73 俺の根源には魔族としての俺がいる
「が……はっ……!?」
接近したとたん、悪鬼王の蹴りを食らって、俺は吹っ飛ばされた。
そのまま空中高く跳んだあと、地面に叩きつけられる。
「はあ、はあ、はあ……」
体中がバラバラになったような衝撃だった。
骨の数本は折れているかもしれない。
「駄目だ、強い――」
接近戦なら一か八かでなんとかなるかもしれない、と突っこんでみたけど甘かった。
甘すぎた。
「確かにあなたは強い。ゲームの知識やシステムを経由し、本来なら不可能なパワーアップを成し遂げています」
悪鬼王が言った。
羅刹の声で。
「ですが、心があまりにも弱い。あなたは――【プレイヤー】はしょせん人間の精神しか持っていません」
今度は夜叉の声だ。
「人間の……精神……」
そんなの、当たり前だろう。
俺は人間なんだから。
たとえ体が魔族でも、俺は人間だ。
魂は人間だ。
魔族である自分なんて、認めない――。
と、そこまで考えて、ようやく気付く。
「俺は……」
今はもう人間じゃない。
「魔族になりきれていない者に、完全なる魔族が負けるはずがないでしょう」
どごぉっ!
ふたたび悪鬼王が蹴りを放ち、俺は大きく吹き飛ばされた。
先ほど同様に地面に叩きつけられる。
「ぐ……あ……」
口から血がこぼれる。
今度は内臓にまで達するダメージを受けたらしい。
――人間なら即死するような負傷かもしれない。
けど、幸いにもこの体は下級とはいえ魔族だ。
人間より頑丈にできているおかげで、俺はまだ生きている。
「完全なる……魔族……」
そう、俺は魔族だから、まだ生きている。
俺は――魔族なんだ。
まず、そこを認めなければいけなかったのかもしれない。
唐突な閃きが、思考を熱く駆け巡らせる。
「う……ぐ……」
ボロボロの体に渾身の力を籠め、俺は立ち上がった。
剣を杖代わりにして、なんとか体を支える。
「俺は……もう俺は……魔族、なんだ……人間じゃない……人間には、戻れ……ない……!」
魔族である自分を認め、受け入れる。
それは『古い自分』を捨てる勇気であり、新しい自分を認める勇気だ。
人は――命は、誰も一つ所に留まれない。
「もう人間の俺には戻れない……けれど」
それでも俺は俺だ。
人間だった俺も、魔族ゼル・スタークとなった俺も、すべてが『俺』。
過去の俺が形作った今の俺――それを背負い、俺は生きていく。
「そして――強くなる」
ごうっ!
みたび、悪鬼王が蹴りを放つ。
「!」
俺はそれを間一髪で避けてみせた。
「動く――」
今までよりも、体の反応が良くなっている。
「……! 魔族として目覚め始めた、というのですか……この土壇場で――」
悪鬼王がわずかに驚きの表情を浮かべた。
「俺は強くなる……生きるんだ」
そう、生きるために強くなる。
当初から、俺が強さを目指した根源的な理由はそこにあった。
生き続けるために。
死んでしまったレキの分まで。
生きている仲間のためにも。
「そして――ただ生きるためだけじゃない」
俺には、強くなるための理由がいくつもある。
ラヴィニア隊長への恋心。
ミラへの友情。
レキへの哀悼。
そして3番隊の仲間たち。
それらすべてが、俺の力になるんだ――!
****
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