呪われた黒炎使いの成り上がり~忌むべき黒炎魔術師として追放されましたが、貴族のパーティーに拾われたので全力で敵を燃やし尽くしてやります~

鬼柳シン

第1話 呪われた黒炎は聖なる光と一つになる

「ルナリア、今この瞬間から、アンタはパーティーから追放よ」

「え……?」


 リーダーであるベルタが私にそう宣告してきたのは、パーティーのランクがS級へ昇格したとの知らせを受けた瞬間だった。


 Sランクのパーティーともなれば、冒険者の夢である高位の貴族に召し使えて領地の防衛の要として活動することもできるのだ。


 ギルドで羊皮紙に昇格の文字を見た時、私は嬉しくて柄にもなく笑みを浮かべていたのに、追放宣言を受けて、そんな物は消えていた。


 けど、私には思い当たる節がある。それでも納得できず、俯きながらもベルタへ問いかけた。


「……なぜでしょうか? 今日だって黒炎魔術師として、沢山魔物を倒して……」

「そうね、確かに今までだってアンタの黒炎魔術は魔物をずいぶんと焼き殺してくれたわよ。お陰で余計な怪我人も出さずにすんだわ。でもね、これからアタシたちは貴族に仕えるのよ?」

「で、でしたら余計に戦いも激化しますから、私の黒炎魔術がなくなっては……」


 そこまで言うと、ベルタは呆れた様子で口にした。


「アンタみたいな穢れた黒炎魔術師の女、貴族様の前に出せるわけないでしょ?」


 穢れたと言われ、私は言い返したいことをグッと堪える。


 黒炎魔術師とは、黒い特別な魔術属性を持つ炎により敵を焼き尽くす攻撃型のジョブだ。他の炎魔術に比べ、黒炎はダメージが大きく、広がる範囲も広いため、多くの魔物と戦う際には重宝する。


 しかし、黒炎魔術師は世間から忌諱されている。

 黒炎魔術師の放つ炎は普通の水では決して消えず、火傷痕は呪いのように真っ黒に残り、扱いを誤れば、周囲の仲間すら肉体と精神を貪る闇の炎で飲み込む魔術なのだ。


 更に、その禍々しさから数百年ほど前に忌むべき呪いの魔術として教会が黒炎魔術師を「悪魔の使い」として迫害したのだ。

 やがて黒炎魔術師狩りが行われ、多くの人々が磔刑の後に火炙りにされた。


 当然、黒炎魔術師たちは抗い、国中で戦いが起こったという。多くの罪なき黒炎魔術師が死に、中には悪魔扱いされて自衛のために黒炎魔術を使ったら犯罪者として裁かれた人もいる。


 時が経ち、結果的に黒炎術師は悪魔の使いではないとされたが、黒炎による被害は人々の記憶に色濃く残り、今も多くの人が「黒炎魔術師は災厄をもたらす」と胸に抱いている。 


 そういう背景もあり、なんとか言葉を探して言い返そうとしても、下手な事は言えない。結局、私が口に出来たのは、「前衛として前に出て、一匹残らず敵を焼き尽くしました」ということだけ。


 そんな反論さえ、ベルタは嘲笑った。


「前衛ならアタシたちのパーティー【風の翼】には、剣士も格闘家もいるでしょ? 正直、黒炎なんかで下手に前衛が前に出られなくなるのは困るのよねぇ。それに物理攻撃に特化したジョブが戦った方が強力だし、見栄えもいいのよ」

「で、ですがそれだけでは、これからの戦いに不十分で……」


 そこまで言って、ベルタは睨みつけながら脅すように言った。


「わからないかしら? もう前に出るのは【風の翼】本来の前衛でいいのよ。もしあんまり口答えするんなら、アンタが黒炎で仲間を傷つけたって教会に突き出すわよ」

「そ、んな……」

「別に言い返してもいいのよ? 神の御前で真実を言っても構わないわ。でも、教会はSランクパーティーのアタシたちと、穢れた黒魔術師のアンタなら、どっちの言い分を信じるでしょうねぇ」


 答えなど分かり切っている。もしそんな事になっては、私は異端の黒炎魔術師として磔刑に合うだろう。


 しかしそんなことまで考えているとなると、私をパーティーに引き入れてくれた時から、黒炎魔術は、Sランクになるまで利用するつもりだけだったのだ。


 これではもはや言い返せることなどないと悟り、私は俯きながら言う。


「……わ、かりました……追放をこの身に受けます」


 私は背を向けると、ギルドの中をトボトボと去っていった。 


 ギルドの中では私について、あっと言う間に広まっていく。やっと呪われた黒炎術師を追い出したとか、どうせならあんな魔女は火炙りになればいいと聞こえてくる。


 そんなに、黒炎術師が気に食わないのだろうか。もう悪魔の使いと呼ばれていたのは数百年も昔だというのに、まだ迫害するのか。


 黒炎魔術師は、一生ソロで活動していろとでも言うのか? いや、いくら攻撃に特化した黒炎術師とはいえ、前衛として剣を振るってくれる仲間は必要なのだ。【風の翼】でも、最低限ながらそういう人がいてくれたから戦えていた。


 パーティーに身分を偽って入ろうにも、ギルドに黒炎魔術師として登録されてしまっているので、パーティー加入の際にリーダーには真実が知られてしまう。


 

 黒魔術師にソロなど不可能だと、他でもない私が一番よく分かっている。


 そう途方に暮れていると、肩を叩かれた。


 振り返ると、最近配属されたばかりの受付嬢が不思議そうな顔をしていた。 


「お一人でどうしたんですか? ルナリアさん」


 新人の癖に私なんかの事をよく覚えてくれているものだ。そう思いながら、追放された旨を話す。


 すると、受付嬢はとても驚いていた。


「ええっ!? 追放!? そんな、ルナリアさんがいったい何をしたんですか!?」

「……なにもしてないです……悪いことなんて、なんにも……」

「ならなぜ……」


 受付嬢は驚きながら、おかしいですねと口にする。


「【風の翼】の皆さん、こんな大事な時に何を考えているんですか? ルナリアさんくらいしか、黒炎魔術を正確にコントロールできる人なんて王国中探してもいないのに……」

「私は……そんな大層なものじゃないですよ……だって、黒炎魔術師ですから」


 そう言ってから、受付嬢が優しく声をかけてくれた。


「黒炎魔術については私も耳にしていますが、だとしても一流の冒険者だと思いますよ」

「……そう言ってくださるのは、あなたくらいのものですよ。変わった方ですね」


 他のギルド関係者は総じて私を避けるというのに、黒炎魔術師の味方をするなんて、本当に変わった人だ。


 しかし、今後どうすればいいのだろうと不安になる。


「いっそのこと、冒険者なんて辞めてしまいましょうか……」


 ポツリとそう漏らすが、私は元々黒炎魔術の適性があるせいで小さなころから誰からも好かれずに育った。だから一人が嫌で、黒炎魔術を逆に生かして冒険者として登録してもらい、頼み込んでパーティーに入っていたというのに、また一人になってしまうなど……嫌だ。


 だがその時、受付嬢がブンブンと首を振った。


「ちょ、ちょっと待ってください! えっとその、うーん……」


 何やら考え込んでいる受付嬢に、私は自嘲気味に返した。


「私なんかを迎え入れてくれるパーティーなんて、もう金輪際ないでしょう……?」


 黒炎魔術師に加え、ギルドの人々からは、先ほどまでの陰口のような印象と【風の翼】を追放されたという目で見られている。


 私に味方してくれているのは、この受付嬢だけだ。


 しかし、長いこと唸っていた受付嬢は、「とっておきがあります」と、封のされた羊皮紙を取り出した。


「ちょっと訳ありですけど、丁度ルナリアさんのような腕利きの魔術師を募集しているパーティーがありましてね。見ての通り、参加希望の方には一人一人別の羊皮紙を用意するほどのお金持ちの方です。ここに加入して、【風の翼】をぎゃふんと言わせちゃいませんか?」

「お金とかやり返すのはあんまり興味がありませんが、私なんかがそんな特別な人とパーティーを組めるんですか? だって私のジョブは……」

「そこは会ってからのお楽しみです! ただ一つ言えることは、ルナリアさんが闇炎魔術師だとしても、加入は間違いなしということですよ!」

「そ、そうですか……」


 受付嬢から羊皮紙を受け取ると、顔合わせの日時と場所を知らされる。

 詳しくは中に書いてあるそうなので、後で確認してくれとのことだ。


「いったい、どんな人が募集してるのでしょう……」


 受付嬢に別れを告げ、ギルドの机に腰掛けて羊皮紙の封を説くと、詳細な条件が記されていた。


 新たにパーティーを発足するが人手不足であること。攻撃は自分が行うから、募集するのは後衛を任せられる魔術師であること。

 それと、この羊皮紙を持つということは、ギルドから力を認められている証拠と受け取るので、「冒険者として仲間になりたい」のなら、無下にはしないということ。


「なんだか変な一文がありましたが、これを募集している方の名前は……なっ!?」


 素っ頓狂な声を上げてしまうほどに驚いた。羊皮紙の最後に記されていた名前は、王国内では知らない人はいないだろう、とんでもない有名人物……というより、有名な家の名前だったのだから。


「ヴィルヘルム侯爵って、今の騎士団長とか王族の護衛官とかを輩出している貴族じゃないですか……」


 羊皮紙には、そこの三男にあたる「レオンハート・ヴィルヘルム」の名が記されていたのだった。




 ####



 とんでもない人のパーティーを斡旋されて、迷いはしたが、今の私には行く当ても稼ぐ手段もない。

 こんなチャンスもそうそうないだろうから、私は勇気を出してヴィルヘルム侯爵のお屋敷に赴いた。


 お屋敷の前には門番が二人立っており、検問をしている。


 委縮しながらも声をかければ、視線を向けられた。


「見ない顔だな。ヴィルヘルム侯爵様に何の用だ」

「そ、その、三男であらせられるレオンハート様からの招待状……のようなものがありまして」


 首を傾げた門番に羊皮紙を見せると、どこかそっけない様子で「粗相がないように」とだけ言われ、門を通された。


 あっけないものだと思っていれば、礼服に身を包んだ初老の男性がやってくる。

 門番の時と同じように羊皮紙を見せると、レオンハート様の待つ部屋へ案内するとのことだった。


「こちらでございます」


 そうして案内されたのは、お屋敷の奥の方にある部屋だった。豪華な扉なのだが、どこか寂しい雰囲気なのは気のせいだろうか。


 そんな事を考えていると、初老の男性がコホンと咳払いをして、私に耳打ちをした。


「レオンハート様は、その、ご気分が優れない時がありますので」

「え? それってどういう……」


 実際にお会いになった方が早い。そう言われ、私は扉に手をかける。


 開けた先には、様々な剣や冒険譚などが飾られている豪華な内装の部屋が広がっていた。


 その真ん中に、ソファーに腰かけた金髪の男性がいる。刃物のような瞳に睨まれて身を引いてしまうが、相手は貴族だ。下手なことはできないので、目上の相手に対する挨拶を口にする。


「ご、ご機嫌麗しゅう……」

「余計なご機嫌取りはウンザリだ」


 バッサリと私の言葉を遮ったレオンハート様は、記憶がたしかなら私と同じ十六歳のはずだが、なんだかとても達観しているように見えた。

 同時に、研ぎ澄まされた刃のような威圧感も感じる。


 あと、周りを見渡して一つ気になることがあった。


「あの、他のパーティーメンバー候補の方はどちらに……」


 羊皮紙には、全員一斉に見極めるとあったので、てっきり他の冒険者も来ているのかと思っていたのだが、ここには私とレオンハート様しかいない。


 私が時間を間違えてしまったのかと不安がよぎった時、レオンハート様が溜息交じりに答えた。


「誰もかれも我先にとやって来ては、俺の機嫌を取って侯爵家に取り入ろうとする魂胆が見え見えだったから追い返した」

「えっ」

「早い話が、メンバー候補はお前一人しか残っていない」

「……えぇ……」


 そんな事があるのだろうか。というより、これではパーティーを組めたとしても、私とレオンハート様二人だけになってしまうのだが……。


 そんな考えなど知らずか、レオンハート様は私を見て、フンッ、と笑った。


「礼服の一つも持っていないのか? 間違いなく、今日来た連中の中では一番立場を弁えていないな」

「あっ……も、申し訳ありません! その、こういう場になれておらず、失念していました……」

「いや、むしろありのままをさらけ出してくれている方がいい。だが俺は、冒険者として一流の魔術師を募集したはずなんだが? そんな世間知らずでは、ロクに金も稼げていない二流以下の冒険者なのではないか?」


 貴族とはいえ、ずいぶんと言葉を選ばないものだ。ただ、私にこの格好しかないのは仕方ない。


「私は、少し扱う魔術が特殊でして、あまり報酬金を貰えるような立場ではなく……」

「……ほう、半信半疑だったのだが、どうやら知らせにある通りの人物のようだ」


 知らせ? と問い返そうとして、レオンハート様は続けざまに、どんな魔術なのか聞いてきた。


 私は一瞬言い淀み、黒炎魔術とよく似ている闇魔術と答えてしまった。


 しかし貴族相手に嘘などつけば大変なことになる。咄嗟に言い直そうとして、なぜか声を上げて笑われてしまった。


「貴族を相手に嘘が言えるのは、その真の実力からか? 既に聞いているぞ、お前は黒炎魔術師だとな」

「なっ!? だ、誰からそれを……」


 バレていた!? いや、しかしどこからだ? 誰からだ? 


 そんな疑問など察しているのか、フッと笑って「羊皮紙を渡した受付嬢」と切り出した。


「あいつは俺がギルドに送った者だ。とある事情から、どうしても一人は信頼が置け、実力のある冒険者を手に入れるために一枚の羊皮紙を託して託ったのだが、よもや本当に黒炎魔術師とはな……面白い、適任ではないか」

「面白い……? それに私が、て、適任……?」


 てっきり出ていけと言われると思っていただけに、この反応には首を傾げた。


 しかし理由を聞くと、あの受付嬢は最高の相手を紹介してくれたのだと理解する。


「黒炎魔術師の炎は水では消えないと聞く。消すには術者による解除と、もう一つ、この俺の持つ「聖属性」を使わなければ消すことが出来ないのだろう?」


 それを聞き、私は雷にうたれたようだった。

 聖属性など、それこそ騎士団長でもない限り持たない希少すぎる属性で……


「あ……レオンハート様は、ヴィルヘルム侯爵家の三男……」

「気づいたか。ついでに言うと、俺のジョブは聖属性を使いこなす「聖騎士」だ」


 聖属性を持つ聖騎士は、魔物へ攻撃すると、普通の攻撃よりとてつもない威力が加算されるという、まさに魔を光で消し去る存在。


 「闇を浄化する、光り輝く剣を携えた正義の騎士」

 まさにそんな言葉が当てはまるのが聖騎士だ。


 私の黒炎魔術も、レオンハート様の剣の一振りで消えてしまうだろう。


 唖然としていると、レオンハート様はクククと笑う。


「俺は大昔の馬鹿げた言い伝えなど気にしないし恐れない。そんな物は俺の聖なる光でかき消してやるからな。だが、味方として戦ってくれる分には心強い」


 動揺しつつ頷くと、尚も面白いと上機嫌な様子だ。


「聖なる光の守護のもと剣を振るうこの俺と、呪われた黒い炎を使う魔術師……本当に面白い組み合わせではないか。よし、早速腕試しに行くぞ」

「う、腕試し……?」


 聞き返すと、レオンハート様はスッと立ち上がった。


「これよりダンジョンに向かう。そこでお前の黒炎魔術とやらを見せてみろ」

「い、今からですか!?」

「逆に聞くが、お前は何の準備もなしにここへ来たのか? 俺に魔術を見せに来たのではないのか?」


 そうは言うものの、いきなりすぎる。だが、レオンハート様は行く気のようだ。


 それに、他のメンバー候補がいない中で活躍できれば、パーティーとは呼べなくても、その初期メンバーとしてストックしておいてもらえるかもしれない。


 ほんの少しだけ気合を入れ、行きますと返すのだった。



 ####




 まだ未攻略のダンジョン内で、レオンハート様は光り輝く一振りの剣を見事に使いこなして魔物たちを斬り倒している。

 囲まれようと、大型の相手が出ようと、剣の届く範囲なら瞬時に切り裂いていた。


 一方、私が行うのはレオンハート様の周辺に集まる捌き切れない相手を黒炎により滅するだけだ。


 最初こそは、燃え移ってはどうしようと思っていたのだが、聖騎士の名は伊達ではなく、むしろ黒炎に包まれた魔物に突っ込んで斬り刻む程だった。


 そんな様子なので、私は黒炎魔術を存分に使う。何度も呪われた魔術だの、禁忌の炎だの言われてきたせいで、いつもは手加減していた。それだけに、思いっきり使えることなどなかったので、レオンハート様に認めてもらうためにも全力を出した。


 聖騎士が味方ということもあり、私は思うがままに黒炎魔術による攻撃支援を行う。


 しばらくそうやって戦っていると、レオンハート様が敵を片付けてから、私へ視線を向けた。


「中々やる……いや、予想以上だな」

「も、勿体なきお言葉です!」


 言うと、レオンハート様は肩をすくめた。


「屋敷ならまだしも、ここはいつ襲われるともしれぬダンジョンだ。俺を相手に変な力を込めなくていい」

「そ、そう言われましても……」


 元々人と話すのは得意な方ではない。だからこそ、貴族を相手にはとことん気を使って言葉を選ぶべきなのだ。


 そんな様子を見てか、レオンハート様は「しかし」と私へ言葉を投げかけた。


「いくら黒炎魔術師とはいえ、多少ランクの低いパーティーに行けば歓迎されると思うのだが、俺のところに来た。何か理由があるのか?」


 聞かれ、私は答えに窮してしまう。だがレオンハート様は答えるまで動かないと言った様子なので、小さな声で言った。


「長年居続けたパーティーを、追放されまして……それが尾を引き、どこも受け入れてはくれないかと……」

「なに、追放だと? それは聞いていなかったな……。しかし分からないな。十分すぎる実力があり、少々気弱に見えるが魔術の腕からして魔物を相手に逃げるような事はしないだろう。なぜ追放された?」


 【風の翼】について話すか迷ったが、貴族の手に掛かれば、私の背後関係など丸裸だろう。正直に、追放の際に言われた理由を話した。


 貴族に仕えるパーティーとして、忌むべき対象である黒炎魔術師は、これからのパーティーにとって邪魔でしかないと。

 全て話すと、レオンハート様は眉間にしわを寄せながら「馬鹿な奴らだ」と一蹴する。


「貴族に仕えるというのなら、相応以上の実力が必要だ。なにせ領地を任せるということは、領民含め、どんな相手に襲われても守りながら戦える力がなければならないからな。何より、Sランクに上がるまで利用していただけだと? そんな事でSランクに上がったのなら、お前が抜けてしまってはどうなるか明白だろうに。黒炎魔術師のせいで名声を気にするなら、事情を話せば貴族とて対処する。それくらいの無理は通るというのに……」


 重ねて馬鹿な奴らだと言うレオンハート様は、たった今、黒炎魔術師として虐げられてきた私のことを全肯定してくださった。

 きっと、本人は当たり前のことを言っているだけなのだろうが、ずっと【風の翼】で利用され、あんな脅されて追放を受けた私からすると、その言葉はとても胸に響いた。


 この人のために、もっと役立つことをしたい。純粋にそう思える。


「まぁ、事情は分かった。変に疑ってしまい悪かったな」

「……っ、ああいや、その……」

「? どうした」

「悪かったな、などと言って頂けるなんて、流石に庶民の私からすると、どんな場でも恐縮でして」

「慣れろ。俺はお前の事を実力を含め結構気に入ったからな。このまま順調にダンジョンをクリア出来たら、初期メンバーとして迎えるつもりだ」

「きょ、恐縮です!」


 本人の口からそれが聞けるとは思ってもみなく、私はダンジョン攻略に全力を尽くそうと心に決めたのだった。




 ####




 その後も順調にダンジョンを攻略し、いよいよボスの待つ部屋までやってきた。


 どんなボスが待っていようと、私は全力をもって戦う。そう心に決めたとき、レオンハート様が深く息を吸ってから、一つだけ言っておくことがあると前置きをした。


「ボスの相手は俺一人にやらせろ。お前は一切手出しするな」

「え……? な、なぜですか?」


 何か気に障ることをしてしまったのだろうか。そう思ったのだが、レオンハート様は個人的な事情だとしか言わず、私は援護を一切禁じられてしまった。


 理由は分からないが、レオンハート様は神妙な顔つきをしている。どういうわけか知らないが、自分の力でボスを倒さなくてはならないらしい。


 果たして剣だけで戦える相手が出てくるだろうか。緊張しながらボスの部屋へ踏み入ると、最奥から咆哮が聞こえる。

 次いで、こちらの数倍はある巨躯と、角が生えた魔物――ミノタウロスが待ち構えていた。


 魔物の中でも物理攻撃への耐性が高く、基本的に魔術で戦う相手だ。


 いくら聖騎士でも、一人では厳しい。


 私はレオンハート様に考え直すよう言おうとしたら、既にミノタウロスへと斬りかかっていた。


「一人でなんて無茶です!」


 慣れない大声を出しても、レオンハート様は巨体へと斬りかかり、ミノタウロスがその手に持っていた棍棒を振り下ろした隙を突き、関節部に斬撃を加える。


 血飛沫が舞い、咆哮が木霊する。痛みの余り荒れ狂うミノタウロスを相手に、レオンハート様は俊敏に立ち回り、一撃一撃と斬り付けていく。


 しかし、いくら出血させようと、切り傷を作ろうと、そもそもの体格が違うのだ。

 斬撃は致命傷にならず、出血するたびに興奮していくミノタウロスは荒れ狂い、動きが読めなくなっていく。


 ジリ貧どころではなく、やがてレオンハート様は拳による一撃を喰らい、壁に吹き飛ばされてしまった。


 ――限界だ!


「黒炎よ、煙により視界を塞いでください!」


 ひとまずミノタウロスの顔面を真っ黒な霧で覆い、方向感覚を狂わせると、レオンハート様へ駆け寄った。


「大丈夫ですか!」


 どうやら幸いにも、拳を喰らう寸前を剣でガードしていたようだが、吐血している。


 すぐに基礎的な回復魔術をかけようとして、レオンハート様は私の胸倉を掴んだ。


「俺の邪魔を、するな……!」


 鬼気迫る、とはまさにこの表情のことだと言えるほど、レオンハート様は必死の形相で痛みに耐えている。

 だが、骨が何本も折れている事だろう。私は顔を振るい、レオンハート様をジッと見据えて口にする。


「なにが邪魔だって言うんですか!? 今の魔術がなければ、すぐに追撃があって押しつぶされていたんですよ!?」


 私が初めて声を荒げたからか、レオンハート様は少し目を見開くと、小さく息を吐いた。


「しかし俺は……結果を出さなくてはならない……」

「結果……?」


 聞き返すと、レオンハート様は自嘲気味に笑った。


「“代々最強の剣士を輩出するヴィルヘルム侯爵家”……そんな名前の威光が届くのも、二人の兄上までだ。三男ともなれば、体のいい政治の道具として使われてしまう。幼い頃から、ずっとそうだった。俺は兄上たちと比べて剣の修行の時間よりも礼儀作法ばかり学ばされ、夜会では父上が目上の令嬢相手に売り込むばかり……二人の兄上は、やれ騎士団長様、やれ王族護衛官ともてはやされるのに、俺だけは父上の”お守り”付きの日々だ」


 せっかく自分も聖騎士だというのに、それすらも政治の道具にされるところだった。

 そんな日々が嫌になり、更に自分も剣の道で生きたいと思うようになり、家族へ意見したという。


 そうしたら、自分で誰にも誇れる結果を出せと言われたそうだ。


「……昼間、お前が来る前に追い返した連中だがな。家族の息がかかった、俺を社交の場に戻そうとする連中ばかりだった。まぁ、俺だってそれくらいの手回しは予測していた。だから羊皮紙を一つだけ信頼のおけるメイドに託し、そいつを冒険者ギルドへ紛れさせた」

「じゃあ、本当にレオンハート様のパーティーに加わるために屋敷を訪れたのって……」


 乾いた笑いをレオンハート様が見せると、その通りだと頷いた。

 

「……俺の体はまだ動く……兄上たちに並ぶ夢のため、必ずやミノタウロスをこの手で倒して見せる」


 血を吐きながらも立ち上がろうとする姿に、レオンハート様の抱えている物の重さを痛感した。

 夢も、理解した。


 なら、私に出来ることは――


「魔よ、この者の傷を癒したまえ」


 レオンハート様が何か言う前に、私は回復魔術により体中の怪我を治した。

 あくまで魔術師が覚える基礎的な回復魔術なので、完治とはいかない。それでも、しばらく先ほどまでと同じくらいの動きは可能なはずだ。


「……俺の話を聞いていなかったのか」


 静かな怒りと失望の混じる声に、私は手を差し伸べながら吹っ切れた声で返す。


「実は私は、結構お節介なんです。ですので、レオンハート様の夢を叶えるお手伝いをさせていただきます」

「手伝いだと? たった今邪魔をしたお前に、いったい何ができるというのだ」

「……騎士団長様や王族護衛官様に並ぶのが夢だというのでしたら……その、出過ぎた物言いなのは承知なのですが、私をまずは守ってください。私もまた、共に戦いますから。その戦場で、守り通してください」


 勇気を出して口にすると、レオンハート様は目を細めた。


「……共に戦い、守る、か」


 呟き、レオンハート様は私の手を取ってくださると、立ち上がった。


「それが俺の夢に繋がるというのなら、叶えよう。共に戦うというのなら、聖なる光と呪われし黒炎をもって、ミノタウロスを倒すぞ」

「任せてください。私も、本気で挑みますから」


 こうして、私とレオンハート様は並んでミノタウロスと相対した。顔に掛かっていた闇も晴れ、こちらを睨みつけるミノタウロスを相手に、レオンハート様は再び斬りかかっていく。


「――黒炎よ、ミノタウロスの足を焼き払いなさい」


 続くように、私も黒炎魔術を発動する。


 黒炎がミノタウロスの両足を包むと、咆哮を上げながら、その巨体がいきなり力を失ったかのように膝をついた。


「魔よ、かの者に力を与えたまえ」


 そして基礎的な補助魔術によりレオンハート様へ強化を施すと、駆ける速さが何倍にも増し、振り下ろした斬撃はミノタウロスの分厚い皮膚の奥――骨まで達した。


 黒炎魔術による攻撃と、本来後衛で戦うために身に着けた援護魔術。私に出来ることは全部やった。


 あとは、レオンハート様が聖騎士としてどれだけやれるかだ。


 次第に遅くなる攻撃を避けつつ、レオンハート様も存分に暴れまわると、やがて両膝をついて倒れかけたミノタウロスへ、レオンハート様の剣が胸を貫いた。


 最後の咆哮と共に、ミノタウロスが息絶え、私たちの勝利が確定した瞬間だった。


「レオンハート様!」


 胸から剣を引き抜き、飛び退いたレオンハート様に駆け寄る。

 振り返った姿は血まみれで魔物と見間違うようで、「ヒィッ!」と慄いてしまったが、その口元を緩ませて一言だけ返ってきた。


「レオンでいい」


 こうして、私たちの最初のダンジョン攻略は完遂した。



 ####




 「聖騎士とはいえ、ミノタウロスを剣術だけで倒したヴィルヘルム家の三男」。その名はあっと言う間に冒険者や貴族、果ては王族にまで届いた。なにせ、どれだけ卓越した騎士でも、ミノタウロスを剣術だけで倒した実績など、ほとんどないのだ。


 同行した私も、つい最近追放されたばかりにして、ミノタウロスの死体に、よりにもよって黒炎魔術による外傷があったので、ヴィルヘルム家が必死にもみ消してくれた。

 これにより、ミノタウロスの撃破は、レオンハート様……レオンと呼べと何度も言われている人の手柄として認知されている。


 それはつまり、わざわざヴィルヘルム家の名前を使わなくても冒険者を集められる売り文句が出来た事であり、新たにパーティーへ加わりたいという志願者は続出している。


 ただ、これからは貴族と並び立つ身分になるため、気を使っていなかった私の見た目がどうしても足を引っ張るという。なのでたった今、ヴィルヘルム家のお屋敷にて、メイドたちに囲まれながらの散髪が終わった。


 それまではボサボサと伸ばしっぱなしだった髪が短く整えられるが、こんなに身綺麗にすることなど今までなかったので、動揺してしまう。


 そんな事など知らずか、レオンハート様は腕を組んで頷いている。


「似合うじゃないか」

「い、いやいやいやいや……普段隠れてたところが全部出てるから恥ずかしすぎますっ!」

「ただ短く整えただけなんじゃないのか?」

「今までは耳も首元も頬も瞳も隠れてたんですよ! 無理ですって、いきなりこんな……」

「そうか? 俺は美しいと思うがな」


 言われ、胸の奥がズン! と叩かれたような衝撃を受ける。


「? どうした? 胸を痛めたのか?」

「……社交の場では知りませんが、普通の女性……特に私はそういう言葉に慣れていないものなんですよ!」

「なら慣れていけ。行く行く俺は剣士の名で、お前は副リーダーの魔術師として社交パーティーに連れて行こうとも思っているからな」

「なっ!?」


 社交パーティーでキラキラのドレスを着た私と、その相手をするレオンハー……レオンの事を考えると、とてもではないが正気ではいられなかった。


「うぅ……これなら元のパーティーの方が気苦労がなかったような……」

「ああ、言い忘れていたが、【風の翼】だったか? あのパーティーはランクが落ちたそうだぞ」


 えっ、と私が言葉に詰まっていると、レオンが事の顛末を話した。


「話に聞く限り、単純な火力不足に陥ったそうだな。今まで倒せていた相手にロクな傷も与えられなくなって、ランクはどんどん落ちているそうだ」


 まさか、私の黒炎魔術がそこまでパーティーを支えていたとは……。


 あれだけ散々の扱いを受け、脅された報いだと思うことにした。


 何より、これでこれからの事に集中できるというものだ。


 ヴィルヘルム家としては、レオンを政治の駒として使いたい。そのために、冒険者パーティーを組めないように仕組んでいた。

 しかし、それを覆してしまったので、次はパーティーを崩壊させようとする一派の動きがあるという。


 それがヴィルヘルム家の当主にしてレオンの父なのか、他の兄弟なのか、そういった事が今は分かっていない。


 つまりは、私たちのパーティーは冒険者として活躍しつつも、身内からの襲撃にも備えなければならないのだ。


 だからこそ、私も身綺麗にして信頼のおける仲間を集める必要がある。


 「ミノタウロスを倒した聖騎士レオン」を広告塔として、新たなパーティーを作るのだ。


 新しい人と、何よりレオンと私が打ち解けられるかは、今はまだ分からないが。



####

【作者からのお願い】

最後までお読みいただきありがとうございました! 現在この作品の連載版を執筆中です!


もし「面白かった!」、「続きが読みたい!」

と少しでも思っていただけましたら、


下の★★★で応援していただけますと幸いです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪われた黒炎使いの成り上がり~忌むべき黒炎魔術師として追放されましたが、貴族のパーティーに拾われたので全力で敵を燃やし尽くしてやります~ 鬼柳シン @asukaga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ