第二章

第24話 少しずつ、手をつなぎあっていこう

(あらすじ)

柚月弥隼みはやは、ある過去の事件をきっかけに性転換刑を受けた元男子中学生。性別が変わった後は吉田以外に味方はいなかったが、そんな現状を打破すべくクラスメイトの水上と友達になろうと試みる。水上から性転換刑に至った理由を問われた弥隼は、吉田立ち合いのもと、つらい過去やその経緯をすべて打ち明けた。


◆◆◆



水上も吉田もずっと、心配そうな顔で弥隼の話を聞いてくれていた。水上は黙って相槌をうちながら、吉田は時折「えー」「なんで?」などと素直に驚きながら聞いていた。


「それで結局警察沙汰になって、虚偽の証拠も綿密に仕込まれてたから、この通り手術を受けることになっちゃったんだよ。でも今は、割と立ち直ったつもり。いろいろあったけど大事な人と決別するのは二回目だから、正直慣れてたんだ。もともと他人に過度な期待をしてなかったし、元の無情な自分に戻っただけだよ」


弥隼は椅子にしゅんと座り込んで、やや自嘲気味に笑った。


「そんなことがあったの、知らなかったや」吉田はいつになく神妙な顔で座り込み、「いや、冤罪だってのは聞いてたけどさ……柚月も柚月で、大変だったんだね」と言った。


「……あんまり思い出したくなかったからな。記憶の引き出しの一番奥にしまいこんで、いつもは封印してるんだ」


「無理に引き出させちゃって、わたし悪いことしちゃったかな」水上が言った。


「いやいや、いいんだよ。確かにあの事件のことを時々思い出すとすごく嫌な気持ちになる。でもこうやって聞いてもらえて心が整理できたよ。ここで話せて、ちゃんと向き合えてよかった。もう済んだ話だから、そんなに心配しなくていいよ。俺はもう、冤罪をくつがえそうだとかは考えてない。きっと無理だし、時間もかかっちゃうから。それよりも今の自分の体のこと受け入れて、前に進んでくほうが大事だって思うんだ」


弥隼が言うと、二人の聞き手はしみじみと、安心したように薄笑いを浮かべた。


「でも柚月ってば、そんなことがあっても立ち直って、学校に来ててえらいね」吉田が言った。


「吉田くんのおかげなんじゃないかな」水上はそう返した。


「え?僕のおかげなの?」吉田はきょとんとして目を丸くし、自分を指差した。


「柚月くんが手術明けはじめて教室に来た時、心をがっちりふさぎこんでたように見えたよ。そりゃあ、あんな体験をしたなら話しかけてくる人が信用できなくなるのは当然だよね。でもそこに、鉄壁の防御をすり抜ける不思議なキャラの吉田くんがやってきたの。そんな吉田くんが柚月くんを孤独の沼から引っ張り出したんだと思うな」


水上は凛とした姿勢を保ったまま、言った。


(結構俺のこと、見てんだなぁ……)


弥隼は目を合わせるのがなんだか恥ずかしくなってふたりから少しだけ視線を逸らし、頭を掻いた。


「柚月、もしかして僕って、結構すごいことしてた?」


吉田は弥隼のスカートの裾をリズミカルに叩きながら、得意げに笑いだす。


「チョーシ乗るなっ」


「あいてっ」


吉田の手の甲をデコピンすると、彼は大げさに痛がってむすっとした顔になる。


「吉田を信用したのは、バカだから俺を騙したりできないっていう安心感のおかげでもあるからな」


「もー、余計なひとこと言うなっ。これでもねぎらってあげようと思ってるんだよ?」


弥隼のスカートに手を置いた吉田が、どんどん上目遣いになっていく。


「そーだ!女装して、元気づけてあげよっか?」


「なんで急に女装の話になるのかわからん」


「目の保養になってうれしいじゃん?」


「自分の容姿に対する謎の自信はなんなんだ」


「でも、昨日だって柚月はかわいいと思ってくれたでしょ?」


「……そんなこと、ヒトコトも言ってないが」


「でも、顔に出てた!」


いつも通り、猫と犬のような間柄の会話をする弥隼と吉田。じゃれあいを求めるように投げられた言葉を、弥隼は冷静に投げ返し続ける。


「吉田くんって、女装するの?」水上はふたりの会話に割って入り、興味津々そうに聞いた。


「するよ!女子用の制服とウィッグ、ママに買ってもらったの!」


「ふーん、それはたしかに目の保養になりそうだねぇ」


水上が言うと、吉田は自分の鞄からウィッグの入った袋を自慢げに取り出す。黒いロングのウィッグは絹のようになめらかな質感をまとっている。


「ところでそのウィッグ、柚月くんにも似合いそうだと思わない?」


水上はどこか悪戯っぽく、にこりと微笑んだ。


「……へ?」


……まさか、俺が女装する流れになってる?いや、すでに女だし、制服も女子なんだけど……でも俺はまだ短髪のままだから、あんまり女っぽい見た目じゃなかった。でも、ウィッグまで被ったら……本当に女子そのものになってしまう。


「きっと似合うね」


「うん。柚月くん、これから女の子としてやっていきたいんでしょ?」


なぜか二人で勝手に話を進められ、拒否できない空気が流れている。弥隼は顔を引きつらせながら、頬を朱くした。


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