【短編】継母の品格 〜 行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される 〜

出口もぐら

継母の品格 〜 行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される 〜


「リリー令嬢、大変申し訳ないのだが。貴女との婚約を破棄させてもらう。既に、両家は合意している」

「……はぁ、そうですか」


 わたくしの名を呼んだ目の前の婚約者は、申し訳ないと前置きしておきながらも、その口調に誠意を微塵も感じさせない。

 王都で多発していると噂の婚約破棄騒動。何をきっかけにしたのか不明だが、真実の愛だの。不貞を働いておきながら相手を悪役令嬢などと、よく分からない理由をつけて婚約破棄をする、そのような愚行が横行しているらしい。

 

 まさか、私の身にも火の粉が降りかかろうとは思っておらず。驚愕を通り越して呆れ。そのような感情を抱くことになろうとは、私は自分が思っている以上に冷静なようだ。


(正直申しまして「またか」という、感想しかないですわね。愛もなにもなかったのですもの)


 婚約者は私と視線を合わそうともせず。どちらかと言えば、目が泳いでいる ―― いや既に、婚約者だ。


「こちらとしても、家格がある。リリー、貴女のような女性らしさの欠片もない、行き遅れ令嬢と婚約するより、可憐な令嬢と ――」


 そこから先の言葉は、聞く必要もないものだった。興味をなくした私は手元の紅茶に視線を落とす。

 ただ、少し違う点は ――。

 

「まぁ、私。行き遅れと言われましても、その通りでございますので、わざわざ返す言葉もございませんわ」


 これに尽きるだろう。そう、私は学園を卒業している。それは「行き遅れ」たという事実。

 

 この貴族社会。家同士の利益を見越し、適齢期になれば婚約を結ぶ。そのため、幼い頃より交流を重ねるのだが、私にそのような相手はいなかった。それには、理由わけがあったのだが、この元婚約者には到底関係のない話であったようだ。

 適齢期の男女は学園に通い、卒業とともに婚約を婚姻関係に変える。

 しかし ――。


「貴女のように、剣を握る令嬢は ――。僕には花のように麗らかな令嬢が相応しいと考えたんだ」

 

―― ピシリ、とティーカップの取っ手にヒビが入る。

 私のことを悪く言われるのは構わない。が、剣を理由にされるのは我慢ならなかった。私にとって、剣は生きる意味であり、誇りなのだから。

 幼い頃より、剣を握ってきた。それにより、周りが婚約を見越して交流を重ねている間も、私は研鑽に励んできた。


 (というより、これは我が家のお役目を果たすため。致し方のないことだと、考えれば分かることですわ)

 

 確かに、名をリリーとしながらも、花とかけ離れた私。レースの手袋で隠された手には、研鑽の証が刻まれている。

 

(そう、私。そんじゃそこらの、か弱い令嬢ではございませんのよ?いけません、落ち着いて……)


 私は自分を落ち着かせるために、ティーカップを置いて、深呼吸をした。ここで怒りに任せて、元婚約者に怪我でもさせてしまえば、面倒なことこの上ない。


(お父様には申し訳ないですわね)


 この婚約を結ぶまでの、父の苦労を思うと申し訳なさで眉が下がる。

―― だが、翌日には杞憂であったと、驚きの声を上げたのは私だった。


「辺境伯……から、婚約の申し出?」

「そうだ、リリー。先祖代々、武勲を上げてきた我が家にも理解がある」


 なんと、ケディック辺境伯から婚約の申し込みがあったと言う。彼、ノーマン・ケディック卿は壮年ながらも未だその手に剣をとり、戦前を征く。言わば、歴戦の騎士と聞き及んでいる。

 ただ貴族社会は、我が家のように武勲を立てた者をよく思わない風潮がある。だが辺境伯は、類まれなる実力と功績により、それを跳ね除けた稀有な御仁だ。

 

 ただ、それは私でも分かる通り「契約結婚」ということ。婚約破棄を受けた令嬢は、何かしら問題あり、というレッテルが貼られる。

 それでも構わない、と言うことならば考えられるのは、「契約結婚」でしかない。だけれど、私は違った意味で胸を躍らせる。

 

(どういう風の吹き回しかしら?いえ、でも辺境……!!いいですわ!国境を守る要!砦となる城塞!)


 胸の高鳴りを抑えて、その婚約をお受けする旨を父に伝えた。ただ、父が何か言っていたような気がするが、辺境の地に想いを馳せていた私は全く聞いていなかった。


 

 そうして、瞬く間に迎えた辺境への出立。長旅を終えた私を出迎えたのは、城塞を守る騎士たち、使用人たち。そして ――。

 

「なんて、可愛らしい小さなお姫様」


 私がぽつりと溢した言葉は、どうやら小さなお姫様に聞こえてしまったようで。彼女は、こぼれ落ちそうな頬を赤く染めている。


(な、なんて可愛らしいの……!!)


 私の中で合点がいった。どうして、行き遅れ且つ婚約破棄を受けた令嬢である私に、新たに婚約を申し出てくれたのか。それは、こちらのとてつもなく可愛らしいお姫様をお守りするためだったのかと。


(この、契約結婚の意味……!理解しましたわ!)


「リリー様。遠路はるばる、このような辺境の地までご足労頂きまして――。こちらは、ケディック様の一人娘、コルネリア様にございます」


 紹介を受けた小さなお姫様、コルネリア様は幼いながらも丁寧なカーテシーを披露してくれた。まだ、婚約式も行っていない私は彼女からカーテシーをして頂けるような者ではないはず。それだけで、この小さなお姫様がどれだけ不安を抱えているのか、推し量れるというもの。

 私はコルネリア様の目線で屈み、そっと語り掛けた。


「私はリリーと申します。突然、母などと差し出がましいのは重々承知しておりますわ」

「リリー様、」

「ですが、私とお友達になって頂きたいのです」

「……!!喜んで!!」


 満面の笑みを浮かべたコルネリア様に、騎士と使用人はこれでもかと口元を綻ばせたのだった。勿論、私も。

―― ところで、やはりと言いますか。この場にノーマン・ケディック卿の姿はなく、「契約結婚」というのは確実なよう。


(まぁ、そうですわね)


 不意に感じた寂しさは抱いた幻想にすぎない、そう私は自分にいい聞かせた。

―― そうして始まる、コルネリア様との楽しい日々。


「リリー様、今日は本を読んで頂きたいのです」


「リリー様、今日は……その、一緒に寝て頂きたいのです。夜が怖くて」


「リリー様!今日は是非、あなたの剣技を見せて下さい!!」

「え……、よろしいの?」

「はい!わたしも辺境伯の娘ですもの!剣は憧れのものです!」


―― なんて、なんて良い子なのでしょう!と、胸の内に感嘆する。

 修練場の一角を借り受け、コルネリア様と案内役の騎士が見守る中。私は剣を握っていた。ドレスから着替え、剣を握る直前にいつもしている手袋を外した。現れるのは、研鑽の証。

 他者から見れば、痛々しい。コルネリア様も心配そうに私の方を見ている。


「コルネリア様、これは研鑽の証です。私はこの手で、コルネリア様をお守りできればいいと思いますわ」

「リリー様……、」

「守られるだけが、淑女ではありませんもの」


 コルネリア様を安心させるように、私は微笑んだ。

―― ちなみに、常駐騎士との模擬戦は私の圧勝でしてよ。



 それから、季節がひとつ過ぎた。未だ不在のケディック卿は、季節が変わる毎に贈り物をなさってくれる。

 贈られたのは煌びやかな宝石の数々。それだけではなかった。他にも、淑女が好みそうなドレスや髪飾りなど、様々な贈り物 ――。


(申し訳ないけれど、私には不要なものですの)


「あら……?お手紙まで」


 なんて細やかな気遣いができる殿方なのか、元婚約者と比べてしまった。元婚約者は一度も、手紙を書いたり、贈り物をしなかった。

 ケディック卿からの手紙には、出迎えが出来ず申し訳なかったこと。婚約式には間に合わせるように帰還すること。不便な生活はさせていないか、娘は迷惑をかけていないか。など、どれもこれも、心配した旨の内容が書かれていた。


「なんて、綺麗な字」


 そして、手紙から香る私の好きな花の匂い。


「これでは、勘違いしてしまいそうだわ」


 遠く離れた辺境の地。少しだけ心が風邪をひいたみたい。そんな中での、温かな手紙は私の心を癒すには十分だった。

 


 そうして、少しばかり月日が経ち。私とコルネリア様の心の距離は縮まり、いよいよケディック卿が帰還するとの一報が入った。

 私はコルネリア様と共に、出迎えのため城門の前でその時を待っていた。並びに、騎士と使用人総出で出迎える手筈となっている。


 不意に、コルネリア様と繋いだ手に力が込められる。きっと、彼女も久しぶりに会う、父に緊張しているのだろう。視線を彼女に向けると、少しだけ表情がこわばっていた。こういう時、私がコルネリア様の傍にして差し上げることができて、よかったと心から思う。


「大丈夫ですわ、コルネリア様。久しぶりの再会なのですから、きっとケディック卿も嬉しいはずです」

「リリー様……。わたし、リリー様と出会えて本当によかった」

「そう仰って頂けて、私も嬉しいですわ」


 そんな和やかな雰囲気は一変。馬が闊歩する音、鎧を纏った騎士の重厚な足音が聞こえてきた。


「ノーマン・ケディック辺境伯、無事帰還!!」


 騎士の掛け声を聞くや否や、視線を前に向けた。そこには、黒く艶やかな馬に跨る歴戦の騎士の姿。彼は、私とコルネリア様を視界に捉えると、颯爽と下馬する。そして、ゆったりとした歩みでこちらに向かって来た。

 

(一言でいうなれば、熊ですわね)


 じっと見据えた視線の先。佇むケディック卿は、熊というに似つかわしい体格をしていた。その顔には、歴戦を思わせる大きな傷が眉から頬にかけて刻まれている。

 確かに、彼の風貌を見れば、都市部のうら若い淑女は側頭してしまうほどの威圧感を感じずにはいられないだろう。

 

(ですが!!それが、いい!!まさに、剣をふるうための!!)


―― いけません、つい胸の高鳴りが抑えきれずに口から出てしまう所でした。

 私は咳ばらいをしつつ、彼を見据えた。私とコルネリア様の目の前に辿り着いたケディック卿は、開口一番に謝罪を口にした。


「遅くなり、申し訳ありません」

「いいえ、王命で僻地に赴いてらっしゃったのですから。それに、贈り物まで」


 贈り物をちらり、と見やる。そこには、大鹿から採れたであろう立派な角と、処理された毛皮。

 確かに、淑女への贈り物がこうした戦利品であったのならば、到底受け入れられないものだ。コルネリア様の母堂が逃げ出したのも ――、ごほん。使用人から聞き及んだことであるため、この情報は不要だ。


 私と挨拶を交わしたケディック卿は、隣に佇むコルネリア様へ声を掛ける。その目は慈愛に満ちていて、いい親子関係なのだと一目で分かるものだった。


「コルネリア、大事なかったか?」

「はい!お父様。それで、例のものは?」


 元気よく答えるコルネリア様。とても可愛らしい、と私も微笑んだ。その先の言葉に疑問を抱く前に ――。

 突如として、目の前に現れた大きな花束。それは私の名の由来、白百合の花束だった。無骨なケディック卿が贈るにしては不釣り合いで。しかし、それが返って彼の誠実さを表すには十分だった。


「貴女は、その……宝石などは余り好まれないと伺いまして」

「あら」

「その、私としても何を贈ればよいか一晩中考えた末に……。情けないのですが、娘に助言をしてもらったのです」

「コルネリア様が?」


 ケディック卿の言葉に首を傾げる私。


「……、実は娘から貴女がどれだけ素晴らしい人なのか、手紙をもって聞かされております。お恥ずかしながら、私は、その……年甲斐もなく、貴女をお慕いしている」

「え?」


―― おや?おやおや?何だか、雲行きが怪しい。これは「契約結婚」そのはずでは?

 ケディック卿の顔が見るみるうちに、赤く染まって行く。その壮年らしからなぬ、可愛げのある表情は私の胸を打ち抜いていく。


「実は……貴女のような方を探していた。娘を愛し、辺境という僻地にも理解があり、臆さず、凛とした強さがある人を。剣を愛し、剣に生きる貴女の話を聞いて、居ても立ってもいられず。是非、私と結婚して頂けないでしょうか?」


 ケディック卿のあまりの熱弁に、私は金魚のように口をはくはくと開閉させている。ふと、コルネリア様と繋いでいた手が引かれた。視線を落とせば、にんまりと笑みを浮かべるコルネリア様。


「嬉しいです、!!」


(こ、この子……!とてつもなく、したたかです……!!)


 どうやら私は、とんでもない親子に溺愛されているようです。

 

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