74 過去を乗り越える今


 ――その、瞬間――




 こおっ!




 俺の体から黒い光があふれた。


「これは――」


 全身が熱い。


 今まで感じたことのない『力』が体の奥底から湧き上がってくる。


 そう、この黒い光は『力』の発露だ。


 そして、この『力』の正体は、


「魔族としての、力……?」


 理屈ではなく本能で、今はっきりと分かった。


 俺は今まで『人間』として戦っていた。


 人間の精神をもって戦ってきた。


 だから、魔族の肉体と人間の精神というアンバランスな状態で『力』を上手く発揮できていなかったんだ。


「それが今、やっと一つになった……精神と肉体が」


 今なら、俺は本来の力を100パーセント発揮できる――。


「なるほど、精神まで完全に魔族化しましたか」


 悪鬼王の中で羅刹が言った。


「確かに今までよりも『力』を発揮できるでしょうね。ですが、それはしょせん下級魔族の『力』にすぎません」


 今度は夜叉が言った。


「どれだけ力を引き出そうとも、しょせん下級は下級。高位魔族以上の力を持つ僕たちに」

「あたしたちに」

「「勝つことはできぬ――」」


 最後は悪鬼王としての口調に戻り、奴は咆哮した。


「そうかも……しれないな」


 俺の中に、今までにない力を感じるとはいえ――しょせん俺は下級魔族に過ぎない。


 その力をすべて引き出したところで、おそらく悪鬼王は『魔族としての格』そのものが違う。


「今のままでは、俺は悪鬼王にかなわない……」


 パワーも、そしてそこから繰り出される攻撃の破壊力も、確実に俺を上回っている。


 正面から戦おうと、奇襲をかけようと、絶対に敵わない。


 もし、奴の攻撃を撃ち破れる可能性があるとしたら、それは一つだけ。


「俺が、まだ使ったことのない技――」


 今の俺を、超える技を。




 俺は、過去の俺を乗り越える――。


 固い決意を胸に、俺は悪鬼王と向かい合った。


「下級魔族では我には勝てぬ」


 悪鬼王が淡々と告げる。


 勝ち誇っているわけじゃないし、嘲っているわけでもない。


 事実だけを冷静に指摘している――そんな口調だ。


「正面から力で挑めば、我の力によって吹き飛ばされよう。奇襲を仕掛けたところで、お前の力では我に傷をつけることすら容易ではない」

「……だろうな」

「諦めろ。お前に勝機はない」

「諦めない」


 俺は体をかがめ、低い構えを取った。


「ここでお前を乗り越えて、俺は今よりも強くなる」




****

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