第22話 もしかしたらたぶん

 例大祭を楽しんだ翌日、貴志はアイリスを連れて新居の内見に来ていた。

 貴志の希望は今住んでいる場所の近所で、バス・トイレ別、それにオートロックだ。

 それらの条件が全て揃った物件を一日で回ることになっている。


「最初のところはちょっと狭すぎたし、ここは思ったより駅から遠いかな……」

「では最後の物件に行きましょう」


 不動産屋の車に乗り込むと、すぐに走り出す。


「ぶーん」


 アイリスは隣で外を眺めながら楽しそうにしている。

 さっき、ぶーんというオノマトペを習得したらしい。


「彼女さんは外国の方なんですか?」


 年配の男性である担当者から尋ねられた。

 異世界人ですなんて言えるわけもないので、曖昧な返事をする。


「ええ……そう、ですね」

「内見中も随分楽しそうで、こっちまで嬉しくなっちゃいますね」

「この国のものが珍しいみたいで……はしゃいじゃってすみません」

「いえいえ、とんでもありません」


 車は貴志の家の前を通過して、アイリスと出会った公園の前で止まった。


「最後の物件はこちらになります」


 それは中野へ歩いて向かう時に、いつも見かけていたマンションだった。

 白い外壁に、赤く塗装されたベランダ部分がよく目立つのだ。


「ここは分譲かと思ってましたけど、賃貸もあるんですね」

「ええ。こちらのお部屋は分譲賃貸になっているんですよ」


 つまり購入したオーナーが貸し出している、ということか。

 貴志がそんなことを考えているうちに、担当者は手際よくオートロックを解除する。


「エレベーター乗るけど大丈夫か? 手を握っておこうか?」

「へーき! てはつなぐー!」


 アイリスはそういって貴志の手を握ると、エレベーターへ乗り込んだ。

 目的の階で降りると、そこは公園に近い側の角部屋だった。


「この物件は古いですけど、フルリノベーションしていますので……どうぞ」


 促されて中へ入ると、いきなり開放感のある大きな部屋が現れた。


「もともとは2LDKだったんですけどね。寝室を残して他の壁は取り払っちゃって、大きなリビングにしているんですよ」

「なんか図面で見るより広く感じます」

「そうでしょう、キッチンも最新の物を導入しているんですよ」

「オーブンまであるのはいいですね」


 最近は少しずつ料理をすることが増えてきているので、オーブンがあると作れる料理がまた増えそうだ。

 インターホンもモニター付きだし、ここに決めてもいいかもしれないな。


「ベランダに出てみてもいいですか?」

「ええ、もちろんです」


 許可を得てから、ベランダに出てみる。

 床面にはシートが敷いてあるのでそのまま出ても良さそうだ。

 後ろからアイリスも着いてきたので、一緒に外を眺めることにした。


「お、さすがに広い公園が隣にあるとかなり見晴らしがいいな」

「いいねー」

「ほら、あの公園にアイリスが落ちてきたんだぞ」

「うん、しってる!」


 貴志が腹筋をしたベンチは木で隠れていて見えないが、あの辺りのはずだ。


「あなあるね!」

「穴?」

「そらみて?」


 アイリスが指をさす方向によく目を凝らすと、なんとなく空間が歪んでいるようにも見える。

 

「あれが穴……なのか。もしかしてあれってアイリスが出てきた穴?」

「うん、もしかしたらたぶんね!」

「じゃああそこが異世界と繋がっている……とか?」

「かなー」


 とすれば、あそこの穴とやらに入ればアイリスは向こうの世界へ戻れるのか?

 でも帰りたくないって言っていたしな……。

 

「どうですか? いい眺めでしょう」

「……っ!」


 考え込んでいたようで、不意に後ろからかかった声にびくりと身を震わせてしまった。


「……え、ええ。公園を一望できるのがいいですね」


 そんな貴志の答えに、不動産屋の担当者は笑顔で頷いた。

 


 内見が終わり不動産屋へ戻ると、すぐにアイリスと相談をした。

 貴志としては色々な面で最後の物件に惹かれているのだが、同居人の意見も聞かないといけない。

 しかし、アイリスの答えはシンプルだった。


「タカシいるならどこでもいいよ?」


 アイリスがそういってくれたので、最後の物件を引越し先にすることにした。

 どうせ一旦持ち帰っても結論は変わらないだろうし、まごついている間に他の希望者が現れるかもしれないしな。


「ではこちらにご記入頂きまして、その後に入居審査が——」


 一通りの説明を受けている時に、貴志のスマホが振動する。

 ちらりと見れば由幸からのメッセージのようだ。

 後で見ることにして、とにかく今は不動産屋の話に集中しておこう。

 契約に関して大事なことを聞き逃すわけにはいかない。

 


「それでは来週中には可否をご連絡できると思います」

「はい、よろしくお願いします」


 長い話が終わって、ようやく不動産屋を出ると、さっき由幸からきたメッセージを確認する。


『なあこれってアイリスちゃんじゃねえ?』


 そんなメッセージのあとにSNSのスクリーンショットが続いている。

 タップして拡大すると、そこに写っていたのは浴衣姿のアイリスだった。


「これは昨日の……!?」

「わたしー?」


 アイリスが横からスマホを覗き込んで、喜んでいる。

 いや、喜んでいる場合じゃないんだが……。


「まさか隠し撮りされていた……?」


 貴志は焦りながら由幸に返信をする。

 とにかく誰が投稿していたのかを聞かなくては。


『誰が投稿していたんだ? これ隠し撮りだ』

『これを投稿してたヤツはこいつだよ。バズ狙いで盗撮するとかやばいヤツだな!』


 そういうメッセージと共に、SNSアカウントへのリンクが送られてきた。

 急いで開いてみると、どうやらそれはEnstagram——通称エンスタに投稿されたもので、短い動画の一部だったらしい。


「アイリスと幸花が話しているところか……無断で動画を撮るとか信じられん」


 とりあえず投稿者に削除しろとDMをするしかない。

 しかし昨日投稿されたばかりだというのに、もう1万いいねに届きそうだ。

 確認のために動画を再生してみると、二人の会話が所々聞こえてくる。


『いつ……こっちの……の?』

『うーん? ……かなー』

『もしか……あっちの世界で……とか? だって……もん』

『ひめー? もしかしたらたぶん……だよー!』


 貴志がたこ焼きを買うための列へ並んでいる時に撮られたのか、二人だけの会話シーンだ。

 祭りの雑踏にかき消されて会話全部が聞こえるわけではないが……。

 恐る恐るコメントを覗いてみる。

 

『ピンク髪の子超可愛くない?』

『外人の浴衣とかサイコーなんだけど』

『もしかしたらたぶんってなんだよw可愛いけどさ』

『あっちの世界ってどっちの世界だよ……エロい話か?意味深すぎるだろ!』


 まずいな……幸い核心に迫る部分は聞こえないが、かなり際どい会話だ。

 

「幸花のやつ人混みの中でなんて会話をしてるんだ……国家機密レベルだって納得してたろ」

「んー、タカシおこってる?」

「いや……怒ってないよ。とりあえずもう少し深く帽子をかぶろっか」

「なんでー?」

 

 貴志は答える代わりに、アイリスのかぶる帽子のつばを指先で少し下げた。

 内見が終わったら中野散策をしようと思って中野の不動産屋にしたのに、どうやらそれどころじゃなさそうだ。

 急いで駅前へ向かうと、タクシーを拾って帰宅することにした。

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異世界の姫が空から堕ちてきたので飼ってみることにした 〜アニメ、漫画にゲーム好きって、現代に染まりすぎだろ!まあ、幸せならいいけど〜 しがわか @sgwk

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