第3話 虫を食べる少女③
翌日、僕は唯花に変装して学校にやってきた。
「唯花、おはよう!」
「ああ、おはよう。今日も天気いいね」
「えっ、唯花がまともにあいさつ返した?!」
「これは槍でも降るんじゃない?」
いつものように普通にあいさつを返してしまった。人見知りの唯花は、おそらく普段はあいさつも返していないのだろう。
「これは、あとで唯花に文句言われるな……」
少しだけ気が重くなるが、今日の僕にはそんな余裕がない。とりあえずは最初に目に付いた田中修平に話を聞くことにした。
「ねえねえ、修平君。ちょっと話をしたいんだけど、校舎裏まで来てくれない?」
「えっ、唯花?! 校舎裏って……」
突如として挙動不審になる彼を引っ張って校舎裏まで連れてきた。だが、どうにも緊張しているようだ。おそらく噂に関わっている後ろ暗さから警戒しているのだろう。彼の動きを警戒しながら聞き込みを開始する。
「梨花の噂って知っているよね。修平君が噂を流したんじゃないかって、梨花が言っていたんだけど」
「えっ、告白じゃないの?」
「いや、違うけど」
告白じゃないと言った途端、彼の緊張が一気に解けた。梨花と親しいくせに、浮気者め。
「マジかよ、期待して損した……。それはそうと、梨花と話ししたのかよ!」
「ええ、彼女の家に行って話をしてきたわ。それで彼女がそう言っていたのよ」
しかし、僕が梨花と話したことに気付いて問い詰めてきたので、ありのままを話したところ、自分が疑われていることにショックを受けて落ち込んだ。
「確信があるわけじゃないよ。だから代わりに話を聞いているんだ」
「噂については知らねーぞ。虫の話も二人だけの秘密だからな……。でも、木田のヤツなら知ってるかも」
ここで木田の話が出てきたことに驚きつつも、詳しく話を聞くことにした。
「木田? 木田睦美さんのこと?」
「幼馴染らしいからな。俺はあいつのことが好きじゃないんだが」
「どうして?」
「あいつが俺を見る目が怖いんだよな。梨花のことを睨んでいることもあるし……。嫌いになるに決まってるだろ」
どうやら、梨花から聞いていた話とはだいぶ違うようだ。
「わかった、ありがとうね」
「おう、それじゃあな。俺は噂なんか気にしねーって梨花に伝えてくれよ」
田中と別れると、今度は花沢に声を掛けて、校舎裏へと引きずり込む。田中とは違って、少し怯えているように見えた。
「そ、それで、こんな所で、何を……」
「噂について、梨花から花沢さんが流したんじゃないかって聞いたんだ」
尋ねると深々と頭を下げて謝ってきた。
「ごめんなさい、木田さんから噂を聞いて、面白半分に話しましたの。黒部さんのことだと気付いていたのに……」
噂を広めたのは彼女で間違いないようだ。しかし、おおもとは幼馴染の木田らしい。どうやら、木田が犯人の最有力候補になりそうだ。
「でも、何で噂が梨花さんだと気付いたんですか?」
「彼女、頻繁に下校時に買い食いをしているようでして、時々、道端でうずくまって何かを食べているんですの。校則違反なのですが、あまりにも鬼気迫る様子だったので遠巻きにみるだけでしたが……。もちろん、何を食べているかは見ていないので分からなかったのですが……。それが虫だったのかと、納得した記憶がありますわ」
花沢さんは、どうやら彼女が買い食いをしている現場を見てしまったらしい。おそらく噂が彼女とつながったのは、これが原因だろう。
「ありがとう、それじゃあ僕は戻るから」
「あ、私も戻りますわ!」
花沢と教室に戻った僕は最後の一人、木田睦美を校舎裏に連れてきた。
「何の用かしら。私も暇じゃないんだけど……」
「噂なんだけど、花沢さんが木田さんから聞いたって……」
「マジで? あの噂の話なんてしていないわ!」
花沢は木田から聞いたと言ってたけど、木田は言っていないという。しかも、どちらも嘘はついていないようだ。
どういうことだ……?
僕が戸惑っていると、木田はさらに話を続けてきた。
「梨花が捕まえた虫を持って見せてくるので困る、っていうのを愚痴ったことがあるだけよ! あんな噂の話を花沢さんにしたことなんて無いわ」
変装までして学校までやってきたけど、結局、誰が犯人かはわからなかった。気落ちしながら帰ろうとした時、下校途中の生徒の話声が聞こえてきた。
「虫を食べる少女の噂って知ってるか?」
「知ってるも何も……。それって黒部のことなんだろ?」
「そう言えば、なんで噂の少女が黒部になってるんだ?」
「少し前に噂になってたじゃん。買い食いしてるって噂」
「ああ、実は買い食いじゃなくて虫を食っていたってことか?」
「たぶんな」
その話を聞いて、僕の中でバラバラだったピースが一つにまとまり始める。間違いなく、犯人はあの人だ。
僕はすぐに学校の敷地から出ると、唯花に合図を送る。
「どうしたの? まさか犯人が分かったとか?」
「そのまさかだよ。唯花は犯人を呼び出し――いや、僕が呼び出すから、校舎裏で待っててもらえるかな?」
僕のお願いに唯花は笑顔でサムズアップした。
「了解!
唯花の右手に一冊の本が現れた。
「愛と勇気の物語。魔弾の射手マックス。今ここに!」
本から飛び出した文字が彼女を包み、茶色いブラウスと紺色のスカート、そして緑色のハンティングキャップとケープ姿になる。そして右手には狙撃銃が現れた。
「それじゃあ、よろしくね」
僕は唯花の姿のまま、犯人を呼びに行くことにした。
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