わたくし、公爵令嬢ですのよ!公爵令嬢が現代を生きる物語

安ころもっち

アネット・ブリリアントの転生

アネットは、偉大なるブリアント公国の国家元首、ブリアント侯爵家の長女として生まれた。

幼き頃から国家元首となるために、過酷なお勉強に耐えてきた生粋の御令嬢。


アネットが14の時、国家元首である公爵は、ついに隣国の姫にまで手を出そうとして咎められ、その醜態は公国民の怒りを買い内戦へと突入した……

そして、僅か1ヵ月という短い時間で公爵邸は反乱軍の手に落ち公爵は処刑。


敗因は侯爵家の兵がお父様を裏切ってしまった事のようだ。


以前にも兵長の娘にちょっかいを出した公爵なのだから当然と言えよう。


「アネットちゃんは何も悪くないよね」

反乱の首謀者である侯爵家の当主である男は、皆に向かって笑顔でそう話している。


「そうだね。まだ14才だもんね」

「うんうん。悪いのはあの公爵のみ」

「ご婦人が若い男作って出ていくのも分かるよな!」

「ばか!アネットちゃんがいるんだぞ!」

「ご、ごめん」

「じゃあ、アネットちゃんはうちの養子になるってことで」

「え、ずるいぞ!うちの息子の嫁に狙ってたのに!」

「バカ言うなよ!お前のところになんて勿体ない!」


矢継ぎ早に言葉が飛び交い、アネットは思った。


(どうやらわたくしは、どこかへお嫁に出されるようですわね。きっと、嫁いだ先でそれはもう大変な苦渋を受けるに決まっていますわ。ですがこれも敗者側の務めですわ……)


「アネット様、こちらへ」

「ええ。ありがとうジョルジュ……」

アネットは執事のジョルジュに促されるように自室へと移動いた。


「少し疲れましたわ。ひとりにして下さいまし」

そう言ってジョルジュを部屋から追い出したアネット。


「わたくしは腐っても公爵家の令嬢ですのよ!責任は、自分でしっかりと取りましてよ!」

そう言ってベッドの脇にある引き出しから護身用のナイフと取り出したアネット。


そしてそのナイフを自らの首にあて……


こうして、アネット・ブリリアントの短い人生は幕を閉じた。


はずだった……





「ここは、どこかしら?」

アネットの目に映ったのはすっきりと整えられた長い通路。


(ここは建物の中かしら?)

そう思ったのは、2mぐらいの幅でキッチリと揃えられた長い廊下と思われる場所に立っていたからだ。


その端には粗雑に何かが立てかけてあったり少し薄汚れている。

扉もいくつか見えるがどれも同じ貧相な作りで、飾り気もまったくない。


(平民の家?それにしては広いですわね?)

アネットは通路に並んでいる扉のひとつに手をかけた。


「ん?君は、今日の面接に来た子かな?」

「えっ?なんのことかしら?」

目の前の頭の乏しい中年男性はこちらをジロジロと見ていることに、ちょっと不快感を感じるアネット。


(これはあれかしら。敗者の身に落ちたわたくしが売りに出されるという……)


「こちらでわたくしを見定める、ということで良いのかしら?」

「は?何を言って……まあ、見定めると言われればそうだが……だがね、まずはノックをして入室する。基本だろうに。ちゃんと教育を受けたのか心配になるな」

(何か良く分かりませんが、屈辱的なことを言われている事は何となく感じましてよ……)


「わたくしは、お父様はまあアレでしたけど、公爵令嬢として血のにじむ様なお勉強をしてきたと自負しておりますわ!さあ!いかようにも吟味なさって!遠慮はよろしくてよ!」

(決まりましたわ!わたくしの覚悟を持った口上に、あたまの寂しいおじ様もきっと唸ってしまうに違いませんわ!)


「吟味って……まあ、本人が言うならじっくりと吟味してみようかな?」

そう言って舌なめずりを始めた頭乏しおじ様をみてちょっと鳥肌がたってしまうアネット。


(まるでお父様を見ているようですわ。ですが負けませんわ……ええ、この程度、泣きませんとも……)


「社長、相手は子供じゃないですか……奥様にいいつけますよ?……って言うかガチで通報しますよ?」

「じょ、冗談じゃないか山田くん!」

「冗談には見えませんでしたけど?」

「と、とにかく、人手はいくらあってもいいんだ。早速明日から働いてもらうから、動きやすい恰好で朝9時には来てくれ。山田くん、後は任せたよ!」

「はいはい」

(隣に座っていた見目の良い殿方がわたくしを助けてくれたようね……ちょっとキュンと来てしまいましたわ)


「あの、山田様、ありがとうございます。このアネット、深く感謝しますわ」

「ああうん。アネットちゃんって言うの?そう言えば、履歴書まだ出してないよね?」

「履歴書、とはなんですの?」

「えっ?あの、住所とか名前とか、後は学校とか?」

驚いた様子の山田が言った言葉に、アネットは何かを理解した。


「自己紹介ですのね!わかりましたわ!」

そう言って拳を握り締めるアネット。


「わたくしは、ブリリアント公国国家元首、今は元ではありますが……ブリアント公が娘、アネットですわ!幼き頃から執事ジョルジュと、家庭教師のセバスチャンに週3回、3時間という過酷なお勉強に、週に1度の礼儀作法のレッスン!

そんな過酷な躾を受け、耐えがたき日々を送っていたわたくしであれば!どんな屈辱にも耐えてみせる覚悟もありましてよ!


残念ながらお母様は幼少の頃、お父様に愛想を尽かせて離縁致しましたゆえおりませんわ!そして、そのお父様もご存じの通り民の怒りを受け、亡き者になりましたわ!そんなわたくしですが……


もちろん公爵家令嬢としての責務は感じておりましてよ!」

ここで言葉を止め、一歩前へ足を出しポーズを決めるアネット。


「一度は自らの刃で自死を致しましたが、どういう運命か命を取り留めたらしく、こうして山田様の元へ自らを献上しに参りましたのですわ!さあ、山田様の殿方特有のねちっこい責め苦にて、わたくしを嬲ってくださいまし!


ですが、この身を穢されようとも!この高潔なわたくしの心だけは、常にわたくし自身のものでしてよ!それだけは、お忘れなきよう……わたくしは、誰の物にもなりませんわ……」


最後は少し弱気になってしまったアネットだが、決意はくみ取って頂けただろうと満足気だ。


「あの、公爵令嬢とか良く分かりませんし、特に後半の献上とか嬲ってとか完全に意味不明ですけど、まあ複雑な家庭事情ということはなんとなく汲み取れました。あと、ブリリアント公国って日本で言ったらどこですか?」

「ニッポン?聞いた事ありませんわね。ここはブリリアント公国ではないのかしら?」

「少なくともブリなんとか国ではないかな?……じゃあ、住んでいるところは近所ですか?」


(住んでいるところ……)

そう言われたアネットは言葉をつまらせる。


「わたくしに、居場所などもうどこにも無いのですわ。分かっていらっしゃるでしょ?見かけに寄らず酷いお方……」

(こんなことでさえ、涙を堪え切れぬわたくしの弱さよ……)


「いやごめん、ごめんて!泣かないでー!うーん、困ったな。そうだ!寮がある!ここって意外かもしれないけど寮も完備してるから、住むところがないなら、寮に住んでも良いよ無料だし!」

「領?まさか、山田様の自領に匿って頂けると?いえ、匿うというより囲い込む、と言った方が良いのでしょう?……ええ分かっております!わたくしを囲い込んで存分にその欲望を……」

「何か勘違いしてそうな気もするけど。あ、名前はアネットちゃんでよかったよね?ブリアントにはもうつっこみたくないからスルーするけど、年齢、いくつかだけは聞いとかないと……」

「年齢ですか?今年で14になりましたわ!もう立派なレディーですわよ!」

「えっマジかー、それはさすがにまずいよ!」

年齢を聞き焦り始めた山田。


(何が不味いのでしょうか?わたくしには分かりませんわ?)


「さすがに16才以上じゃないと、ここでは働けないんだよね」

「働けない?では、自領に囲い込むというお話は?」

「それは寮に住むことを言ってるんだよね?働けないなら無理、かな?」

「そんな……」


(行く当てもないわたくしに、これ以上どうしろと……この身を捧げて強者に尽くす以外に、何ができるというのかしら……)


その時、突然ドアがバーンと開き入ってきた男にビクっと驚くアネット。その目にはまた涙が……


「話は聞かせてもらった!」

「せ、専務!」

「いいじゃないか!健気に働こうとする少女!訳アリなんだろう?私の親戚ということにして、お茶くみと話し相手にでもなってもらえばいいじゃないか!なんなら社の休憩室に寝泊まりしてもらうのも有りだろ!」

「センムおじ様!」

突然の救世主の到来に歓喜するアネット。


「センムおじ様、わたくし、精一杯満足頂けるようご奉仕させて頂きますわ!」

そう言って専務に渾身の上目遣いと足への優しいタッチを繰り出すアネット。


(食らいませ!これが、母上が良く宝石をおねだりする際にやっていた珠玉のテクニックですわ!)


「そうかいそうかい!じゃあ今晩おじさんの家に遊びにくる?」

「専務、実家にいる奥様に連絡しますよ!」

「やめてくれ山田君!妻は身重なんだ!私だって寂しいんだ!」

「通報の方が良いですか?」

「おい山田!」

「パワハラ、ですよね?」

「何を言ってるんだい山田くん?そうだ!最近すごく頑張ってるそうだし、あのプロジェクトも君に、と思っていたところなんだよ!」

「後でじっくりと聞きたいですね」

「うん!じゃあ、そう言う事で、アネットちゃんは採用。では後はよろしくー」


そう言って専務は部屋を出ていってた。


「じゃあ、そう言う事で」

こうしてお茶くみという立場を獲たアネットは、休憩室のベッドがある部屋で寝泊まりすることを許されるのであった。


(粗末なベッド……今のわたくしに相応しいですわね。ですが……)


「見たことのない2つのベッドが縦に並んだこの二段ベッドなる物!わたくしも少しばかり興奮して上り下りしてしまいますわ!」


こうして専務のお孫さんという設定で、会社にお世話になることになったアネット。毎日社員にお茶を運び、愚痴を聞いてはお菓子を貰うというよく分からない日々を送っていた。

カロリー高目な生活に、体が鈍ってしまわないように毎日二段のベッドを上り下りしたりもしていた。


そんなある日、あまりに平和な日々にアネットはつい聞いてしまったのだ。


「橋野お姉様、魔王は、この領に魔王は責めては来ませんですの?」

何かと可愛がってくれる事務員橋野に尋ねるアネット。


「魔王?寮にも会社にも魔王は出ないと思うけど?」

「では、勇者様も降臨されないのですわね?」

「勇者?アネットちゃん、最近みたアニメの話?」

どうやら魔王も勇者も近場にはい無いようでホッとしたアネット。


ほんの少し残念な思いもあったようだ。


(退屈な日常に刺激を与える何かを欲してしまうのは、囚われの身のわたくしには少し贅沢な悩みだったかしら?)


「魔王と言ったら社長でしょ?」

「あら、シャチョウ様が魔王でしたの?」

横から話しかけてきた山田の言葉に目を輝かせるアネット。


「そうそう。中々給料は上がらない。そのくせ残業は多い。そして毛根は死にかけている。もう俺達死んじゃうよねー」

「まあひどい!では、勇者様が降臨して悪い魔王を討伐しなくてはいけませんわね!それにしても……やはりシャチョウ様が、いえ、魔王シャチョウでしたのですわね……あの時、わたくしがそれを気付いてさえいれば……」

悔しさに顔をゆがめてしまうアネット。


「勇者様かー。この会社で勇者って言ったらアネットちゃんかな?社長にがっつり言ってやってよ勇者アネットちゃーん」

そう言って笑みを向ける山田に少しキュンとするアネット。


「こうしてはいられませんわ!勇者アネット、魔王シャチョウがいる魔王城へいざ参りましてよ!」

「ふふふ。じゃあ私が連れてってあげましょう。勇者様、行きましょう!」

「ええ!橋野お姉様が連れて行って下さるなら心強いですわ!」


こうして、アネットは社長室へ乗り込むのであった。


「魔王シャチョウ!お覚悟を!」

「何事!?」

突然の来訪にびっくりしてアネットの元へ駆けつける社長。


「皆様が給料が安い!残業が多い!と嘆いておりますわ!わたくしは、勇者としてご指名頂いたからには戦わなければなりませんわ!魔王シャチョウ、お覚悟を!」

「えー?どういうこと?橋野君、それに山田君まで付いて来て……」

「アネットちゃんに愚痴を聞いてもらったらこうなりました」

「事情は何となく分かった……いや分からないよね?ホントマジで詳しく聞きたいけど?アネットちゃんも大人のお仕事を邪魔しちゃだめだよ?じゃないとさすがに首にしちゃうよ?」

(なんと!言う事を聞かなければ首を……なんて熾烈な!思わず涙ぐんでしまうわたくしはなんて弱いのでしょう!でも、首ちょんぱは嫌なのですわ……)


「社長。アネットちゃん泣かしちゃダメでよ。それと、アネットちゃん追い出すなら、僕ら全員辞めますからね!」

「そうですよ!私達も同じ意見ですからね!」

「ちょっと待ってよ!君たちにはそれなりの給与は支給してるでしょ?」

2人の言葉に焦ってる社長。


「まあ?そうですけど?」

「そりゃまあ、ね?」

「もう!今年は査定頑張るから!お前達もしっかり働いてくれよ!アネットちゃんは、今まで通りのんびりやってて?」

戦況を見守っていると笑い合う三人。


(一件落着なのかしら?)

そう思うアネットであった。


「アネットちゃーん。アネットちゃんのお陰でボーナスいっぱい出るってー!」

「そうだなー。これは、勇者アネット大勝利だなー!」

2人にそう言われ思わず有頂天になってしまうアネットは、最近覚えたスキップで仕事場へと戻って行った。


その後、仕事場に戻ったアネットは、ご褒美にお菓子をもらい笑顔になった。


(頑張って勇者活動を続けられるよう、努力を続けると心に誓いますわ!)


そして1年後、アネットは気付く。


ここがお父様の書斎にあったちょっと破廉恥な少女が穢されてしまう物語でも、魔王をチートで倒す冒険譚でも、見目麗しい複数の殿方との愛を囁き合う物語ではなく、いわゆる日常系のまったり物語であることを……


「平穏無事に暮らせるのでしたら、もはや何でも良いですわ!」


いずれ公爵家を再興して女王になりたいと願うアネットの物語は続く。

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