第1話 負け知らずの勇者と、弟子(9)
魔人は討伐した。
街の西門前、剣の勇者イストと、その弟子ルミネは、月明かりに照らされながらその勝利をかみしめていた。
「師匠、服が真っ黒です! 返り血……ではなく、返りスライムで汚れています!」
見てみると、俺の服は汚れ、真っ黒になっていた。
対するルミネは、そこまで汚れてはいない。
まあ、俺はあれだけ剣を叩き込んだんだ。このくらい汚れるか。
「……早く風呂に入りたいな。」
「そうですね、師匠!」
俺たちは、救援を待つ。一応、この魔人が再度動き出すか監視をしなければならない。
しばらく待つと、自警団の連中がやってきた。魔人を倒すため、緊急で編成したんだろう。
勇気のある奴らだ。きっと、死ぬ覚悟できたんだろう。
彼らは月明かりを前に立つ俺とルミネを見て、唖然とする。
「えっと……自警団です。その、報告にあった魔人は何処に……?」
おそらく指揮官であろう人が俺に尋ねる。
「あれだよ。」
俺は水溜まりのようになった魔人の死体を指す。
「これは……変色したスライムの死体?」
「奴……魔人ラスは、スライムから進化した魔人だった。」
俺が説明すると、指揮官は団員に周辺の捜査を命じた。もし他にまだ脅威があればよくないからな。
そして、指揮官は俺に質問する。
「最後に。貴方は、一体?」
彼は、俺を知らないようだ。自警団ではそれなりに有名なんだけどな。悪い意味で。
俺は、彼の質問に答える。
「イスト。剣の勇者、イストだ。」
「けっ、剣の勇者!? まさか、本当に、いや、でも……」
……悪評だけは知っているらしい。
「……なにか?」
「いっいえ! では、貴方が倒したと言う事ですか?」
「いや、倒したのは俺じゃない。トドメを刺したのは、俺の弟子だ。」
そうして俺はルミネを見る。
「? 師匠、どうしたのですか?」
ルミネは話を聞いていなかったようで、状況がよくわかっていないようだ。
「お前がよくやったって話だ!」
「……ありがとうございます?」
首をこてんと傾けるルミネ。
ルミネは何もわかっていない様子だが、自警団の指揮官は理解したようだ。
「わかりました。上にはそう報告します。」
とりあえず納得してくれたようで、俺たちにそう告げる。
「ここからは、私達に任せてください。」
「そうすることにする。ルミネ、帰るぞ!」
「はい!」
そうして、俺たちは帰路についた。ルミネを浴場があると言う宿に送り、俺は屋敷へと帰る。
「お帰りなさい! イスト様!」
ノノは今度は寝ていなかったようで、俺を迎えにきた。
「ただいま、ノノ。」
「今度こそ、食事の準備は出来てます──ってなんでそんなに汚れてるんですか!」
そうだ。今の俺はスライムで真っ黒なんだ。
「これはだな──」
「ちょっ! 近づかないでください!」
……まあ、汚れてるしな。ちょっと寂しいけど。
「ノノ、これは、魔人との戦いで──」
「いえ、いいんですイスト様。みなまで言わなくとも、ノノにはわかります。」
ノノ、わかってくれるのか。俺の苦悩を、激戦を……!
「イスト様。朝はおねしょでしたが、夜はまさか大きい方を……! 恥ずかしかったですよね……。私は失望しませんから……!」
何を……言ってる?
「ノノ。」
「ひっ! 近づかないでください!」
……怒りが込み上げてきた。
「ノノ!! お前〜〜!!」
「ひいぃ〜ん! やめてください〜!」
ノノのたんこぶは、二つに増えた。
──
「へえ、イスト、弟子をとったんだ。」
翌日、酒場にて。
俺は親友のレオンと飲んでいた。
レオンは俺より年上だがの道場の同期で、よくこうして飲んでいる。
金髪でガタイのいいイケメンで自警団に所属している。その上、よくモテる。悪評ばっかりの俺とは大違いだ。
「……ルミネは、すごい奴だ。だから、弟子になる事を認めた。けど、俺はどう指導すればいいかわかんねえ。弟子にするには、俺の方がまだ未熟だったかもしれねえ。」
「そりゃ、弟子を取るのは初めてなんだろ? じゃあしゃあねえって!」
「どうだかなあ……。」
レオンは俺に肩を組み、俺を慰める。
「イストがそれ程まで言う弟子ってのも気になるな。今度自警団の本部に連れてこいよ。お前も久しぶりだろ?弟子にもいい刺激になると思うぜ?」
「やだよ。自警団の連中は俺のこと嫌ってるだろ? それに、あそこには他の勇者も出入りするだろ?」
「なんだよ。会いたくないのか?」
「そりゃあ、会いたくないだろ。今まで勇者の仕事を全部押し付けてきたんだから。」
「はは、そりゃお前が悪い。」
レオンは、俺の情けない所を笑い飛ばしてくれる。だからこいつとは付き合いやすい。
「自警団はまだ出来てまもない組織だ。新参も多い。イストの事を知らない奴だっていっぱいいる。」
この街の自警団は、学生運動が起源だ。魔王軍がこの国に襲来してから、活発化する魔物に対抗するため始まった。
だから歴史も浅く、なんなら現役の学生や門下生も多い。成人してない人すらいる。
「だからよ、イスト。あんま気負うな。お前を知らない世代が、お前を支持する様になる。」
「ありがとう、レオン。」
俺は素直に感謝を伝える。
「それで、話なんだが……」
レオンは、本題に入るらしい。俺は、腰を据えて話を聞く。
「……魔人ラスの死体が、消えたらしい。」
「どういうことだ?」
「魔人の死体──まあ、ほとんど液体なんだが、俺たちは核やその周辺の組織を調査するため回収した。しかし、今朝、気がついたら跡形もなく消えていたらしい。」
神妙な顔で語るレオンに対し、俺は疑問をぶつける。
「それは、盗まれたってことか?」
「おそらくは、そうだろう。核は破壊されてて沈黙していた。自立することはもうないだろう。」
「一体、何のために?」
「……わからない。俺たちはまさか死体を盗まれるとは思っていなかったからこそ、監視を怠った。」
本当に、どうしてだろうか。研究するにしても、公的な機関であれば盗まずに取引するだろう。
盗んでまで行いたい、後ろめたい事って、一体。
「まあ、そんなに深刻じゃないかもしれない。今頃金持ちのコレクションになってるかもな。」
レオンは、そう冗談めかして笑う。
「違いねえ。」
俺は、そう返事する。
「それに、レオン。俺はお前ら自警団の方が心配だ。」
俺は、新たな話題を始める。
「そりゃ、なんでだ?」
「自警団は、未だに街から補助金を貰えてないんだろ? 今や領主お抱えの騎士団よりも規模が大きくなりつつあるってのに。」
「……ああ、その話か。」
自警団は、あくまで自警団だ。街が主導して行っているわけじゃない。
レオンは、真面目な顔で話し始める。
「……俺は、何度も進言してんだ。この街の防衛費を増やせってな。けど、街は何もしないんだ。俺らに補助金を渡さないのは、まだわかる。けど、騎士団も現状維持で、それ以上のことはしない。あり得ないだろ。」
魔物は魔王軍に感化されてから活性化しつつある。この街の魔物被害も、何年も増加し続けてる。
「あっち側にも、なんか事情があるらしいってのはわかんだ。でも、もはやそんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
やべ。レオンが熱くなってきた。酒が入っているレオンは、こうなったら面倒くさい。
「ま、まあまあ……」
「イスト! お前もそう思うだろ!」
「……あ、ああ。」
「だよな! そうだよな!」
う、うるさい……。耳元で大声を出さないでくれ。
「よおし、こうなったら、今から領主の住む城まで行くぞ! お前も来い! イスト!」
「え、ええ……。」
こうして、レオンと俺の行進が始まった──と思われた。
しかしレオンは、道半ばで疲れたようで眠ってしまった。
大通りの真ん中で大の字になるレオンを担ぎ、俺は自警団の詰め所にレオンを届けた。
「はあ、またですか。」
レオンは、自警団でもそれなりに立場ある人間のはずなんだが、呆れられていた。大丈夫なのかこの組織は。
負け知らずの勇者 〜最高の剣士は、少女の弟子をとってやりなおしを決意する〜 あきね @akine822
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