツグミシア第一王女ロビンです。お見知りおきを」
「お前らレディに失礼だぞ。こっち見るな!」
ええ、殿下ばかりズルいって顔するな。
ロビン王女は本当に美しい。
しかもニコニコしていてとても感じがよく、弟のタデウス王子とはえらい違いだ。
鳥達を率いる妖精の王のよう。
なるほど、これが神に愛されし姫か。
おっと、思わず見とれてしまった。
上着を貸す。
「羽織ってください。オレには少々刺激が強過ぎます」
「まあ、ごめんなさいね」
いえいえ、ありがとうございますだ。
しかし鳥達がじいっとこっちを眺めているこの有様は?
「……姫は一体どうしてこの島へ?」
「記憶があやふやなのですけれども、気付いたらこの島にいました。鳥さん達が助けてくれたのですよ」
「明らかに魔鳥も混ざっておるようですが」
「そうですね。でも皆優しくて」
邪気の多い魔物だぞ?
普通は人間に親しむことはないだろうになあ。
神に愛されし姫の得ている恩寵は予想以上だ。
「いや、無事に発見できてよかった。皆が心配しておりますぞ。戻りましょうか」
「はい。皆さんありがとう!」
鳥達が理解したように去っていく。
完全にコミュニケーションが取れるのだな。
たとえ相手が魔鳥でも。
「では姫、お手をどうぞ」
◇
――――――――――ティアルカ王宮にて。ロビン王女視点。
少々ハプニングはありましたが、皆さんが大歓迎してくださいました。
結果としてとてもいい雰囲気になって、親善訪問としては大成功ですよ。
よかったですねえ。
あら、タデウスが変な顔をしていますよ。
もっと楽しそうな顔をしないと失礼ではないですか。
社交・外交に表情のコントロールは必須ですよ?
エヴァン第三王子殿下をわたくしの婿にどうか、という話があるのはもちろん知っています。
とても行動力のある素敵な方です。
わたくしの打ち上げられた島は通称魔物島という、危険な島だったのですって。
そんなところに率先して助けに来てくださったのですものね。
「今度はオレがツグミシアを訪問することになると思う」
「ええ。お待ちしていますわ」
エヴァン殿下の優しい目が素敵です。
きっといい旦那様になってくれると思いますわ。
◇
――――――――――帰国後、ツグミシア王宮にて。タデウス視点。
とりあえず助かった。
バカな姉ロビンは事件の日の記憶を失っている。
僕が海に放り込んだことさえ覚えていないのだ。
しかししばらく僕も大人しくしておかねばならんな。
残念だが、姉が王太女となることは最早変えられないだろう。
どう足を引っ張るか。
それとも姉の政権下でどう僕の影響力を発揮するかを考えるべきか……。
「おい」
「は?」
な、何だ?
急にかけられた声に驚く。
ここは僕の寝室だぞ?
侍女にも入るなと言ってあるのにこいつは……。
歳若というか少年だ。
しかし目を離せないほどの秀麗な顔貌と強烈な存在感に、超自然の存在であることを否応なく理解させられる。
まさか、神か?
「その通り。私が神だ」
「……」
考えを読まれている?
神で間違いなさそうだ。
しかし何故神が僕の部屋へ?
皆目見当がつかない。
ああ、僕にも恩寵をくれるのか?
間抜けな姉ばかりを贔屓するのはおかしいものな。
「残念ながらお前に恩寵をくれてやるつもりはない」
「……」
じゃあ何のために?
「取り立てだ」
「は?」
取り立て、とは?
「ロビンを救うため、代償として記憶の一部を彼女からもらったのだが、それでは釣り合わなくてね。お前からも取り立てなくてはならない」
「もしかして姉上がどうして海に落ちたのか知らないのは?」
「その時の記憶を徴収したからだ」
何だ、神のおかげで僕の悪事が隠されているんじゃないか。
イコール僕のピンチを救ってくれている。
じゃあ味方なんだな?
「勘違いするな。私は薄汚い弟に裏切られたなんて記憶をロビンに与えたくないだけだ」
「何だと?」
「お前はロビンが経験するはずだった苦しみ、悲しみ、絶望を食らうがいい!」
「あああああああ?」
い、痛くないのに痛い。
何だこれは!
頭が割れる。
わけもなく不安が押し寄せる!
「な、何をするんだ!」
「私のお気に入りのロビンを害そうとした報いだ」
「その間抜けな姉に、鳥と語らうなどというくだらぬ恩寵しか与えていないではないか!」
き、効いてるのか?
苦々しい顔になる神。
「……ロビンは自分であの恩寵を望んだのだ。贅沢することも世界を望むことすらもできたのに」
「バカなだけじゃないか!」
「お前に何がわかる! 足るを知ることがどれほど貴重なことか!」
あたたたた。
よくわからんが、姉ロビンの無欲なところが神の琴線に触れている?
「で、では僕も姉を見習おうじゃないか。僕だって贅沢なんかじゃないんだ!」
「ほう?」
「だからこの苦しみを止めてくれ!」
「了承した」
あ、急に痛みに近似した圧迫感が抜けた。
ウソみたいだ。
助かった!
「贅沢ではないと言ったな? お前からは代償のコストとして、あるものをもらおう。ロビンの統治に利用させてもらう。代わりにお前には一生の安寧を約束する」
◇
――――――――――後日談。
ツグミシア第一王子タデウスは、正気かあるいは知性を失った。
ただトレードマークとも言える不機嫌な表情は消え失せ、いつも機嫌よくニコニコしていたという。
手のかからない子供のようだと、侍女達の評判は悪くなかった。
王家は男児が継ぐべきと、タデウスを推す者も少数は存在していた。
が、タデウスの変化後は支持がロビンに一本化した。
後世、ツグミシア王国のために最善であったと評された。
神に愛されたロビンの国ツグミシアには人材が集まり、大いに繁栄した。
女王ロビンと王配エヴァンの関係は大変良かった。
エヴァンはロビンを支え、ロビンはエヴァンを癒した。
ある日のこと。
「あの鳥は何を言ってるんだい?」
「ラブシーンが見たいぞ、もっとくっつけって」
「ではリクエストに応えて」
エヴァンがロビンを抱きしめる。
小鳥達の溢れるさえずりの中で。
二人は幸せ。
弟に殺されかけたので、バカンスを楽しみましょう uribou @asobigokoro
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