第21話 例大祭②
「で、どういうことなのかしら?」
「どう……というと?」
「週末は予定があるっていってたのは、この子とのデートだったわけ?」
幸花は冷たい目で、フランクフルトを頬張るアイリスに視線を送った。
なんだか怒っているようでちょっと怖い。
「まあね。先に約束してたし」
「じゃあこの前、下着を買いに行ったのもこの子の?」
「うん、そうだよ」
「くぅ……確かに私より大きいっ!」
ちらりとアイリスの胸元に目をやって、幸花は悔しそうな顔をした。
「でも彼女できたならそういえばいいじゃない!」
「いや、彼女ってわけじゃ……」
「それにこんなお人形さんみたいな外人の子なんて……勝ち目ないじゃん」
勝ち目ってなんだよ……貴志は返事の代わりに苦笑いを返した。
幸花はそんな貴志の態度も気に入らないようで、頬を膨らませる。
「っていうか彼女じゃないって……なによ、その誤魔化しかた!」
「誤魔化してるつもりはないんだけど……」
「はい、見てましたー! 綿あめ食べさせあってるとこ見てましたー!」
「食べさせあってはいないだろ……」
確かに不意打ちで食べさせては貰ったのは間違いないが。
「じゃあなに、彼女以外の人ともそんな事する人なわけ?」
「いや、あれは不意をつかれただけだ。彼女はアニメでそういうシーンを見てやってみたかったんだってさ」
「ほら彼女っていったじゃん!」
「いやこの場合の彼女は代名詞であって……はぁ」
そうだった、貴志は幸花の押しが強い部分に惹かれたのだ。最初は。
しかし仕事の日々に疲れ果てた心は、その押しの強さに段々と絶えられなくなっていったんだった。
それで無理矢理別れを切り出した、まるで捨てるように。
なのに自分が頼りたい時、気まぐれに頼って食事や先日の誘いは断って。
「そりゃ怒るよな……」
「当たり前でしょ! ちゃんと言ってくれればいいのに。彼女じゃなくなったけど、友達ですらなくなったつもりはないんだけど」
「え?」
「調子悪そうだったから連絡も控えてたのに、その間に彼女作ってるんでしょ? 馬鹿みたい」
彼女じゃないっていっているのに……否定しても聞いてはくれなさそうだ。
「ところで、なんで幸花がここに? もしかして一人か?」
「なに、お祭りに一人で来ちゃ悪いっていうの?」
「いや、家だって近いわけじゃないしさ……?」
「……うるさい」
「ねータカシ、そのひとだあれ?」
フランクフルトを食べ終わったアイリスが、幸花を見て首を傾げている。
「この子はね幸花っていうんだ」
「サチカ! わたしね、アイリス!」
アイリスは自分を指さして、元気に自己紹介をした。
そんな彼女の姿に幸花も毒気を抜かれたようだ。
「か、可愛い……アイリスちゃんね、よろしく」
幸花がおずおずと手を出すと、アイリスはその手を握る。
心配しなくても握手くらいアイリスは知っているのさ、と何故か貴志は自分のことのように誇らしくなった。
でも最初は知らなかったようだから、あっちの世界にはそんな風習はないらしい。
「やだ、すべすべ……」
「すべすべー?」
「つるつるってこと!」
「つるつるー?」
残念ながらまだオノマトペは完璧には習得していないんだよな。
ふわふわ、サクサク、ほろほろ辺りは知っているみたいだけど……よく考えると、どれも食べ物関連だった。
何でも美味しい美味しいって食べてくれるからつい色々食べさせてしまって、それでいつのまにか表現として覚えたんだろう。
「って、どこ行ったんだ?」
貴志がそんな事を考えていたら、いつの間にか二人の姿が消えている。
最近あんな事件があったし、と焦りながら辺りを見回すと……いた。
「なんでアイリスと祭りを楽しんでんだよ」
「はあ、邪魔者はどっかいけってことですかー?」
「そんなこといってないだろ」
「タカシーみてー、サチカにかってもらったの!」
アイリスの手にはいちご飴が握られている。
昔はりんご飴しか見かけなかったが、最近はフルーツ飴として色々な種類があるみたいだ。
屋台を見やると、ぶどう、パイン、それからキウイまである。
「俺も食べてみようかな……」
「はい、どーぞ」
アイリスが、いちご飴を差し出してくれた。
彼女の後ろで幸花が睨んでいるような気がしないでもないが、自分が大好きなおやつをわざわざ差し出してくれたのだ、ここは遠慮なく頂くとしよう。
「ん、うまい。……ありがとな、幸花」
「なんで私なのよ」
「だって、アイリスの為に買ってくれたんだろ?」
「アイリスちゃんってばお金持ってないんだもん。この甲斐性なし」
「うっせえ」
でもそういえば向こうの世界にもお金はあるだろうし、そろそろ一人で買い物くらいできる……か?
とりあえずいくらか渡してみてもいいな。
「アイリス、今度からいくらかお金を渡しておこうか?」
「んーん」
アイリスは首を横に振った。
「アイリスおうちいる、タカシおいしいのかってくる! おかねいる?」
「うーん、要らないか……出掛ける時は一緒だしな」
「ちょ、ちょっと待って! あなたたち……その……ど、同棲しているの?」
「どーてい?」
「じゃなくて! 一緒に暮らしているの、ってこと!」
「うん! アイリス、タカシといっしょ!」
またアイリスが誤解するようなことをいっている。
いや、誤解……ではないか。
「ねぇ、あの子はああ言ってるけど、どういうこと?」
「はぁ、仕方ない……絶対に言うなよ?」
「誰によ」
「誰にも。SNSで呟くのも絶対禁止!」
「なによそれ? 国家機密じゃあるまいし」
「実はな……」
貴志はアイリスと出会った時からのことを話すことにした。
彼女が異世界人だということを告げた時は、ひどい顔をしていた。
まるで仲の良い友だちが、怪しいセミナーへ誘ってきた時のような目といえば分かりやすいかもしれない。
しかし、魔法が使えることもこの目で見たことを伝えると、目を見開いて驚いていた。
「国家機密レベルじゃない……」
「そうだろ」
「大々的に発表するべきかも、なんて思っちゃうんだけど」
「やめてくれ……そんなことしたら彼女がああやって自由に笑えないだろ」
子どもたちに混ざってヨーヨーを釣っているアイリスを見ながら貴志はそう呟いた。
「帰りたくないとはいっていたけど、また何かの拍子で戻ってしまうかもしれない……だからそれまではあの笑顔を守ってあげたいなって思っちゃうんだよ」
「はぁ、元カノとしてはどんな感情になればいいのか複雑だけど……あの子見てたらその気持ち、分かっちゃうわ」
「だろ。あんなにも楽しそうなんだもんな」
「……もうヤッたの?」
「まさか。あまりに純粋で、無邪気で。それに俺には眩しすぎて、おいそれとは手を出せないよ」
「そっか。うんうん、そっかー」
なんだか幸花が満足気に頷いている。
草食系男子だとバカにされているようでなんだか悔しい。
「ねータカシー! とれたっ!」
アイリスが笑顔で釣ったヨーヨーを上に持ちあげると、紙で作られた紐は水でもろくなっていたようで、呆気なく切れてしまった。
ぽちゃりと水に落ちた赤い風船を見て、アイリスはまるでこの世の終わりのような顔をする。
そんな彼女に、店主のおじさんがサービスとして1つのヨーヨーを手渡してくれた。
「ありがと!」
今度は一転、この世の春のような顔をして、大事そうにヨーヨーを抱えてこちらに駆けてくる。
「みてー、もらったの!」
「うん、良かったな」
貴志はついつい癖でアイリスの頭を撫でた。
「彼女ってより、こう見ると妹みたいね」
なんだか機嫌が良くなった幸花が、アイリスにヨーヨーの遊び方を教えている。
そんな二人の姿を貴志は口元を緩ませながら見つめていた。
そして〝悪意〟もまた、二人のことをじっと見つめていた。
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