第4話 虫を食べる少女④(解決編)
学校の校舎裏に木田睦美を連れてきた。すでに放課後になっていて、帰り際に引き留められたことで苛立っているように見えた。
「柊さん、今度は何の用なの? 噂についてはさっき話したでしょ。私には関係ないって」
詰め寄ろうとする木田を押し留めて、僕は変装を解いた。
「なっ、あんた誰よ!」
「僕が唯花だよ、今日はね。でも、この姿だと初めましてかな。出雲翼、探偵だよ」
探偵という言葉に反応して彼女の表情が歪む。どうやら、なぜ呼び出したのか察したようだ。
「虫を食べる少女の噂、仕組んだのは君だよね?」
「さっきも言ったけど、私は梨花の愚痴を言っただけよ」
「確かに君は愚痴を言っただけだね。それだけを見れば、あんな噂が流れるはずがない。でも、その噂が流れてしまった。なぜか?」
「それで……どう考えても私は関係ないじゃない!」
彼女は予想通り関与を否定した。しかし、僕がたどり着いた真相について心当たりがあるようで、微かに唇が怒りとは違った形で震えているのが見て取れた。
「君の愚痴だけ見ればそうだね。でも、その前に流れていた噂があったとしたら話は別だよ。僕は最初から不思議だったんだよね。あの噂には少女が誰か特定していないのに、すぐに少女が梨花だと広まってしまったことにね!」
梨花を結びつけるには、例の噂だけでは足りない。噂を彼女を結びつけるための何かが必要なんだ。それを彼女に告げると黙ったまま俯いた。緊張のせいか手足まで震えていた。
「それは何か。その前に花沢さんは梨花が隠れて買い食いをしている噂を流していたんじゃないかな? 君はそれを聞いて、今回の計画を思いついたんだ。そのためにあえて花沢さんに愚痴を言ったんだ。買い食いの噂が風化する前にね」
「それは――」
彼女は俯いたまま反論しようとする。しかし、僕はそれを遮って話を続けた。
「ありえない、って言いたいんだろうけど無駄だね。不可能なものを取り除いていった結果が、どれほどあり得ないように見えても、それは真実なんだよ。君が梨花を陥れるための噂を作るために愚痴を言ったのは間違いない」
僕が彼女を指差すと、彼女は俯いたまま笑い声をあげる。そして、顔を上げた彼女の表情は狂気に歪んでいた。
「あはははは。私から何もかもを奪っていた梨花。梨花さえいなければ、勉強も修平君も私のものだったのに! 妬ましい、妬ましい、妬ましい! あはははは」
狂気に囚われた彼女の足元から影が浮かび上がり彼女を覆い尽くす。そして、黒い狩人のような姿となり、僕たちを睨みつけてきた。
「こんなガキどもに真相を突き止められるとはな。俺の名は魔神バルバトス。だが、これ真相を暴いたくらいでいい気に――」
「なる訳ないでしょ」
タァーーン。
銃声が鳴り響き、バルバトスの身体を銃弾が貫――。否、貫くことなく、彼の手の中に収まっていた。
「そ、そんな!」
「くくく。狩人である俺に狙撃など効かぬわ!」
勝ち誇った笑みを浮かべ、向き直ったバルバトスを睨みつける。しかし、唯花ですら勝てない相手である。いくら計算しても僕に勝てる可能性はゼロだった。
しかし次の瞬間、バルバトスから驚いたような声が上がった。
「な、バカな!」
目を凝らすと、バルバトスの眉間、喉、心臓、腹、腰の五か所に風穴が開いていた。
「私の七発の魔弾は六発までは狙いを外さないの。たった一発止めたくらいでいい気にならないことね」
バルバトスの背後から唯花が姿を現わした。一方、致命傷を負ったバルバトスは、すでに身体の半分くらいが消滅していた。
「くそっ、だが俺は端末の一つに過ぎない! いずれ本体がお前たちを……」
バルバトスは捨て台詞を言い終える間もなく、塵となり消えていった。
「翼ちゃん! どうだった? さっきのカッコよくない?」
「最悪だよ。もったいぶらないで、さっさと仕留めてよね!」
「えええ、あれはタイミングずらす必要があったんだよ。バレてて警戒されてたからね。現に一発目は止められちゃったでしょ」
唯花は肩をすくめながら、呆れたように言った。
「そういうことなら仕方ないけど……。ああもう……。僕は帰るから、唯花は彼女を送り届けてあげてね」
僕は探偵事務所へと歩き出す。唯花は木田を担ぎ上げて、「待ってよぉー」と言いながら僕に付いてくるのだった。
翌日、僕はケーキの箱を手に彼女の家を訪れた。時間的に母親もいるはずだ。
インターフォンを鳴らすと、前と同じように母親が現れた。
「……上がってちょうだい」
素直に上げてくれたのは梨花の説得のおかげだろう。すんなりと部屋に通された。
「こちらケーキです。三人分ありますので、出していただけますか?」
「わぁ、ありがとう! 翼ちゃん!」
母親によってケーキとお茶が全員に行きわたった頃合いで、僕は事件の解決を報告する。
「噂を流した犯人については特定して、噂については徐々に収束するでしょう。ですが、犯人をあなた方にお伝えすることは、申し訳ありませんができません」
「何でですか! 梨花がこんなに苦しんでいたんですよ……」
「お母さん……」
僕が犯人を教えられないことを伝えると、母親が激昂して睨みつけてくる。一方の梨花は母親の想いを知って嬉しそうにしながらも、僕を心配そうに見つめてくる。
「それは、噂の原因の一つがお母さん、あなただからです」
「どういうことですか?! 私が何をしたって言うんですか!」
「何もしなかったから、ですよ。梨花さんの買い食いについて知りながらね」
「えっ、お母さん……」
梨花は、母親の顔を見ながら愕然としていた。彼女は気付いていなかったのだから無理もない話だ。
「梨花さんは毎日夜遅くまでお腹を空かせていたんです。怒られるからと、隣の晩御飯も断るしかなかった。けれど、あなたは仕事を理由に放置していた。耐えきれなくなった梨花さんは家にあったお金で買い食いをしたんです」
梨花は自分の行為に後ろめたさを感じて俯いてしまった。
「ですが、定期的にお金が減っていれば気付かないわけがありません。減り方を見れば、誰でも梨花さんが犯人だとわかります。ですが、梨花さんに対しての負い目から見て見ぬふりをしたんです。そうですよね?」
「そうですよ。でも、それが噂と何の関係があるんですか!」
母親は僕の質問に対して、当たり散らすように答えた。
「ありますよ。梨花さんは買った食べ物を帰る途中で食べていたんですから。家で食べていたら、見つかって怒られるかもしれませんからね」
「「……」」
「もちろん、下校時の買い食いも校則違反です。ですから、道端で隠れるように食べていたんですよね。――しかし、それを花沢さんが見ていたんです」
「……そんな!」
二人とも途中まで俯いて僕の話を聞いていたが、梨花は驚いて顔を上げた。
「ですが、隠れるように食べていたので、彼女は何を食べているかは知らないようでした。それが例の噂につながったんです」
どうやら、お互いの至らない所については理解できたようなので、僕は退散することにした。
「それでは、この辺でお暇しますね」
「あの……。ありがとうございます!」
僕が立ち去ろうとすると、梨花がお礼を言ってきた。振り返ると母親の方も梨花の頭を撫でながらお辞儀をしてきた。
もう、この二人は大丈夫だろう。僕は微笑みかけると、そのまま彼女の家を後にした。
----------------------
お読みくださいましてありがとうございます。
カクヨムコンには長編でも参加しております。
よろしかったら、こちらも応援をお願いします。
夢幻禁書庫の司書探偵~TS少女たちの奇妙な事件簿~ ケロ王 @naonaox1126
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます