夢幻禁書庫の司書探偵~TS少女たちの奇妙な事件簿~

ケロ王

第1話 虫を食べる少女①

 バリバリ、ムシャムシャ……。日が落ちて夕暮れになった道端で、何かを食べる音が辺りに響いていた。通りかかった少年が音のする方に目を凝らすと、近くにある林の陰に、一人でうずくまっている少女の姿があった。


 彼女の周囲には夥しい数の虫、その死骸がバラバラになって落ちていた。しかし、それに気付かない少年は、少女の様子を伺おうと遠巻きに回り込んだ。周囲に人通りはなく、暗くなりつつある世界で二人だけしかいないかのように錯覚させる。


 回り込んだ少年は、その光景に目を見開いた。少女の左手にクモやムカデやゴキブリ、トンボにカマキリ、コオロギ、バッタといった様々な種類の虫が握られているのが目に入ってきたからだ。


 目を逸らしたいという衝動と少女の行動に目を凝らすと、それらは辛うじて生きているらしく、ピクピクとほんの微かに蠢いていた。


 少女は目の前に立つ少年を気にする様子もなく、左手に握られた虫の中から、右手で一匹をつまむと、ためらうことなく口の中へと放り込んだ。しばらくの間、バリバリ、ムシャムシャと咀嚼して、ゴクリと喉を鳴らして呑み込んだ。


 そうして少年に気付いたのかニッコリと微笑んだ。


「君も食べる?」


 ◇◇◇


「翼ちゃん、虫を手づかみで食べる少女の噂は知ってますか?」


 都内某所にあるアカシャ探偵事務所、そこで食事中に同僚の柊唯花ひいらぎゆいかに『虫を食べる少女』の噂を聞かされた。短く整えられた黒髪をなびかせ、藍色の瞳を輝かせていた。


「知らないよ。そもそも僕は食事中なんだけど!」

「まあまあ、いいじゃないですか。久しぶりに『魔神』絡みの仕事になりそうですよ!」


 『魔神』とは、『夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ』から持ち出された禁書から解放された存在である。僕たちは様々な事情から『夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ』の力を欲した。その代償の一つが魔神を封印する使命を課されること、もう一つが『依代』となる少女の身体になることだ。


「それで、その話を何で僕に持ってきたわけ?」

「それは……。捜査とか苦手だからに決まってるじゃないですか!」


 唯花は近くにいる僕に向かって大声で叫んだ。彼女のキンキン声で耳が痛い。


「冗談だって。要するに僕の聞き込みや推理が必要ってことでしょ?」


 魔神は人に取りついて悪意を増幅させる。そこから解放するためには、悪意による罪を暴く必要があり、それに最も有効なのが推理だ。


「元高校生探偵の出雲翼いずもつばさちゃんだったら、パパっと解決できるでしょ!」

「分かったって。でも、ちゃんとサポートはしてよね」

「もちろんですよ。これも役割分担ってことですからね! バッチリ、監視しときます!」

「やり過ぎるとストーカーっぽくなるから程々にね。――夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ開架オープン!」


 合言葉と共に、光り輝くの本が右手の上に現れた。


「真実と勇気の物語、名探偵シャーロック・ホームズ。今ここに!」


 本が自動的に開いて、本の中に刻まれた文字が飛び出してくる。それは僕を取り囲むと、赤いハンチング帽と緑のトレンチコートという異界禁書の依代としての姿に変わった。腰には探偵秘密道具が入ったポーチが装着されている。


「さあ、ゲームの始まりだ!」


 早速、噂の張本人に話を聞くために『虫を食べる少女』である黒部梨花くろべりかの家へと向かった。しかし、そこに待ち受けていたのは、彼女の母親である黒部佳子くろべよしこだった。


「娘は誰にも会いません。すぐに帰って!」

「あ、いや、僕は探偵なんです!」


 母親は顔を歪ませて叫び声を上げながら追い出そうとしてくる。僕も自分が探偵であると説明しようとするが、少女の外見では説得力が無いようだった。しかたなく、腰に下げたポーチからパイプを取り出して口にくわえた。


「ふむ、あなたの肩の張り具合と目元のクマ、どうやらあなたはろくに睡眠もとれず疲弊しているようだ。それは面白半分で噂について嗅ぎまわる連中のせいですね?」

「ええ、そうですよ! あなたみたいなね! だから帰ってください!」


 完璧とも言える観察眼で探偵であることを証明したはずだが、なぜか怒らせる結果になってしまった。その勢いのまま、家から追い出されてしまう。ヤレヤレと思って頭をかいていると、スマホに唯花からメッセージが入ってきた。


『まじめにやって』


 酷い言われようだ。唯花だったら、何も話せずに追い出されていただろうに。だけど、追い返されることなんて日常茶飯事なので、これも想定の範囲内だ。


 隣の家に出向いてインターフォンを押す。しばらくすると六十歳くらいのおばあさんが顔を出した。


「あら? 見かけない顔ね」

「えっと、僕はアカシャ探偵事務所の出雲という者です。お隣の黒部さんについて少し話を伺いたいのですが……」


 そう訊ねると、彼女は花が開いたような笑顔になって話し始めた。


「あら、そうなの? 黒部さんなんだけど……。少し前に母親が離婚したらしいわよ。それで女手一つで、娘さんも年頃でってことで、だいぶ大変みたいらしくてね。朝から晩まで働いているらしいわよ」


 なるほど、疲れているのは働いているからか……。しかし、昼間なのに家にいるけど……。


「正直、娘さんにもあんまり関われないみたいで……。可哀そうに思って、何回かうちで晩御飯を食べさせようとしたんですけど、お母さんが怒るからって……」


 先ほど訪問した時の様子とはかけ離れた話なので、僕はおばあさんの妄想じゃないのかと疑い始めていた。


「でも、娘さん。引きこもっちゃったでしょう? それで母親も仕事を夜の仕事に替えたみたいで……」


 これが聞きたかったんだよ……。おばあさんの話、前置きが長すぎるよ!


 その後も延々と話し続けるおばあさんを止めることができず、二時間ほど付き合わされることになってしまった。すでに日は傾きかけている。だが、夜になれば母親はいなくなるはずなので、それまで待つことにした。

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