第2話 虫を食べる少女②
「よし、潜入開始だ!」
夜になって母親が出掛けるのを見送った後、ポーチから万能ピッキングツールを取り出す。玄関の鍵を難なく開けると、家の中に忍び込んで彼女の部屋の前に行き、扉をノックする。
「誰ッ?!」
「探偵の出雲翼と言います。あなたの噂を聞いて話を聞きに来ました」
部屋のドアの向こうから憔悴した声が聞こえてくる。その声に応えるように、事情を説明した。
「どうせ、あなたも私のことを嘘つきだと言って、化け物を見るような目で見るつもりなんでしょ?」
「いいえ、僕はあなたの味方で――」
「そんなの信じられるわけないじゃない!」
涙声で彼女は僕を糾弾する。このまま不審者として警察を呼ばれたりしたらマズいので、力を使って説得を試みることにした。
「僕はあなたが嘘を言っているか分かるんです! それを証明します!」
「何をするつもりなの?」
彼女が僕の話に食い付いてきた。あとはこのまま押し切るだけだ。
「僕が質問をしますので、『はい』か『いいえ』で答えてください。それが嘘か見破って見ましょう。いきますよ――あなたは小学生ですか?」
「そうですけど……」
「それは真実ですね」
「……そんなの知ってるでしょ! 揶揄うつもりなら帰ってよ!」
ちゃんと真実だと言ったのに、彼女はなぜか怒りだしてしまった。
「ああっ、ちょっと待ってください。もう一つだけ!」
「何ですか? さっきみたいなくだらない質問だったらお断りです!」
「いえいえ、あなたは実は昆虫学者になりたいと思っていますね」
「……いいえ」
「嘘ですね」
「……」
僕が嘘を見破ると、しばらくの間、沈黙が訪れる。そして、ゆっくりと部屋の扉が開いた。
「……どうして知ってるのよ!」
「嘘が分かるんですよ。だから僕なら信じることができるんですよ。話してくれますね?」
伏し目がちの彼女を、僕は肯定するでも否定するでもなく見守っていた。しかし、決心がついたようで、ゆっくりと話し始めた。
「知っているかと思いますが、虫の生態を調べるのが好きなんです。それで……学校や、その行き帰りに、虫たちの様子を観察することがあるんです。でも……、だからって食べたりはしていません!」
「うん、分かっているよ」
僕が頷きながら聞いていると、次第に彼女の表情から緊張が消えていく。
「噂なんですけど、流した可能性のある人に三人ほど心当たりはあるんです」
彼女は僕の目をまっすぐ見つめながら、そう言った。おそらく全員が親しい人間なのだろう。少しだけ、彼女の瞳が揺れていた。
「それじゃあ、一人ずつ教えてくれるかな?」
僕が促すと、口を引き結びながらゆっくりとうなずいた。
「まず一人目は、むっちゃん。
一人目は幼馴染か……。お互い良く知っている、というけど、長い付き合いだと補正がかかることも多いだろうし、意外と本命かもしれない。何より、それだけ親密であれば、彼女の情報を手に入れるのも容易だろう。
「それから修平君。
二人目は趣味の友人、といった所か。彼女には恋愛感情的なものは無いようだけど、相手はどうか分からないな。何よりも気を引くためであったり、彼女にたかる虫を排除するために悪い噂を流すという可能性も無きにしもあらずだ。
「あとは親しいわけじゃないんですけど花沢さん。
三人目はクラスの噂好きか……。こういう人はあることないこと噂として流す可能性があるからな……。犯人の可能性は高くないが、関係している可能性は高いとみるべきだろう。
「噂を流した犯人は三人のうちの誰かってこと?」
「はい、その三人以外は考えにくいと思います。あまり関わりもありませんし……」
彼女の見解には、僕も全面的に同意であった。あまりにも彼女の事情に近すぎる。
「この世に偶然など存在しない、か……。わかった、こちらで調査を進めるよ。次に来るときまでにお母さんを説得してもらえないかな?」
「うん、分かった」
「それじゃ、次に来るときはケーキでも買ってくるよ」
「ありがとう! それじゃあ、またね!」
僕が家から出ると先ほどまで家を監視していた唯花が僕の方に歩いてきた。
「よく説得できましたね。まさか翼ちゃんに嘘を見破る力があるなんて……」
「簡単な話だよ、唯花。あの噂は最初から彼女のためのものだった。だから、彼女と虫は何かしらの関係があるのは分かっていたんだ」
もちろん最初に答えが明らかな質問をした後に、核心をつくような質問をして反応を見るのも策略ではあるんだけど。
「まったく、相変わらずなんだから……」
「まあまあ。それより、学校に行くから。唯花として」
「了解。じゃあ、荷物だけ準備しとくけど、変なことしないでよね」
そう言って、僕は明日の準備のために探偵事務所へと戻ることにした。
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夢幻禁書庫の司書探偵~TS少女たちの奇妙な事件簿~ ケロ王 @naonaox1126
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