ハッピーエンドは訪れない

@Mi8yta

下書き

 人は誰しも、なんらかの欲望がある。一番になりたいとか、金持ちになりたいとか。愛されたいもそうだし、時には、誰かを殺したいもある。

 だけど、僕たちはその欲望を妥協したり、納得できる理由を見つけて諦めたりしてうまく付き合っていかないといけない。

 僕はできなかった。

 そして、多くのものを失った。

 これは、そんな僕のくだらない青春の話だ。

 

 <今日久しぶりにあつまらね?>

 授業中に一通のLINEが入った。

 <私は行けるよ>

 しばらくしないうちに、成瀬も乗ってきた。

 <僕も行けるよ>

 このメンツで集まるのは久しぶりだった。

 <じゃあ、いつものコンビニ前集合な。その後カラオケ>

 了解のスタンプを送って、スマホをしまった。

 

 いつもは長い授業が、今日は早く感じた。

 放課のチャイムが鳴ると同時に、小走りで教室を出る。部室に行って顧問に欠席を伝えて高校を出た。

 べつに、集合時間にはとても余裕があったから急ぐ必要はなかったが、なんとなく楽しみな気持ちが、僕の体を突き動かしていた。

 多分夜まで遊ぶから軽く物を食べたかった。が、冷蔵庫を開けても何も無い。あるのは牛乳とチーズだけだった。しかたなく牛乳とプロテインを混ぜて飲んだ。全然お腹はふくれなかったが、ないよりマシだと思う。

 それからシャワーを浴びて、服を着替えて、お財布とかスマホとかを持って家を出た。


 約束の時間より20分ぐらい早くコンビニに着いた。

 道中は日差しが殺人光線のように照っていて、汗が止まらなかった。

 コンビニの中は冷房がしっかり効いていて天国のように涼しくて、コンビニの中で待ってるねと連絡して涼んだ。 

 お腹が空いていたから、サンドウィッチとオレンジジュースを買った。これだけなのに600円以上もしたのは驚いた。

 最近の日本に、将来が全く感じられない。物価はどんどん上がっていくし、異常気象は毎年のように更新されるし、ニュースもSNSも不祥事やら汚職やら、仕事のストレス、男女間戦争で溢れていた。

 高校も対して面白くないが、より面白くなさそうな世界にあと数年で放り出されると思うと嫌にもなる。

 昔、どこかの黒人がヤシの木に登ってヤシの実をもぎ取って食べている動画を見たことがある。明らかに日本のほうが先進国で豊かではあるが、心の豊かさは彼らのほうがあるだろう。

 僕も彼らのように生きたかった。

 そんなことを考えながらサンドウィッチを食べていると、背の高いスラッとした男が入ってきた。茶髪のウルフカットで、少し猫背気味。

 僕はその男を知っていた。

 男は飲料コーナーに行くとコーラと缶チューハイを手に取り、ビーフジャーキーも摘んでレジに向かった。

 少し虚ろな、しかしその行動が普通であるかのような雰囲気で店員に

「701番。袋ください」

 と言った。

 20歳以上を確認するパネルをなんの躊躇いもなく押し、店員も何も疑問がなさそうに会計を言い、男はSuica払いをしてレジを立ち去った。

 男が少し周りを見渡したあと、コンビニを出ようとした時、

「天瀬!」

 と彼を呼ぶ声がした。

「成瀬、久しぶり」

「久しぶり!光琉は?」

「見てないな。もういるはずだけど」

「天瀬、成瀬、こっち」

 二人に声を掛けた。

 二人の視線が僕に向く。

 そして、

「光琉ー!久しぶりー!」

「お前相変わらず背ぇ低いなあー!」

 と言っていっぺんに抱きついてきた。

 成瀬のいい匂いがした。

 「ちょ、二人とも、暑い」

 ごめんごめんとふたりとも離れ、空いている席に座った。

「このメンバーで集まるのすごい久しぶりだね」

 そうな、と、天瀬は買ったコーラを開けて飲んだ。

 「光琉は高校どう?」

 そう言って僕の瞳を覗く成瀬は可愛かった。

 僕がボブヘアが好きなのもあるが、もともと成瀬は万人受けするような顔立ちをしている。 

「ぼちぼちかな」

「そっかー、まあ、私がいないしね」

 こういう、変に自信のある本音か冗談かわからない言動をよくするんだったと思い出した。

 そうかもねと適当に返して、オレンジジュースを口にした。

「光琉はほんとオレンジジュース好きだよな」

「オレンジジュースが好きっていうか、炭酸が飲めないんだ」

「へぇー。もったいな。コーラ美味いのに」

 炭酸を飲もうとすると、変にむせてしまうのだ。

「二人とも、昔と変わらないね」

 成瀬が感慨深そうに言った。

「昔っつっても一年前ぐらいだろ?そんなんで人が変わるか?」

「そうかもだけど、なんか、すごく久しぶりにあった気がするからさ、」

 それもそうな、と返して天瀬は席を立った。

「そろそろカラオケ行こうぜ」

 成瀬も立って、ドアの方へ向かう。

「光琉も早く行こ」

 そう言われて立った。

 サンドウィッチのゴミを捨てて、外に出る。

 さっきまでひどく照っていた太陽は山に沈みかけ、きれいな夕焼けができていた。

 カラオケに来るのはそれこそ一年ぶりだ。中学最後に天瀬たちとカラオケに行って以来行っていなかった。

 成瀬はお手洗いに行ってくると言ってカラオケルームに入る前に分かれた。

 天瀬はカラオケルームに入るや、照明を消し、冷房を最低温度にした。

 そして、さっき買っていた缶チューハイを開け、ドリンクバー用のコップに注ぎだした。

「天瀬、酒飲んでるんだな」

「まあな。人生がつまらなすぎてやってらんねー」

 その気持は僕も共感できた。

「いつもああやって買ってるの?バレない?」

「この辺は年確されねーよ。街行くとたまにされるけど、持ってないって言ってすぐ出てく」

 常習犯っぽさそうだった。

「お前も飲むか?」

 今まで飲んだことがなかったから、少し興味はあった。

 天瀬は返事を聞く前に僕のコップに酒を注いでしまった。

「成瀬には秘密な。あいつうるせえから」

「わかった」

 乾杯!とコップを合わせ、一緒に飲んだ。

 レモンの味と少しのアルコール臭。

 飲み込もうとした途端、炭酸が喉を襲った。

 むせている僕を、天瀬は笑っていた。

「ちょっと!天瀬なにしたの!」

 丁度成瀬が戻ってきた。

「別に、なんもしてねーよ」

「大丈夫、コーラ飲んだだけ、」

「そう?何もされてないならいいけど。飲めなさそうだし残りは私が飲んどいてあげるね」

 そう言って成瀬は僕や天瀬が止める間もなく、コップに入っていたお酒を一気飲みした。

 天瀬は焦ったような顔をしている。

 直後、

「コーラじゃないじゃん!てか、お酒じゃん!」

 少し驚いたような、怒こったような声で喚いた。

「なんでこんなもの飲んでるの?」

 成瀬の顔は暗くて見えないが、怒っているのはわかる。

「いや、その、、」

 たじろぎながら天瀬に視線を向けた。

 天瀬はそっぽを向いていた。

 その視線に成瀬は気づき、

「天瀬が飲ませたの?」

 と静かに聞く。

 天瀬は答えない。

 成瀬は容赦なく天瀬の腹を殴った。

 みぞおちに入ったのか、天瀬は長ソファーにうずくまった。

「光琉になに飲ませてんの?殺すよ?」

「別にいいじゃねえかよ。もう高二だぜ?」

「よくない。私達が好きな光琉がどんなか忘れたの?」

 天瀬は少し黙ったあと、ごめん、と言いソファーに座り直した。

「じゃ、歌おっか」

 さっきとは別人のように成瀬は明るく言った。

「成瀬、さっきお酒一気飲みしてたけど、大丈夫?」

「私はお酒強いし大丈夫だよ」

 成瀬もお酒飲むんだ。意外だった。

 天瀬はバカでかい声で失恋曲を熱唱している。言っちゃ悪いが、めちゃくちゃ音痴だった。

 それを聴いて成瀬は爆笑している。

 点数は63点だった。終わっている。

「天瀬歌下手すぎだろ笑」

「うっせー。じゃあ次お前が歌えよ」

「私カラオケめちゃ上手いの知ってるでしょ?」

 そう言って成瀬は最近流行りのアニメの主題歌を入れた。

 巷ではめちゃくちゃ難しいと聞く曲だったが、成瀬は宣言通りの上手さで歌っていく。

 さっきまでギャーギャー言ってた天瀬も静かに聴いていた。

 94点という理解できない得点を叩き出し、余裕そうにストローでカルピスをチューチュー飲んでいる。

「インチキだろ、、」

 天瀬は戦慄していた。

 僕も、この後に歌いたくはない。

「二人とも歌わないの?ならもう一曲歌っちゃお」

 タッチパネルを素早く操り新しい曲を入れていた。

「ちょい、トイレいってくる」

 僕も行くと言って天瀬についていった。

 小便器に二人並んで用を足す。

 さっきまで暗い部屋にいたからわからなかったが、天瀬の皮膚が赤い。

「天瀬酔ってる?」

「いや、そこまで」

「赤いよ」

「お前もな」

 そう言われて鏡を見て、初めて自分も赤いことに気づいた。

「家帰った時バレないかな」

「大丈夫だろ。もうすぐ消える」

 そういうものなのか。

 トイレを出ると、天瀬はカラオケルームに向かわなかった。

「どこ行くの?」

 なにも言わなかった。

 仕方なくついていくと、外にむき出しの非常階段に出た。

 ポケットから煙草の箱を取り出し、器用に一本取って吸い始めた。

 とても虚ろな目をしていて、慣れたように煙を吸ったり吐いたりする姿は様になっていた。

「なんていうやつ?」

「セッター。セブンスター」

 名前だけは聞き覚えがあった。

「タバコって美味しいの?」

「別に」

「じゃあなんで吸うの?」

「嫌なことを忘れられるから」

 ちょっといいな、って思った。

「お前は20になるまで吸うなよ」

「わかってるよ、それくらい。ていうかタバコ嫌いだし」

「なら安心だ」

 天瀬は軽く笑った。

 

 喉が枯れるまで三人で歌った。

 天瀬と成瀬は追加の酒を飲んで更にハイになって、めちゃくちゃはしゃいでいた。

 僕も飲みたかったけど成瀬が飲ませてくれなかった。

 気づけば9時を回っていて、そろそろ解散するかとなった。

 帰りにまたコンビニに寄った。

 三人でアイスを買って、公園で食べた。

 成瀬はブランコに座り、天瀬はすべり台の頂上で煙草を吸っていた。

「天瀬、煙草は辞めろって言ったよな?」

 少し怒ったように成瀬が言った。

「お前は自分以外の人間に首を突っ込みすぎだ」

 天瀬は軽くあしらう。

「なにそれ、友達の心配して何が悪いの」

「余計なお節介。まだ友達って思ってたんだな」

 少し馬鹿にしたように天瀬は言う。

「友達じゃん。なんでそんな事言うの」

 成瀬の声は少し震えていた。

「あんなことがあったのに、よく言えるな。俺がお前なら言えないけどな」

「天瀬と私は違うの。一緒にしないで」

「はいはいわかったよ。好きにすればいい。俺は俺の生きたいように生きる」

 そう言って天瀬は滑り台を滑り、公園から出ていこうとした。

「じゃあな光琉!また今度な」

 さっきと空気が違いすぎて呆気に取られてしまい、上手く返事ができなかった。

 成瀬が泣きながら抱きついてきた。

「私は、天瀬を救いたいだけなのに」

 天瀬のような人間を、他人がどうにかできるものなのだろうか。

「やっぱり、私が悪いのかな」

「そんなことはないと思うよ」

 わからない。救おうとすることが正しいのか、間違っているのか。

「やっぱ私には無理だよ。ねえ光琉、一つお願いしていい?」

「いいよ」

「天瀬を救って」

 私は中学の時、天瀬と友達だった。

 西川という共通の友達がいて、その繋がりで知り合った。

 聞いた話では天瀬はサッカー部で、授業は殆ど寝ている。そのくせテストは毎回学年上位。付き合った人数は二桁いってて、女たらしみたいだった。

「成瀬さんであってる?」

 彼が初めて声をかけてきたのはカラオケルームでだった。

 西川が私達のカラオケに彼を誘ったのだ。

「合ってます。成瀬綾香です」

「いい名前だな。俺も天瀬じゃなくて成瀬が良かった」

「じやあ成瀬と結婚すればー?」

 からかうように西川が言う。

「それもいいね」

 天瀬が優しく笑いながら言った。

 私はその言葉の意味に戸惑っていると

「このクズ。成瀬ー、こいつの言動なんて信じないほうがいいよー」

「そんな事言うなよ。何もしてないじゃん」

 と始まった。

「天瀬くんはそんなにクズなの?」

 聞くと、

「クズだよー。元カノの妹に手を出したり、浮気したり色々してるよー」

「あんま広めんなって。だるい」

 一応本当ではあるんだ。内心噂が本当で驚いている。

「最低だね」

 思ったことが口に出てしまった。

 天瀬は一瞬傷ついたような顔をした後、馬鹿にするように

「そうだな。死んだほうがいい」

 と言った。

 それが冗談なのか本心なのかわからなかった。

 少し気まずい雰囲気だったが、

「じゃあ、そろそろ歌うかー!」

 と、西川が強引に雰囲気を変えてくれたおかげでなんとかなった。

「ちょっとお手洗い行ってくる」

 天瀬は逃げるように行ってしまった。

 西川はほっとした表情になり、

「天瀬も結構メンヘラ気質っていうか、病み性っていうか、綾香と似てるからさ、まあ、仲良くしてやってよ」

 と漏らした。

 私の思うメンヘラはネチネチしていて、根暗で、うるさくないイメージだった。

 私から見た天瀬と教えられた天瀬の内面との差が大きくて信じられなかった。


 しばらく二人で歌っていると、ドアがおもいっきり開けられて、天瀬が笑顔で入ってきた。

 横割りで曲を入れると、コーラを一気飲みして歌い始めた。

 音程も歌詞もめちゃくちゃで、歌うというより叫んでいるという方が近かった。

 さっきまでとは別人のようで困惑していると、

「おい天瀬!また飲んだのか?」

「うるせぇー!!」

「お前のほうがうるせぇー!」

 と、天瀬のマイクを奪い取った。

 奪い取られた天瀬は長ソファーに横たわり、幸せそうな表情で目をつぶった。

「飲むなって言っただろ」

「最高の気分」

「私は許可してない」

「これがないと生きてけないよ」

 何の話かわからず困惑していると、西川が天瀬のバックから紙箱を取った。

「なにそれ」

「メジコン。天瀬はODやってるんだ」

「ODって、オーバードーズ?」

 名前だけは聞いたことがあった。

 薬を過剰摂取して気持ちよくなれるって聞いたことがある。

「天瀬くん。ODは駄目だよ」

 をつぶっていた天瀬が少し目を開け、瞳の奥を覗くように私の目を見た。

「つまんな」

 そう言ってポケットから薬を出して、私に向かって放り投げた。

 薬は私の服にあたって、音を立てて床に落ちた。

「ODやめてみるよ」

 天瀬はそっぽを向きながら言った

 西川はニコニコしながら親指を立ててきて、なんとなく私も親指を立て返した。

「天瀬のこと、頼んだ」

 そんな事を言ってきたから

「なんで私?」

 と聞き返すと

「天瀬が素直に言う事聞いたから」

「別に、初対面だからじゃないの?」

「いや、天瀬は相手がどうだろうとやりたいように生きるから」

 言われてみれば、人に従うような人間ではない。

 「よし、俺と親友になろう」

 天瀬が握手してきた。

 この時、私がODを止めなければ良かったのかもしれなかった。

 結果から言えば未来は何も変わらないし、ハッピーエンドなんて訪れなかった。

 

「光琉。気をつけてね」

 今光琉は、新たな被害者になりつつある。

 私の次の依存先として天瀬に認知されていると思う。

 私にとっても、光琉はかけがえのない人間だった。

 そう思うと自分が憎らしかった。

 それでも、私にできることはしようと思う。

 「じゃあ、続けるね」

 その日はそのまま時間いっぱい歌って、最後に天瀬とLINEを交換して解散した。

 次の日、学校で天瀬が私の教室に来た。

 私の学校は生徒数が多く、同学年でも新校舎と旧校舎で分かれている。

 天瀬は旧校舎、私のクラスは新校舎にあったから、基本的には同じ校舎内の人間しか見ないのだが、別校舎、しかも天瀬ということでクラスには異様な雰囲気が漂っていた。

「なぁー、面白い漫画か小説ない?」

 天瀬はそんな雰囲気も気にせず話しかけてくる。

「『骨が腐るまで』とか『カゲロウデイズ』とか?」

「カゲロウデイズは面白かったな。アニメはじっくり話数をかけてリメイクして欲しい」

 意外にも共感できて、その後もアニメとか漫画の話で盛り上がることができた。

 好きなアニメ、漫画、本、推しのこととか、好きな音楽とか。

 私と天瀬はよく似ていた。

 そうして何日も過ぎたある日、いつもとは様子が変な状態で天瀬が来た。

 ふらついていて、どこを見ているかわからない。

「天瀬どうしたの」

「薬、飲んだ」

「学校で?」

「うん」

 こいつマジか。

 学校でも飲んでるとは思わなかった。

「保健室行く?」

「行かない」

「行ったほうがよくない?」

「うるさい。行かないって言ってんだろ」

「ごめん…」

 急に当たりが強くなって、反射的に謝ってしまった。

「なあ」

 天瀬は震えた声をしていた。

「俺のこと捨てないで」

「捨てないよ」

「嫌いにならないで」

「嫌いにならないよ」

 それが本心かは分からない。

 だが、それ以外に掛ける言葉は無かった。

 天瀬は安心したような顔をして、ありがとうと言ってどこかへ行ってしまった。

 

 週末、街に来ていた。

 天ヶ瀬が学校で薬を飲んだ日の夜、天瀬からLINEが来た。

 <今日はごめん>

 <大丈夫だよ>

 <今週末、会って話したい>

 <いいよ。土曜日の13時に駅前のカフェ集合ね>

 ということで今日に至る。

「よう成瀬」

 背後から声がした。

「天瀬、もう来てたんだ」

「成瀬がそれ言うか?」

 私達は二人揃って、集合時間の30分前に着いていた。

「まあ、入るか」

 天瀬はカフェラテとクッキー、私はソイラテだけ頼んで席に座った。

「じゃあ、何から話す?」

「俺さ、死のうと思うんだ」

 予想外の切り出しに困惑する。

「そろそろいいかなーって。退屈からも辛いことからももう逃げ出したい」

「みんな悲しむよ」

「みんなって?」

「親とか、友達とか」

「あんなカス共が悲しむぐらい、どうってことないし、悲しんだとしても今まで金かけたのが無駄になったっていうことぐらいだろ。それに、悲しんでくれるほど仲の良い奴もいないよ」

「両親と仲悪いの?」

「悪いね。俺がこうなった原因の大部分はあいつらだよ」

「なんで?」

「あいつらデキ婚でさ、昔から家庭内紛争。今は休戦して家庭内別居」

「なかなかだね。私の親も結構酷いけど、天瀬の家はもっと酷いね」

「成瀬の家も酷いの?」

「結構な母親は過保護なモラハラ人間でさ、父親は単身赴任でほとんど帰ってこない」

「結構怠いね」

「でしょ」

「まあ、そんなわけだから、人生は退屈だし生きるのは苦しいし、もういいかなって」

「天瀬、頭いいんだし高給取りになって見返せばいいじゃん」

「なんかもう、全部が怠いんだよな。夢とか、希望とか、やりたいこととか、なにもないし、なにも思いつかない。

「これから探せばいいじゃん」

「あるかもわからないもののために、生き地獄を味わい続けろって?」

「違う、私達まだ中学生じゃん。まだ何も知らないクソガキなんだよ。天瀬は世界を知った気になってるだけだよ」

「成瀬もTwitterやってるだろ。大人たちが俺達よりも苦しそうにしてるんだ。みらいに救いはないよ」

「私は天瀬が死んだら悲しいよ」

「だからって、その思いだけで生きるのを頑張れるほど俺は強くない」

「強くなくたっていいんだよ。多分、大多数の人間は弱いよ。だからこそ助け合って、支え合って生きてるじゃん」

「誰に頼ればいいんだよ。俺には頼れるほどの友達なんていない」

「私に頼ればいいじゃん」

「成瀬一人に俺のすべてが支えられるとは思えない」

「少しは頼ってよ」

「頼っていいの?」

「いいよ」

「ありがとう」

「ただ、約束してほしい」

「何を?」

「死なないこと。ODしないこと」

「わかった」

 気づいたら結構な時間が過ぎていた。

 買い物もしたかったし、そろそろ出たい。

「ねえ、このあと買い物付き合ってよ」

「いいよ。どこ行く?」

「天瀬は多分、誰かに依存したかったんだと思う」

「そうかもしれないね」

 ずっと助けを求めていた。

 私がするべきだったのは正論で真っ当な道に進ませることではなく、共感して落ちることだったのかもしれない。

 私は彼に依存されると同時に、彼に依存していたのかもしれない。

 彼が沈んでいたから私はまともでいられたし、彼が私を頼ってくれたから私は変な優越感に浸って現実逃避してストレスの発散ができた。

「僕はどうすればいいのかな」

「光琉はそのままでいればいいよ」

「そうなのかな」

 光琉は、私達には無い何かがある。

 私達は光琉のその部分に惹かれた同士だ。

 だから、光琉なら天瀬をどうかできるかもしれない。

「そろそろ遅いし、帰らない?」

 光琉に言われて時計を見ると、10時を回っていた。

 私もある程度気分が落ち着いてきたし、そろそろ帰ろうか。

「また今度話そっか」

「そうだね」

 バイバイと言って別れた。

 成瀬がした話が頭から離れない。

 あの日からこの一週間、ずっと天瀬のことを考えている。

 天瀬は大切な友達だ。

 だけど今は天瀬が怖い。

 それは多分、天瀬という人間が理解しきれない、得体の知れない存在になってしまったからだと思う。

 天瀬と何か話したくてLINEで文章を入れては消してを繰り返していた。

 その時、

<なあ、今日の夜会わねえ?>

 と天瀬からLINEが来た。

 元から天瀬のLINEを開いていたから、既読速すぎと突っ込まれてしまった。

<いいけど、どうしたの?>

<なんか、二人で会いたくなった>

 カップルかよ。

<じゃあ、前の公園でいい?>

 未だに天瀬はスタンプを買っていないらしく、初期スタンプのOKを送ってきた。


 公園に着いたときにはすでに天瀬がいた。

「ごめんな、突然呼び出して」

「いいよ。僕も会いたかった」

 天瀬は自販機でコーラを買って、ベンチに座った。

「お前、前集まった後成瀬となんか話した?」

 なんて言えばいいのだろうか。まさか、天瀬の暗い過去を聞いたなんて言えない。

「べつに、なにもないよ」

「成瀬が、俺がお前を傷つけたら許さないってLINE来たんだよね」

「ごめん、天瀬の話聞いた」

 そっか、と少し悲しそうな笑顔でこぼした。

 プシュ、と、コーラのフタを開ける音がした。

「そっか、光琉には隠しておきたかったんだけどな」

「べつに、知ったところで嫌いにならないよ」

「マジ?」

 驚いたような、気味悪がるような表情をしていた。

「普通なら引くと思うんだけどな」

「驚きはしたけど、まあ天瀬だし、で納得できる」

 それを聞いて天瀬は安心したようにコーラを飲んだ。

「なあ、俺は生きてていいのかな」

 天瀬が星を眺めながら言った。

「勝手に産み落とされたんだから、生きる権利はあるんじゃない?」

「俺は沢山の人を傷つけてきた。そして、これからも傷つけていくと思う」

「天瀬はどうしたいの?」

「死にたいし消えたいし、どこか遠くに行きたい」

「暗いな」

「あとは、音楽と、小説を作りたい」

「いいじゃん。天瀬なら何でもできるよ」

「あと、旅に出たい。海の見える街に住みたい」

「それは僕も思うよ」

 急に天瀬がハグしてきた。

 顔を胸に抱き寄せられると、天瀬の服からは微かに煙草の匂いがした。

「光琉、話がある」

「なに」

「俺はお前が好きだ」

 どういう意味かわからなかった。

 友達としてなのか、性的なのか、それとも別の何かなのか。

 僕が困惑していると、天瀬は続けて言った。

「俺と付き合ってほしい」

 

<天瀬に告白された>

<え?>

<付き合ってほしいって>

<で、なんて答えたの?>

<OKした>

<マジ!?>

<なんでよ>

<いや、ROMとしてBLカプ誕生したことに歓喜>

<そういえば成瀬そういうの好きだったっけね>

<ていうか、光琉はゲイでもバイでもなかったよね。なんでOKしたの?>

<なんでなのかな、僕にもわからない>

<なにそれ>

 実際、本当になんでかわからない。

 昨日好きって言われた時、僕の中の何かが満たされるのを感じた気がした。

<まあとにかく、気をつけてね>

<もっと天瀬のことしりた>

 「光琉くん」

 文字を打っている最中に名前を呼ばれてはっと顔を上げる。

 教師が見回りに来ていて、横の女子がそれを教えてくれていた。

 僕の高校は構内でのスマホの使用が禁止されていた。

 とはいえ、教師の見えないところでみんな使っているけど。

 多分、彼女が教えてくれなければ僕はスマホの使用が見つかっていたと思う。

 

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