神光の聖女~回復しか出来ない能無し白魔術師だと追放されましたが、どうやらその回復力がインフレしていたようです~
鬼柳シン
第1話 やがて神光の聖女と呼ばれる一人の白魔術師
「シエル、お前を今日限りでパーティから追放する」
パーティーのリーダーであるボルタが私にそう宣告してきた。
依頼を達成して、ギルドで報酬を受け取った直後の事だ。
私は動揺しつつ、同時にかねてよりボルタと他のパーティーメンバーが私に対して不満を持っていることに気づいていたので、懸念が当たったのだと理解する。
なので、深呼吸してからボルタを見つめて問いかける。
「理由は、なんでしょう?」
そう口にすると、ボルタは呆れたように溜息を零した。
「お前、補助魔術特化の白魔術師だからって、回復以外の魔術は何にも使えねぇじゃないか。俺たちが戦っている間も遠くから眺めているだけで、誰かが攻撃を喰らったらノロノロとやってきて回復魔術だけ使って引っ込むだけ。お前、それでも俺たちのAランクパーティー【暁の刃】の一員か? 攻めも守りも出来ねぇで、攻撃を喰らってからやっと動くだけの役立たずじゃねぇか」
ボルタがそう言うと、周りにいた仲間たちもそれに釣られて呆れた顔つきを浮かべ、「それくらい気づけよ」と無言で告げているようだった。
やがて口々に、「白魔術師でも下級の攻撃魔術くらいは使えるようになってくれ」と疲れた声で言われたり、「いったいどれだけ才能に恵まれなかったらこんな役立たずになるのか想像もできない」と馬鹿にされる。
けれども私は、言い淀みながらも必死に言い返した。
「こ、このパーティーの結成当初から回復一筋で頑張ってきました! 回復量には誰にも負けない自身があります!」
数年前、まだ子供の時にパーティーのみんなで冒険に出るため、神託を受け、私は白魔術師の適性があると知った。
しかし、私には回復魔術しか使えなかった。それでもめげずに回復魔術で少しでも役に立つため、必死に勉強し、回復魔術を極めた。瞬時に傷を負った仲間を回復する高等な回復魔術だって身に着けた。
「回復魔術の届く範囲だって広めて、前衛の方が速攻で敵を叩く陣形にも貢献できているはずです!」
すると、ボルタが失笑した。
「じゃあなにか? 回復魔術の射程を伸ばしたから、自分は一切戦えないし他の補助もできないけど役に立っていますってか? はぁ……どんだけ図々しいんだよ。俺は前に出ている時に回復魔術を受けた感覚なんて感じたことないぞ? あと、回復魔術の射程を伸ばすなんて聞いた事ねぇな」
回復魔術は基本、白魔術師が傷ついた相手に寄り添って行うものであり、回復したことを敵に悟られないようにするのが鉄則だ。その点を伸ばしていくと、高度な回復魔術ほど、味方が一々回復されたと意識することもなくなっていく。
だからボルタが気づかなかったのも、射程に関する疑念も最もなのだが、私は回復魔術の向上のため寝る間も惜しんで勉強し、鍛錬を欠かさなかった。
そのお陰で、世間的な見解とは違う高難易度の回復魔術を会得したのだ。
なんとか分かってもらいたくて、私はどもりながらも必死に続ける。
「ほ、本当です! とても高難易度な回復魔術ですが、私は常に皆さんを遠くから回復して……」
「あー、はいはい。じゃあ逆に聞くが、もしそんな高等な魔術が出来るなら、なんで遠距離の攻撃魔術の一つも使えねぇんだ? 他にもシールド付与とかの補助魔術も使えねぇだろ?」
「で、ですが、私はみんなのために回復を……」
「ああうるせぇなぁ! さっきから回復回復って、それしか言えねぇのかよ!!」
声を荒げたボルタに気圧されつつ、私は反論しようとして、ボルタに「お前が回復ばっかりしてないで攻撃に参加していれば敵をもっと早く倒せるはずだ」と言いきられてしまい、何も言い返せず押し黙ってしまう。
そんな様子を見てか、ボルタは指を突き付け言った。
「いくら回復魔術だけの無能でも理由は分かったよなぁ? それとも、また一から説明してやろうか?」
もはや、私が何を言っても覆せることではないのだろう。もう私の追放は、みんなの中で決まってしまっているのだ。
無言で早く出で行ってくれと告げられているようで、私はドンドン委縮してしまう。
みんなとの関係は、最初はこんな息苦しいものではなかった。パーティーを組んだ十二歳の時のみんなは、私が回復魔術しか使えなくても、いつか他の魔術も使えるようになるよと励ましてくれた。
けれど、あれから四年間、パーティーとしてのランクが上がっていき、先日Aランクパーティーに昇格してから、私への不満が露骨に表れているようだった。
結成当初は一人一人が周りを気遣えるいいパーティーだったのに、ランクが上がったせいで貰える報酬が増えたからか、みんなが周りを出し抜こうと目を光らせている。
そんな実力主義のパーティーになってしまったのなら、もうここに私の居場所なんてない。成長するために努力しようにも、それをキッカケに追放の理由とするかもしれないのだ。
「で、どうなんだよシエル。また一から説明を聞くか? それとも、お前の駄目な所をもっと教えてやろうか?」
「……結構です。今までお世話になりました」
その発言を待っていたように、ボルタたちはやっと抜けてくれて清々するといった様子だった。
もはやここは私がいるべき場所ではなかったのだと思う一方、どうしても抑えられない気持ちが、とても小さな声でポツリと漏れた。
「悔しい、なぁ……うっ……ひぐっ……」
それまでせき止められていた悔しさや無力感が一気に込み上げてきたようで、私は涙を我慢することが出来なかった。
せめて、この人たちに泣いている姿を見せたくなくて、ギルドを出て、行く当てもなく夕日が沈む街中を走っていく。
泣きながら走る私の胸にあるのは、ずっと白魔術師として努力して勉強に励み、せめて回復だけでも役に立とうとしたのに報われなかった悔しさだ。
行ってきた行為の全てが白魔術師として未熟だという証のようで、とても惨めに思えた。
それにこれからの冒険者としての生活も、日用品を置いてある寝床も、何もかも失ってしまった。
あるのは目に見えて減っていった報酬の分け前だけ。
これからどうすればいいのだろう。女一人で、それも回復魔術しか使えない白魔術師に何ができるのだろう。
ソロで活動することもできず、ギルドで騒がれてはどこのパーティーも受け入れてくれない。
それどころか、身を守る術の一つもないのだ。
途端に、胸の奥から恐怖が湧いてきた。今の私では、襲われたら何の抵抗もできない。
夜になりつつある街の中、不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、悔しさに打ちひしがれていた。
そうしてひたすら走って涙もいい加減に途切れる頃、私はとある建物の前にいた。
「教会……」
神の教えの下、日々祈りが行われる場所だ。そして、怪我人や病人が運び込まれるところでもある。
私はふと、ここなら回復魔術を生かせるのではないかと思い、勢いに任せて教会の扉に手をかけていた。
####
「シエルちゃーん、外の掃除お願いできるかしら?」
「あっ、はい! 今行きますね!」
【暁の刃】を追放されて一か月ほど。私は悔しさで泣きながら辿り付いた教会で、雑用係として仕事をしている。
何人かのシスターと教会の一室で寝起きをし、毎朝祈りを捧げ、朝食を済ませると、仕事が割り振られる。
最初こそ寝床として使わせてもらいながら、回復魔術の鍛錬をしたかったのだが、そうそう都合よく怪我人や病人なんてやってこない。
それでも、シスター長はいきなり門を叩いた私を受け入れてくれ、部屋と日々の生活を送るための食事と、その日その日で違う仕事を与えてくれる。
正直パーティーを追放されて行く当てもなく、お金も全然なかったので、とても助かっている。
今日もまた、箒を片手に教会前の掃除に勤しんでいる。充実感はあるし、良い人ばかりで【暁の刃】にいたころの日々増していくストレスとは無縁の生活だ。
それでも、やはり白魔術師としての鍛錬を積みたいのだ。きっと老若男女構わず回復魔術を使っていれば、回復しかできなくてもSSランクの白魔術師にだってなれる。
だけどいつかは一端の白魔術師として、箒に乗りながら仲間たちへシールドの付与や攻撃力アップの補助魔術を使いこなせるようになりたい。
元々白魔術師は回復に優れることから、教会の書庫には、その手の魔術書が沢山あった。
毎日読み漁りながらの生活も、もう一か月も経つ。
いい加減に、少しは回復魔術以外も使えるのでは? ふとそう思い、箒にまたがって浮遊の魔術を試してみるも、ピクリとも動かなかった。
まだ駄目かぁ……と、溜息を吐いた時、すぐ近くから声がした。
「その動作は、魔術師の行う浮遊魔術のものではないか?」
「へっ!? い、いつの間に……?」
皴だらけのおじいさんが、一切気配を感じさせずに私の近くに立っていた。
これでも冒険者として長年戦場に身を置いてきたので、気配に関しては敏感なつもりだった。
だというのに、こんなおじいさん一人が近づくのに気づけないとは。
トホホ、と肩を落としつつ、これでも白魔術師であることをおじいさんに話した。
すると眼光が一瞬鋭くなったような気がして身震いすると、続けておじいさんは口を開く。
「丁度、腕を痛めていてね。白魔術師というのなら、回復はお手の物だろう? 出来ることなら治してほしいのだが、どうかな」
私は久しぶりに回復魔術が使える機会に頷くと、どうせだから教会の中へと案内する。
シスター長に事情を説明すると、そういうことなら外の掃除は別の者に任せるというので、私はおじいさんと二人、別室にて椅子に座り向かい合っていた。
「えっと、腕を痛めているとお聞きしましたが、見せていただいても構いませんか?」
「もちろんだよ。ちょっと力を入れすぎて、手首を酷く痛めてね……医者からは時間をかければ治ると言われたのだが、職業柄、手首は早く治さなくてはいけなくてね……」
こんな皴だらけのおじいさんが何の職業なのだろう? などと疑問に思ったが、今は治療に専念することにした。
「では、手首も含めて他にも色々触れてもいいでしょうか?」
おじいさんは私の言葉へ頷くと、腕周りから肩、ついでに背中や足も確認する。
そんなに色々な所を触って何か関係あるのかと聞かれたが、体の痛みとは思わぬところとつながっていると説明すれば納得してくれた。
そうして手首の傷み具合や、”その他”も分かった。
「では、治療に移りますね」
魔術の触媒である細長い杖を手に、頷くおじいさんへ久しぶりに回復魔術をかける。
光がおじいさんを包むと、次第に痛めている部分へと集まっていく。
もちろん、手首へ重点的に集まるようにしたのだが、どういうわけかこのおじいさんは、見かけによらず体中に古傷や痛みの元になるようなところがあったので、そういうところも含めて全て治療した。
こんな事、前に出ては傷を負いまくる【暁の刃】では日常茶飯事だったが、おじいさんは光の中で驚きをその目に宿していた。
「な、なんだこの回復力は!? いや、回復範囲か!? それとも回復の深さとでも言うべきか!? 些細な違和感すらなくなっていくぞ!?」
「いや、そんな……けど、少しでも体の痛みが取れたのなら幸いです」
初々しい反応からして、あまり回復魔術になれていない人なのだろうか? しかしそれはそれとして、とても喜んでもらえたようで、久しぶりに笑みがこぼれた。
【暁の刃】では、感謝されることすらなかったから。
とにかく、骨の深いところから皮膚の表面まで、私はすべて治した。つい最近まで毎日のようにやっていたので、特に疲労感はない。
しかし、おじいさんは詰め寄って問いただしてきた。
「体中が雲のように軽くなったようだ! だが、こんな高度な回復魔術は見たことも聞いたこともない! いったいどこでこんな回復魔術を身に着けたんだ!?」
「えっ、いやその、そう言われましても……私はこう見えて、元冒険者ですから。確かに独学でも学びましたが、基本は依頼のたびに自然と成長したようなものでして、特別に誰かから教わったようなことはなく……」
すると、おじいさんはまたしても驚きを顔に映していた。
「特別な教養もないというのに、この回復魔術を依頼の度にいつもやっているというのか!? こんな高度な回復魔術……いや、これは回復魔術などという枠組みに入れておくことすら勿体ない神の所業とでも呼ぶべき事を、幾度も繰り返しているというのか!?」
興奮気味なおじいさんとは別に、私は俯いてしまう。
「……追い出されてしまったので、ここ一か月はご無沙汰でしたけどね。それに神の所業なんて、私の身に余ってしまいます」
「いや待て、追い出された……つまりは追放だと!? これほどの回復魔術の使い手を手放すなど、見る目がないどころではないな……」
何かを考えつつも、興奮の収まらないおじいさんは、とにかく私のことをほめちぎると、最後に深く頭を下げてお礼を言われた。
そんな事しなくていいと慌てて頭を上げるように言うと、おじいさんは見た目にそぐわない凛とした表情で私を見つめ、もう一度「心から感謝する」と言った。
「実のところ、手首だけではなく体中に問題があったのだが、君が一瞬で治してくれた。これで直近の相手もすぐに……」
「相手?」
「ああ、いや、なんでもない。とにかく助かった」
「いえ、これも今や教会に身を置くシスターとしての役割ですから。それに傷ついた人を治すことは、例え追放された身だとしても、白魔術師の成すべき事ですから」
自虐気味に笑うと、おじいさんは一言「もったいない」とだけ言った。
何のことだか分からなかったが、少し考えるそぶりを見せ、私にいくつか問いかけてきた。
一日にどれくらいの回復が可能なのか。治せない怪我や病気はあるか。呪い等にも対応できるか。
色々と聞かれはしたが、特に問題なさそうだったので、私はすべての質問に頷いた。
その度に驚かれ、本当に大丈夫なのかと心配されたが、そこまで難しい回復魔術が必要に思えなかったので、ご心配なくと返すだけだった。
そうして体中が回復したおじいさんが立ち上がると、私へ向けてフッと笑った。
「君の力を皆に見せてあげよう」
なにか言い返そうとして、あまりに歳不相応な爽やかで透き通るような声音に、私はただ頷くことしかできなかった。
####
「シエルちゃん! 次の患者さんの症状を書いてあるから目を通しておいてね!」
おじいさんを治した翌日から、もうすぐ半月。シスター長が大忙しといった様子で認めた羊皮紙を受け取って目を通しながら、頑張りすぎないようにとのお声がけを受け、逆に更にやる気になる私がそこにいた。
どうやら、あのおじいさんは余程名のある人だったのか、私のことを国中に宣伝してくれたそうなのだ。
それを受け、所詮は慈善事業で人を診ているだけの教会になど足を運ばなかった怪我人や病人が毎日のようにやってくるようになった。
特に多いのが、国を守る王国騎士団のメンバーだった。
冒険者とは別で、統率の取れた大勢の騎士たちが市壁にある税関所の見張りから国の中の見回り、更には冒険者が依頼を受けなかった魔物の退治など、その仕事は多岐にわたる。
ただ一言で言うのなら、常に危険と隣り合わせということだ。
市壁で密輸をしようとした相手と斬り合いになったり、街中の不審者と取っ組み合いになったり、お金に貪欲な冒険者たちですら避けるほどの魔物と戦って大怪我をしたり。
今までは騎士団の回復魔術が本分でない人間が片手間にやっていたらしいが、やはり本業の白魔術師でなければ限度がある。魔術を使わない医者でも、薬草やポーションで補え切れるわけがなく、結果として王国騎士団では慢性的な「傷抱え持ち問題」が発生していたという。
簡単に言うなら、怪我をする人数に対して治せる人材や物資が足りていなかったので、まるであのおじいさんのように体のどこかに不調を抱えながら王国騎士団員として仕事をしていたという。
と、まぁそんな事情があったので、教会には一般人や冒険者も来るが、大抵は騎士だ。
治す前からとてつもなく信頼されているのが不思議だが、片っ端から回復魔術で治していくと、毎回感謝の言葉を貰う。
「これで王国のために全力で身を捧げられる」と言われた時は、私なんかが王国の安全の一端を担えたのだと、感動の余り熱いものが込み上げてきた程だ。
そんな充実した日々を送り、一般人を含めて王国中の怪我人や病人を治療したが、私の白魔術師としての技量は欠片も上がっていない。
箒で空も飛べないし、補助魔術も、遠距離攻撃も出来ない。
これでは、また教会で雑用をする日々に戻るだけ。それに文句は付けないが、私は自分の目論見が外れたことから、俯きながら教会の外を箒で掃除していた。
「なにか悩みでもあるのかな」
「うひゃっ!?」
「そんなに驚かなくてもいいだろう」
最初に出会った日のように、あのおじいさんが何の気配もなく近くにいた。
それどころか顔を覗かれていたようで、暗い顔だと心配されている。
「なにか悩んでいるのなら、相談くらい乗るよ」
「そう、ですか……」
話そうか迷った末に、私は抱えている問題をポツリポツリと話した。
白魔術師だというのに、回復以外は何もできないということ。そのせいで追放されたこと。一縷の望みをかけて教会に身を置いたが、とても多くの人に魔術を使っても実力は変わらなかったこと。
そして、もう白魔術師として生きるのをやめようかと思っていることも話した。
おじいさんは驚きつつも、話をまず聞かせてほしいと言った。
「……私を追放したパーティーって、Aランクだから結構顔も広くて、影響力が大きいんですよ。だから、ギルドであんな追放宣言をされたら、余程のことがない限り冒険者には戻れません。こうして教会に身を置いていても、結局今は外の掃除をしている始末ですから……せめて故郷に帰って、両親と畑仕事でもしようかなって……疲れても、すぐに治せますから」
不器用に笑って締めくくると、おじいさんは厳格な顔つきをしていた。
そして一つ息を吐くと、「頃合いだな」と言った。
「シエル、実は君にずっと黙っていたことがある。実は私は――」
と、その瞬間だった。風に乗って血の臭いがしてきて、数人の冒険者らしき人々が担架に誰かを乗せて、「噂の白魔術師はいるか!?」と叫びながら走ってきたのだ。
おじいさんは言葉を遮られたが、担架で運ばれてきた相手を見て、すぐに駆け寄った。
「どうした! おいイグルト! お前ほどの男がなぜ、こんな……」
返事を返すこともできないほど、イグルトと呼ばれた屈強な男性は大怪我を負っていた。
一目見るだけで、生きているのが不思議なほどだと理解する。
そんな重病人を連れてきた一行とイグルトという名前を聞き、私は遅れながらも、この人たちの事を思い出す。
「あなたたちは、SSランクパーティーの【ヘルガイア】じゃないですか!? それにこの人って……」
普通はSランクが上限と定められている冒険者パーティーの中で、あまりの強さから唯一SSランクの称号を貰っているのが【ヘルガイア】だ。
構成員一人一人が百の魔物を相手にしても余裕で勝つとすら言われる化け物集団として有名であり、中でもリーダーのイグルトは烈火の如く全ての敵を瞬時に焼き尽くす戦い方から【獄炎】の異名で呼ばれている。
そんな、王国騎士団長すら認めるようなイグルトが、担架の上で苦しみからかうなされていた。
なぜ、こんな大怪我と、もう一つ、
「非常に強力な呪いが掛けられていますね……命の根源たる生命力そのものを奪いながら、回復魔術を受け付けないようにしています。これでは並大抵の白魔術師ではどうしようもないでしょう……」
私がイグルトを観察していると、【ヘルガイア】の構成員らしき男たちが必死に縋ってきた。
「あ、あんたが噂の凄腕白魔術師なんだろ!? 頼む! イグルトの兄貴を助けてくれ!!」
【ヘルガイア】の構成員たちは、地に頭をこすりつけて懇願している。だが、もはや諦めているような女性メンバーが口にする。
「無理よ……ロクな装備もなしに厄災級の魔物と戦ったのよ? アタシたちを逃がすために、たった一人で……」
「や、厄災級!?」
その名の通り、嵐や地震のようにどこに現れるか一切分からず、その力は国一つを吹き飛ばしてもおかしくないという。
そんな相手と一人で戦って、退けたというのだろうか。こんな、私とたいして歳も変わらないような人が……。
「イグルトは厄災級の魔物が相手でも諦めなかったのよ。リーダーとしてアタシたちを逃がすために、たった一人で挑んで、なんとか退けた。でも、その代わりに死んでしまうなんて、馬鹿みたい……!」
今の女性が瞳に涙を浮かべながらそう告げ、【ヘルガイア】の構成員が「姉貴!」と声を荒げる。
おそらく、【ヘルガイア】でも高い役職にいるのだろう。正確な分析と洞察力、なによりリーダーであるイグルトの事をしっかり理解した発言だ。
だけど、そんな大物相手でも、私にはどうしても言い返したいことがあった。
「この人があなたたちを助けるために死を覚悟したから……生きる望みを捨てたから、諦めるんですか?」
私に何か言われるとは思ってなかったようで、姉貴と呼ばれた人は少し押し黙ると、首を振った。
「諦めるしかないじゃない。黒魔術師のアタシでも解けない呪いと、仮に解呪できてもこの怪我よ? アタシたちはここのところ遠征に行ってたからあなたの事は優秀な白魔術師ってくらいしか知らないけど、いくら優秀でも、無理な物は無理なのよ……」
「……私、今の今まで白魔術師でいることを諦めようとしてました。でも、歳も変わらないようなこの人は、パーティーリーダーとして、厄災級の魔物が相手でも諦めなかった――だから、せめてこの人を治せるかどうかハッキリするまで、たとえ回復だけの能無しと呼ばれようとも、白魔術師としてのシエルであることを諦めないことにしたんです!」
姉貴と呼ばれた人は、尚も無理だと言いそうだったが、おじいさんが私たちの間に立った。
姉貴と呼ばれた人は目を見開き、何かを言いかけてから押し黙る。
それから、おじいさんが諭すように言った。
「この子に託してみよう。私としても、荒くれ者をまとめてくれるイグルトに死なれては困るからね」
「……あなたが、そう言うなら止めはしないわよ。でもやるっていうのなら、せめて一秒でも長く生きながらえさせなさい」
言われ、私はスウッと息を吸い込んで言い返す。
「一秒と言わず、寿命で死ぬまで生きてもらいます」
それを皮切りに、私は担架に背を預けるイグルトへと腰を下ろす。
確かに強力な呪いで、この怪我では解呪が遅くなれば数分の命だろう。
「解呪用の魔術は問題なくて、その後に最上級回復魔術なら……ううん、それだと時間切れになる。なら……」
私は振り返ると、姉貴と呼ばれた女性に手を出した。
「杖を貸してください」
「なんですって?」
「闇魔術師なんですよね? なら持ってるはずです。とにかく時間がありませんから、杖をどうか貸してください」
どこか釈然としない様子だったが、魔術の触媒である杖を手渡してくれた。
私はそれらを両手に持つと、両方の杖に意識を集中する。
その様子を見てか、周囲がざわつき始めた。
「あなたまさか、回復魔術を同時詠唱しようっていうの?」
「正確には違います、解呪用の回復魔術と最上級回復魔術の同時詠唱です」
「系統の違う魔術の同時詠唱ですって!? そんな荒業、聞いたこともないわよ……」
「……私は似たようなことを、何年間もやってきましたから」
【暁の刃】にいる頃は、遠くにいるメンバーの回復と近くにいるメンバーの回復を同時に行ってきた。それだけではなく、常に戦っているエリア全体に常時回復状態を付与するフィールドを張ってきた。
てっきり私は、それは普通の事だと思っていた。むしろ白魔術師として、攻撃もサポートもできないのだから、それだけ出来ても不十分とすら思っていた。
けど、こうして頼られるようになって、やっと分かった。私の回復魔術には、普通の白魔術師以上の力があると。
それでも諦めようとしたのは、ただ回復が出来るだけでは結局同じことの繰り返しで、冒険者に戻れても、また追放されるのが怖かったからだ。
回復魔術だけだから、ソロでやっていく事もできない。誰かが戦ってくれないと、私はただの役立たずに過ぎない。
でも、目の前で誰かの代わりに戦った人が死にかけているのだ。回復だけなら誰にも負けたくないなら、必ず救わないといけない。
私の覚悟が魔術にも反映されたのか、いつもより詠唱時間が短くなる。解呪も回復も、いつもより強力な物へと変わっている。
「この光は……もはや回復魔術の域を超えている。普通の白魔術師では不可能だ。回復にのみ特化した者のみが到達できる境地とでもいうのか?」
おじいさんの声がした。でもそんなこと知るものか。私は回復しかできない白魔術師から、補助も攻撃もできる白魔術師になるんだ。
だとするなら、まずは回復魔術で不可能を超えてやる!
「やって……みせる……!」
私自身、見たこともない白とも黒ともとれない光がイグルトを包み込むと、この場にいる全員が目を覆った。
それから少しして、私がスッと立ち上がると、深い溜息を零した。
「全力は尽くしました」
その言葉は、聞きようによっては無理だった言い訳に聞こえた事だろう。
その場にいる誰もが落胆の余り肩を落とす中、低い笑い声と共に、ドスの利いた声がする。
「おいテメェら、なにシケた面してんだ? パーティーリーダー様を治した白魔術師に礼の一つも言えねぇのかよ」
SSランクパーティー【ヘルガイア】のリーダー、イグルトの声が皆の耳に届いた。
誰もが状況を理解できない中、二人だけ私のことを見てくれている。
一人は寝たままのイグルト。もう一人は、あのおじいさんだった。
おじいさんが歩み寄り、私の肩を叩く。そしてよくやったと告げれば、ようやく皆が理解したようだ。
喝采が響き、全員が駆け寄ってくる。けれど一人一人が荒っぽい男の人で、更に一騎当千の化け物だけに、私は先ほどまでとの落差から身を引いてしまった。
そこへ、イグルトの怒声が響く。
「俺様の命の恩人がテメェらのせいで怯えてるだろうがぁ!! リーダー命令だ! 全員そこから動くんじゃねぇ! 俺様は、この白魔術師と話があんだよ!」
話? と首を傾げた私に、イグルトはなんとか寝たきりの状態から座り直すと、まず私に手を差し出した。
「マジで助かった。この恩は一生かかっても返せねぇだろうから、一生面倒見てやる」
「へ?」
よくわからない言葉に間の抜けた声を出すと、イグルトはニヤッと笑った。
「テメェは今日から、【ヘルガイア】の幹部白魔術師だ」
「えっ、えぇぇぇぇ!!?」
「そもそもテメェみたいなチート級白魔術師を俺様が放っておくかよ。どっちみち俺様に見つかったら【ヘルガイア】に下っ端として無理やり参加させてたぜ? だが運よく大恩売って幹部クラスでいきなりデビューだ」
悪い話じゃねぇだろ? と、イグルトが悪い笑みを浮かべる。確かに、私は冒険者に未練があったし、これから【ヘルガイア】の幹部ともなれば、王国騎士団と肩を並べて国を守る一大勢力の回復を一手に担えるわけだが……
正直、ここにいる人たちが怖い。イグルトも治ってみると覇気というのだろうか、面と向かっているだけで恐ろしいほど気圧される。
どうしたものかと迷っていたら、またもやおじいさんが間に入った。その瞬間、イグルトが舌打ちをする。
「いつまでジジィの変装してんだ、アーサーさんよぉ」
「え? 変装? それにアーサーって……」
肩をすくめたおじいさんは、やれやれといった様子で指を鳴らすと、眩い光と共にその姿が変わっていた。
具体的には、私より一回り年上の金色の髪を整えたイケメンさんで、何より、
「騎士団長様!?」
私が驚くと、おじいさん……ではなく、王国騎士団長アーサーは、苦笑いを浮かべながら、そんなに驚かないでくれと言った。
「いや驚きますよ! というか、なんで今までそんな変装までして私なんかのところに……」
「これだけの奇跡を起こしておいて、自分の事を卑下するのはよくないな。まぁ、理由を説明するなら、なんでも冒険者の間で「回復だけなら天下一」と有名な白魔術師が追放されたから、その実力を見に行ったんだけど、想像をはるかに超えていてね。君がどこまでやれるか試してたんだけど、どうやらどこまでもやれそうだ。ということで――」
アーサーは礼儀正しく礼をすると、私に手を差し出した。
「君を王国騎士団専属の白魔術師としてスカウトする。引き受けてくれるかな?」
「ちょ、いやそんな! たった今イグルトさんから……」
なんて言っていると、そのイグルトが治ったばかりだというのに立ち上がり、アーサーへと突っかかった。
「俺様が先に唾つけてたんだよ、邪魔すんじゃねぇ」
「唾を付ける、というのはいささか品に欠ける物言いだが、先に付けたとしたら私の方が先だ」
「変装して騙すような真似してよく言えたなぁ! だったらせっかく治ったんだ! 男同士のタイマンでどっちがこの嬢ちゃんを連れて行くか決めようじゃねぇか!」
「先に言っておくと、彼女の名前はシエルだ。名前すら知らないのに、パーティーの幹部にしようとは……しかし、国で一番強いのはどちらかハッキリさせるときが来たのかもしれないな」
なんて言いながら、二人が剣を抜いた。このままだと私を巡ってまたしても大怪我人が出るかもしれないので、もう破れかぶれになって二人の間に飛び込んだ。
「どっちの話もお受けします! でもせめて、どちらに正式に在籍するか決める時間をください!」
争いの元である私の介入を受けてか、二人とも剣の構えを解き、それもそうかと頷いていた。
「君は元のパーティーで戦い自体に参加していなかったと聞く。ならいい機会だ。是非我々の元で白魔術師としての腕を振るいつつ、戦いというものを知ってくれ」
「おいアーサー、なんかもう自分の物にした気になってるようだがなぁ、シエルは俺のもんだ」
「いや、私のものだ」
二人が言い合いを始めている中、私はしばらくの間【王国騎士団専属白魔術師兼ヘルガイア特別幹部】という、なんとも荷が重い役職にして、とんでもない二択を迫られるのだった。
####
あの後、少し落ち着いた場所にて、アーサーさんとイグルトが何かを話しているのを物陰から聞いている時でした。
「おいアーサー、シエルの事はしばらくこのままにしておくが、あんな上玉を追放したのはどこの馬鹿だ?」
「ああ、【暁の刃】とかいうパーティーだ。お前も冒険者なんだから名前くらいは知っているだろう?」
「いや、知らねぇな。どうせSランク以下のパーティーなんだろ? 興味がねぇよ」
アーサーは、それでも冒険者の憧れであるSSランクの冒険者かと呆れながらも、【暁の刃】について話した。
とは言っても、特出する点のないパーティーであり、ギルドの方でも、どういうわけかパーティーメンバーの実力の割には高難易度の依頼を達成してくると不思議がられていたそうだ。
だが、アーサーとイグルトは、その謎が解けたと口にしていた。
「あれだろ? 回復はシエルに頼りっきりで、何にも考えずに前に出まくって戦ってたから今までは魔物を倒せてただけって事だろ?」
「だろうな。そのシエルを軽んじて追放した後は、他の白魔術師をパーティーに加えては回復量が足りないと追い出していたそうだが、私が思うに、足りていなかったのは他のメンバーの頭の方だったようだ」
「要するに、シエル以外は馬鹿の集まりだったってわけだ。今頃ランクも落ちてるんじゃねぇか?」
「いや、それどころか、あのパーティーはシエルを追放した次のダンジョン攻略で全員が重傷を負って命からがら帰還して、全員そろって冒険者を辞めたそうだ」
最後に身から出た錆と二人が口にしているのを聞いてから、少し気の毒に思いながらも、胸のつかえがとれたようで、私はこれからの二重生活に集中できそうです。
####
【作者からのお願い】
最後までお読みいただきありがとうございました! 現在この作品の連載版を執筆中です!
もし「面白かった!」、「続きが読みたい!」
と少しでも思っていただけましたら、
下の★★★で応援していただけますと幸いです!
神光の聖女~回復しか出来ない能無し白魔術師だと追放されましたが、どうやらその回復力がインフレしていたようです~ 鬼柳シン @asukaga
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