ハズレスキル「被ダメージ二倍」により追放されたと思ったら、エクストラスキル「カウンター」が目覚めました

鬼柳シン

第1話 母の形見とハズレスキル

「アルベス、いよいよ神託の儀を受けるときが来たな」


 教会にて、何代にも渡り強力なスキルを持つ者を輩出してきたエルバンス侯爵家の当主である父が、自信満々にそう言った。


 私も、スキルが分かるまでの鍛錬の日々を思い返しながら口にする。


「そうですね。私もエルバンス家の名に恥じないような立派なスキルを授かって見せます!」

「その意気だ。なにせお前は名誉ある家督を継ぐ身なのだからな」

「はい!」


 父は普段から厳格な人だ。私にエルバンス侯爵家を継がせるため、幼い頃から礼儀作法や剣術指南など、貴族としての教育が容赦なく施されて来た。


 しかし、それは長男である私に期待してくれているからだと思う。名誉ある家として、端のない跡取りのため、実の息子を相手に心を鬼にしていたのだ。


 私はそんな父を、誰よりも尊敬していた。


「とはいえだ、お前は【賢者】と【剣聖】の息子だ。どちらのスキルが遺伝しても、エルバンス家は安泰というものだ!」


 剣聖は剣術に優れるスキル持ちが名乗るジョブであり、賢者は魔術に優れるスキル持ちが名乗るジョブだ。


 スキルは両親のどちらかが遺伝するので、昔から期待の眼差しを向けられてきた。しかし、私には一抹の不安があった。スキルの遺伝は、あくまで似ている特性のスキル持ちの子供に起こりやすい現象なのだ。


 父上は剣術に長けたスキルを持つ剣聖であり、早くに亡くなった母上は魔術に長けたスキルを持つ賢者だった。強力なことに変わりないが、その特性は真反対と言える。


 もしかすると、遺伝しないかもしれない。そんな不安を顔をふって拭いつつ、私は神父様の前へと向かった。


「これよりアルベス・エルバンスのスキルを告げる!」


 ついに私のスキルが告げられる時が来た。


 教会にいる人々の視線が神父に集まる。


 私もついにこの時がやってきた、と思わず固唾を呑んだ。


「アルベス・エルバンスのスキルは……む、むぅ……?」


 しかし、いざという時になって神父が言葉に詰まっている。

 その様子を見て、教会内がざわつき、父上も眉間にしわを寄せた。


「神父よ、我が息子のスキルは一体何なのだ」


 父が声音を強くして神父に問う。


 とても困った様子の神父だったが、やがて長い沈黙を破ると、私と父上に告げる。


「その、『被ダメージ二倍』のスキルが、アルベス様のスキルです」


 聞いたこともないスキルだった。だが父上は身に覚えがあるらしく、声を荒げた。


「馬鹿なっ!? 二倍のダメージをその身に受けるだけのスキルだと!?」


 父上の怒声に、教会内が大きくざわついた。


 そんな事など知らずか、父上は酷く狼狽している。


「被ダメージ二倍などというハズレスキル持ちが、由緒ある我がエルバンス家に現れてしまっただと……!? い、いや!! そ、そんなはずはない!! もう一度アルベスのスキルを見極めるのだ!」


 父は怒鳴り散らしながら、神父に詰め寄った。


 しかし、帰ってくる答えに変わりはない。


「ほ、本当に被ダメージ二倍だけなのです……!! 嘘ではありません! ここは神の御前なのです! ここで語られることは、全て真実なのです!」


 神父の言葉に、父上は肩を落とした。誰もが押し黙る中、私は恐る恐る声をかける。


「ち、父上……」


 父上は私のために、神父様を疑うようなことまでした。きっと、私の事を大事に思っての事だ。


 ならば、例えハズレスキルでも、今まで家を継ぐために身に着けてきた知識も技術もある。

 それをもってして、ハズレスキルの穴を埋めよう。


 それが私に出来るせめてもの恩返しだ。


「……アルベスよ」


 父上は深いため息の後に私の名を呼ぶと、今度は私に詰め寄ってきた。


 ここで、私はこれまで以上に努力することを告げるのだ。喉を整えると、父上を見据えて口にする。


「残念ながら、私のスキルはハズレだったようです。ですが、今まで以上に努力し、エルバンス家の当主として──」

「当主だと!? どの口が言うか!! このハズレスキル持ちの無能が!!」

「ち、父上……?」


 今まで聞いたこともないような怒声に、私はすっかり言葉を失っていた。


「ハズレスキル持ちなど、我が家の末代までの恥だ!」

「そ、そんな……! そこまで、言われなくても……」


 厳格な父上の言葉ではなく、怒りに身を任せた罵倒をこの身に受け、身体に力が入らない。


 やがて冷や汗が噴き出してきて、視界が歪む。


 そうして眩暈を覚えていると、父上が指を突きさして告げた。


「この無能め! 貴様など、エルバンス家から追放だ!!」

「そ、そんな……」


 私の今までの研鑽の日々は何だったというのだ……?


 由緒ある貴族として、名に恥じない能力を身に着けてきた……


 それが、ハズレスキルというだけで追放? 今までの努力は、全て水の泡? 


 私は今まで……何のために……。


「汚らわしい! もはやエルバンス家の敷居もまたがせんぞ! エルバンス家にハズレスキル持ちの無能が少しでも居るなど、恥でしかないのだからな!!」


 父上の表情は、怒りで真っ赤になっていた。


 ああ、そうか。父上が私に厳しい教育を施していたのは、愛情から来るものではなかった。


 全てはエルバンス家のためだったのだ。


 こうして、衆目にさらされる中で、私はエルバンス家を追放されたのだった。




 ####




 あの後、私は屋敷に帰ることすら許されず、父上の乗る馬車に置いてけぼりにされた。


 教会のある街から屋敷のある領地まで、とても徒歩で向かうことなどできない。更に、路銀もなければ身を守る剣の一本もないので、私は途方に暮れてしまう。


「……せめて、持ち物を確認しなくては」


 未だ父上からの追放宣言のショックに苛まれながら、身に着けている物を確認する。


 貴族として体裁を保つ程度の装飾品や、防寒用の羽織っていたローブなどは、売ればある程度は路銀になるだろう。それで安物でもいいから旅装を整えなくてはならない。


 この手の事は、万が一にも家が没落したときの対処法として記憶にとどめていたのだが、まさか実用する日が来るとは思ってもみなかった。


 とにかく、ここは神託の教会があるだけの小さな街だ。売れる品を売り捌き、どこか大きな街――エルバンス家の御用商人が根城にしているという大きな街にでも行くべきだろう。


 誰も知り合いがいない街では、追放されたとはいえ元貴族の数少ない強みも生かせない。


 目的地と、そこまでの路銀を計算しながら身に着けている物を確認していたら、首から下げていた赤い宝石のネックレスに気づく。


 幼い頃、病弱だった母からもらった宝物だ。「いつかお母さんがいなくなってもあなたを守ってくれる魔法石よ」と言われ、これまでずっとお守りとして身に着けていた。


 こればかりは売れない。ネックレスはそのままに、売れそうな品をまとめて街の雑貨商に行くと、二束三文だが金にはなった。

 その金で旅装を整えなければならないのだが、私の追放はこの街で広まっているようで、とことん足元を見られながらの取引が続いた。


 結果、仰々しいだけの貴族の服装より、安物だが動きやすさと防寒性を持つ服装へ着替える。


 それと一振りの剣を手に入れたが、果たしてこんな装備で次の街まで辿り付けるのだろうか。

 ただでさえ街を出た道には魔物が潜んでいるというのに、今の私には「被ダメージ二倍」というスキルがついている。


 これがどんなスキルなのか具体的には知らないが、名前の通り、この身に受けるダメージが二倍になるというのは分かる。


 つまり、どんな弱い魔物の攻撃でも、致命傷になりかねないのだ。

 私には長年培ってきた剣術があるが、あくまで攻撃のために身に着けた。


 ある程度の自衛は出来るとはいえ、相手によっては逃げることも視野に入れなくてはならない。


 そう思いながら、警戒を常に張り巡らせ街を出た。だんだんと日差しの落ちる人気の少ない道を一人で行くというのには、思っていた何倍も心細く、追放に関する事や、次の街についたとてどうやって生きていけばいいのかといった不安に押しつぶされそうになる。


 そんな心の弱さからか不用心になっていた。ハッと気づくと、私の周囲に強大な魔物の気配がした。


「ど、どこからだ!」


 剣を抜いて辺りを警戒すると、頭上より咆哮が木霊する。


 即座に見れば、道沿いの崖の上に私の数倍はあるオーガがこちらを見下ろしていた。


 オーガは崖の上から目の前に飛び降りてくると、真っ赤な瞳で私を睨む。


 冒険者が数人がかりで倒す強敵を前に、私は絶望を心に抱きつつも、自分が逃げれば教会のある町が襲われると、自らを鼓舞して剣を構えた。


 知識としてなら、オーガの弱点は知っている。関節部に斬撃を加えれば、動きが非常に鈍る。


 その間に次の街へ辿り付き、冒険者ギルドにオーガの出現を知らせれば、教会のある街を守ることが出来る。


 そのためにも、せめて斬撃を加えなければならないのだが、私に魔物との実戦経験などない。知識があるだけで、まだスキルも分かっていない貴族の身では魔物と戦うなど不可能だった。


 どうすれば、関節部へ斬撃を繰り出せるのか。近づけばいいのだろうか? だがどうやって? そもそも、今の私には被ダメージ二倍のスキルが付いており、オーガのはち切れんばかりの筋肉から繰り出される攻撃を喰らえば、耐えられるとは思えなかった。


 なんて、戦場でゴチャゴチャと考えていること自体が間違いだと言わんばかりに、オーガはその巨体から想像もつかない速さで距離を詰めると、その剛腕を横殴りに繰り出した。


 咄嗟に剣でガードしたが、バラバラに砕け、よりにもよって被ダメージ二倍の体が剛腕により吹き飛ばされる。


 熟練の冒険者ですら直撃は危険とされる一撃が、被ダメージ二倍により尋常ではない威力となって体を襲う。


 まるで体中の骨が砕けるような衝撃の後、崖に叩きつけられた。


 吐血し、地面にゴミのように転がると、どうしようもないとだけ分かる。


 こんな化け物を相手に、ハズレスキル持ちの私が勝てるはずないと。


 だが、妙だ。これだけの攻撃を受け、なぜ私は生きているのだろう?  二倍のダメージを受け、とうに死んでいるはずだろうに、頭も動くし、心臓も止まっていない。


 そんな時だ。私の頭の中に声が響いたのは。


『被ダメージ二倍による累積ダメージが規定量を突破しました。エクストラスキル『カウンター』を付与します』


 エクストラスキル? カウンター? なんのことだ? 


 こんな死の間際になって、今更なんだというのだ。


 やはりおかしい。あれだけの攻撃を受け、ロクな防具もないのに生きているのは、おかしいのだ。


 そう、生きているのを不思議に思っていると、胸のネックレスが赤く光り輝いた。

 同時に、今度は懐かしい母の声がする。


「愛しのアルベス、聞こえますか? これは魔法石に込めた、先に逝ってしまう私からの贈り物です」

「は、母上……」


 もう十年以上前に亡くなった母上の言葉に、私はなんとかその名を呼ぶ。


「このメッセージが聞こえているということは、ずっと大切に身に着けていたのですね。ですが、これが聞こえるということは、命の危険に晒されているということでしょう。ですが安心なさい、あなたがとても傷ついた時、この宝石はあなたにほんの僅かな命を必ず残すように魔術を施してあります」


 ほんの僅かな命と聞き、今の状態がまさにそれだと理解する。


 歯を食いしばって体中に力を籠めれば、立ち上がることもできた。


 だが、これでどうするというのだ。未だオーガは健在であり、私には剣の一本もない。


 ただ、先ほどから母上の声に重なるよう、『カウンターを使用しますか?』と聞こえてくる。


 もう何が何やら訳が分からなかったが、私は迫りくるオーガを前に、途切れそうな声で口にする。


「カウンターを発動する……」


 すると、体に強化魔術によく似たエフェクトがかかった。なんだか分からずに立ち尽くしていると、オーガの拳が迫り……


「あ、れ……?」


 拳がこの体に触れた瞬間、オーガの方が吹き飛ばされていた。崖に激突し、一撃で絶命したようで、立ち上がるそぶりも見せない。


 何が起こったのか。朦朧とする頭で考えれば、カウンターと被ダメージ二倍、それと母上の施してくれたほんの僅かな命が繋がったように思えた。


 二倍のダメージをこの身に受けたが、母上の加護によりほんの僅かに生き残り、そのお陰でエクストラスキルとやらのカウンターによりオーガを倒した。


 そう理解するも、死にかけているのに変わりはない。せめてオーガだけでも倒せ、街を守れたのだと思いながら、意識を失った。




 ####




 オーガを倒して意識を失った時、緊急でオーガを追いかけてきた冒険者パーティーがいた。

 私が最後のカウンターを発動させる瞬間に居合わせたらしく、あのオーガを一撃で倒した私を、心底気に入ったようだ。


 その冒険者たちから、パーティーに加わらないかと聞かれた。これからは冒険者として生きていかないかと。


 私は、剣術の心得があるとはいえ、ハズレスキルの被ダメージ二倍持ちだ。そのハズレスキルが奇跡のような組み合わせによってとてつもない攻撃力を生み出しているが、正直何度も使いたい戦法ではない。


 だからこれは切り札として取っておく。あくまで私は貴族として人をまとめるための知識を持つ冒険者になるのだ。


 まぁ、おそらく何度もカウンターを使う羽目になるのだろうが、もはやこれしか生きる道がないので割り切るしかないのだった。



####

【作者からのお願い】

最後までお読みいただきありがとうございました! 現在この作品の連載版を執筆中です!


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