終わり
コクレオは次の目的地である「大聖堂」に向かっていた。そこはカイナンに関する最も古い記録が残る場所であり、彼の足跡を辿るには最適な場所だ。しかし、カイナンはただの勇者ではない。最古の王であり、無限に近い知識を持つ存在だ。彼が行方不明になった理由を突き止めるには、並大抵の手段では足りないと、コクレオは感じていた。
「カイナンの知恵なら、この異変にも気づいていたはずだ…」
大聖堂は古代の石造りの建物で、無数の歴史が刻まれた壁画や彫刻が、今もその壮麗さを保っていた。だが、その静寂には何か不気味なものが潜んでいるようにも感じられた。コクレオが足を踏み入れると、薄暗い空間の中に一筋の光が差し込んだ。そこには巨大な石板が置かれており、何やら古代文字で刻まれたメッセージが浮かび上がっていた。
「これは…カイナンの残したものか?」
石板の文字を読み取ろうとするコクレオ。しかしその瞬間、部屋全体が揺れ、天井から崩れ落ちる瓦礫がコクレオを襲った。
「何だ!?トラップか…?」
かろうじて瓦礫を避けたコクレオは、石板の文字を読み切れないまま立ち上がった。だが、何かが違っていた。周囲の空気が一変し、先ほどまでの静寂が突然押し寄せる異様な圧迫感に変わった。
「ここには何かが隠されている…」
彼の背後から、誰かが近づいてくる気配を感じた。振り返ると、そこには見知らぬ人物が立っていた。背の高い男で、頭には深いフードを被り、その顔は見えない。しかし、彼の存在はまるで空間そのものが歪むような感覚を引き起こしていた。
「お前は…誰だ?」
コクレオは警戒を強めながら男に問いかけた。男は静かに、しかし冷酷な笑みを浮かべ、ゆっくりとコクレオに近づいてきた。
「私は、かつてお前たち勇者が封印した者だ…」
その言葉に、コクレオは息を飲んだ。
「封印…だと?まさか、ギャザズレイスか?」
男はフードを外し、その顔を見せた。だが、それはコクレオの記憶にあるギャザズレイスではなかった。彼の顔には無数の古代文字が刻まれており、その瞳は暗黒の炎で燃え上がっていた。
「ギャザズレイスはただの一駒に過ぎない。真の敵を知ることなく、封印を解いたお前たちが愚かだ…」
その瞬間、男の体から放たれる圧倒的な力が空間を歪ませ、周囲が闇に包まれた。コクレオは咄嗟に防御姿勢を取ったが、力の規模が違いすぎた。
意識が戻ると、コクレオは奇妙な空間にいた。見渡す限りの白い空間には、無数の光の粒が漂い、時間そのものが止まったかのような感覚を与えていた。
「ここは…どこだ?」
その問いに答える声が響いた。
「ここは『時間の狭間』だ、お前はこの世界に囚われた」
声の主は、再びあの男だった。彼の姿はどこにも見えないが、声だけがコクレオの周囲を取り囲んでいた。
「お前たち勇者が倒した魔王は、ただの表面的な存在に過ぎなかった。真の敵はこの空間の外で時を操り、全ての勇者を消し去ろうとしている」
「時を…操る?」
コクレオは信じられなかった。もしその言葉が真実なら、仲間たちが消えた理由も説明がつく。しかし、それではこの空間に閉じ込められたまま、何もできないということだ。
「お前もやがて時の彼方に消える。だが、選択肢は一つだけある…お前が全てを捨て、この世界を守ることを誓うならば…」
コクレオの心に闇が入り込む。仲間たちを救うためなら、何でもするという覚悟があった。しかし、その代償はあまりにも大きかった。
「何を捨てろというんだ?」
「お前自身だ」
その瞬間、コクレオの前に巨大な鏡が現れた。そこに映っているのは、かつての自分自身。獅子の王として戦い続けた姿。しかし、今はその輝きは薄れ、疲弊した戦士の姿が映っている。
「お前が全てを捨て、この時間の流れに逆らう力を手に入れるならば、勇者としての存在そのものが消える。つまり、お前は勇者として生きた証を失う」
「勇者でなくなる…だと?」
コクレオは立ち尽くし、その選択の重さに言葉を失った。もしその力を手に入れれば、仲間を救うことができるかもしれない。しかし、自分自身の存在が消えるという代償は、あまりにも大きかった。
「決断しろ、コクレオ。お前の選択が、この世界の未来を決める」
コクレオは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。何が正しいのかは分からない。ただ、一つ確かなのは、仲間たちを救いたいという強い思いだった。
「俺は…勇者を捨てる」
その言葉を口にした瞬間、コクレオの体から光が溢れ出し、彼の存在そのものが消え始めた。
「ありがとう、コクレオ。お前の犠牲が、この世界を救う」
男の声が響く中、コクレオの体は完全に消滅した。
その瞬間、世界中の人々は奇妙な感覚に包まれた。時間が一瞬だけ止まったかのように感じられたが、それは一瞬で過ぎ去った。誰も何が起きたのか分からないまま、日常が再開された。
だが、一つだけ変わったことがあった。それは――獅子の王「コクレオ」という存在が、世界中の記憶から完全に消え去っていたことだった。
彼の犠牲により、仲間たちは無事に戻ってきたが、コクレオの存在を知る者は誰もいなかった。
「これで良かったのか…」
仲間たちは、ただ不思議な空虚感を感じるだけだった。それは、失われた勇者の存在を忘れ去った証だった。
こうして、獅子の王「コクレオ」は、この世から永遠に消え去ったのだった。
あとがき
この物語『そして勇者は眠りにつく』は、勇者としての重責とその代償をテーマに描いたものです。普段、勇者たちは絶対的な存在として描かれることが多いですが、彼らもまた、選択を迫られる瞬間があり、時には全てを捨てる覚悟をしなければならない時があるのではないか、という考えからこのストーリーが生まれました。
コクレオというキャラクターは、決して完璧な英雄ではありません。彼もまた、仲間を救いたいという強い思いを抱きながら、その結果、自らの存在を消し去ることを選びました。この選択が彼にとって正しかったのかどうかは、読者の皆さんに委ねたいと思います。
第三話では、勇者としての誇りと引き換えに世界を救うという、予想外の展開を用意しました。仲間たちは戻ったものの、コクレオの存在が消えることで、彼の犠牲の意味が複雑に感じられるかもしれません。しかし、この結末には、彼の存在がどれほど大きかったか、そして人々の記憶の中に残るものと残らないものの儚さを描きたかったのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この物語が少しでも皆さんの心に残るものであれば幸いです。また、別の物語でお会いできることを楽しみにしています。
そして勇者は眠りにつく 白雪れもん @tokiwa7799yanwenri
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