第2話 久方振りと自己紹介

 命乞い。その後、数分と経たないうちにあの男は去っていった。宣言通りに机の上に精算済みのレシートを残して。突然の訪問とその内容にいたたまれなくなった僕は、まだ冷め切らないコーヒーを飲みきってそのまま店を後にした。あの人を見て、思い返しているうちに苦味も飛んでしまったみたいだ。あの子に対する隠し事が僕にあるという事も思い出して。



「さて、どうしたものか…」



命乞いと言われても。医者でも殺し屋でもあるまいし、はたまた魔法使いでも霊媒師でもあるまいし。勝手が分からないとかそういうものじゃない。高校生に何を求めているのだか。

命乞い、そうとなれば命を求めている、というのは理解できる。どうと動けば、ことが進むのか、これが今の大問題。断る理由なんて無い、そんな格好いい言葉では済ませない、済ませられないこの様である。人助けの為に誰でもいいからと助けを求めた結果だ。誰でもいい、これは、やはり正しい言葉だったのだろうか。


求めること、それ以上を僕達に与えてくれたからには恩を返すのが道理というものだろうけれど。足掛かりもなく、乗る船があるものだろうか。それでも僕はやってしまう。


ここは、やはり会うべきだろう。

あの子に。


昨年の5月。ゴールデンウィーク、

僕なんかが、助けたなんて言えるほどでもないのだが。


さて、向かおう。


僕は暇人なんだから人助けくらいはしないと。

善人を目指しているわけではないが、

恩の定価販売もしていないが、


行き先は、さんざんお世話になった

古いアパートの一室。管理人室の中にあるもう一つの部屋。これは、恩返しの物語となるのだろうか。それとも、贖罪の物語となるのだろうか。その両方か。


相変わらずの街並み。そりゃそうなんだけど。

いつも通ってる道だし、工事も無いから当たり前なのだが。何より通学路に変化が起きないというのはありがたいようでどこか物足りない気がする。


そんな僕は春先も過ぎて、暖かみの強くなってきた太陽の下を歩いている。いかにも高そうな家の庭ではバラの花が咲いている。


バラの家の角を曲がって、行き着いた先。

紛うことなき目的地。おそらく今日も管理人室で寝こけているであろう、あの子の部屋だ。

ドアを開いて、ドアを閉めて奥の本棚から本を取り出し、パスワードを打ち込み、内側から玄関のドアを再び開けて、靴箱の前に立つ。


設定ガバガバな僕らの隠し部屋(?)

玄関が開いたままでないといけない

秘密基地だ。初めは心底引いたが、今となっては案外慣れてしまっている。平和ボケである。

管理人室のドアが空いていたところで、入ってくるのは間違いなく犯罪者なのだが、アパートと一概に言っても別に今となっては入居者がいるわけではない。個人情報も金も存在しない。どこから金が湧いてくるのか分からない管理人室。古いアパートというのは見ていて分かるが、維持費というものもあるだろう。


そんなアパートの地下に存在する秘密基地。

「あ、こんちは〜!」


「元気だな」


「あったりまえじゃん。すごいものあるから。是非見てってよ。」


早速での本題にはまだ入れなさそうだ。


「すごいものって?」


「全方位分度器。全ての方向に360°測れる分度器だよ。」


何だその技術力。あとそれ

「ほぼ球じゃん」


「その通り。球の表面が全部目盛りってきもいでしょ。」


「自覚あるのかよ、あとなんだその無駄な技術力。」


「無駄な技術力、それこそ私。まあ私が作ったんじゃないんだけど。」



「ならそれは君の技術力じゃない」


「バレてしまったら仕方ない。

     こうなったら…」



「どうしよっかな〜迷うな、」


「どうもするな、そして迷うな」


球の表面が黒いぶつぶつで覆われている。

見事に1°おきに。普通に目の毒だ。それを彼女はよくもまあ眺めている


今のうちに


「すまないけど、

  今回は相談があってここに来た。」


「まあそうだよね、女の子の部屋に用も無しで来る人間じゃないもんね。分かってる分かってる。それで、何用?」


女の子の部屋、の割にガードが硬いようでゆるいんだけどね…


「まあ、こんな感じです。」と

和装のオニイサンの話をそのまま回させてもらった。


「へ?私が君に助けてもらったときみたいにか

変わった呪いを受けた人もよくいるものだね。もう去年のことだし懐かしい限りだよ」


変わった呪い、正確には彼女の叔父が秘密裏に研究していたとあるものが変貌した結果ではあったのだが。一言でいうと他の人から、見えなくなる。そんなものだ。お陰で彼女は僕に出会うまで、一緒にいた叔父意外の人と関わることが出来ずにいた。研究をしていた叔父とは違う人とはいえ、その研究をしていた当の本人は未だに行方を眩ましている。別に彼女がそうなることを計っていた訳では無いのだが。


「それで、私に?

助けてくれたのは君なんだから、君の方が詳しいんじゃないの?」


「それがね、全く同じというわけでは無いんだよ。何よりちゃんと会計をして去っていったから。僕は見てはいないんだけど。だから、その叔父さんの研究について少しだけでも君が知ってたらって思って。」


その通り、変なことを言うものだ。精算済みのレシートを握りしめて、彼女を救った時のように、という言葉を頭の中で繰り返した。

そのうえ、お願いをし終わったと思ったらやはり消えていなくなるし。


「ねえ、脅されたって言ってたよね、あと私を助けてくれた時みたいにって」


「全くの相違は無いけどそれが

        どうかしたの?」




「その人って私とあったことあるの?」




………実は僕は今、とんでもない失敗をしてしまったらしい。

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妖の不証明 玄花 @Y-fuula

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