妖の不証明

玄花

第1話 ご挨拶と命乞い

 休日、晴天、吹き抜ける青空、

 夜もまた満天の星空が見えるであろう清々しい日の昼下がり。柔らかな陽射しが我らが街を照らしている。そんな日のカフェテラスとはまた格別なものだろう。充実した日常の一欠片、やはり毎日このようにとはいかないが、かくしてこうして落ち着いて、休息を取れるようにしておくことも大切なことだろう。


少し前じゃこんな訳にもいかなかった。中学最後のイベント、受験期間。それだけじゃない現実離れした経験。人との出会い。これだから、今くらいは落ち着いて────




「社会人には成れても大人になれる訳じゃないし、そうして心はまだ子どもでいようとしていても、忙しいという言葉と一緒ににその心が亡くなって行くのを自分を通して見ているとつくづく悲しくなっていく。本当に虚しいものだよ。」


 これは、まだ学生の身の僕なんかから見ても心もとない成り立ての社会人。その人から文字通りに買い取らされた、受け売りのただの愚痴だが。定価販売5000円だ。普通にたかられた。


 別にそんな言葉に感化された訳では無いのだが。学生としてこのように労働にも勉強にも追われずに、やはり落ち着いた空間で息をしていたいものだ。


 安息の地を求めて彷徨う亡霊なんかにはならずに近場のオアシス。ベストプレイスでひっそりと、ゆったりと。


 その点で言うなればここは素晴らしい。賑やか過ぎず、鬱陶しく感じないほどの程よい日常の雑音や店内に掛かる音楽。窓際に置いてある桃色のガーベラが優しい光を受けている。休息、安息のひとときを過ごす場としては個人的に最適の所だと思っている。行きつけの店であり、恒常性の中の安心感が安らぎを与えてくれる僕のお気に入りの場所。




「さて、そこの勤勉なる学生さん。初めまして…かな?」



 あくまでも多角的に定期的に起こる例外を除いての話だが。それは、特にこんな風に悪趣味な笑みと白々しいご挨拶を浮かべ、前置きも無く前の席に座り込んでくる。この人さえいなければの話ではあるのだが。そして、ついでとして言っておけば僕は勿論勉強なんかしているわけでも本を読んでいるわけでもない。そう、勤勉とは程遠い暇人である。何も無い日に1人でカフェテラスだなんてぼっちの暇人高校生でもそれ程は来ないだろう。



「違いますね。」



 目の前に座ったのは穏やかな顔立ちで今時、和装に身を包み、青みがかった透き通るような黒髪。底知れぬ黒い瞳の奥が怪しく光る。


   

   いつの日かの僕の、僕らの恩人。



 忘れる筈が無い。この人の人間離れした人間性。得体の知れない空気を纏ったこの男の事なんて。むしろ忘れることが出来なかったと言い切った方が正しいだろう。忘れるべくして出遭ったヒト。


 まるで恩を着ているかのような押しつけがましさがあるわけでは決してないのだが、そしてまた、忘れられなかった程の感謝の対象ではあるのだが。やはり、忘れたかった人であるのだ。僕とあの子の数少ない恩人。そんな人は、そんなこちらの心の内も考えずにこう告げた。

 

饒舌に、上々に、嫌なくらいに正直に


「大正解!こんなボク覚えていてくれたことに心から感謝しよう!ボクは君なんかの事、全くもって、微塵も思い返すような事は無かったけどねぇ。悪く思わないでくれよ。ははっ。どうでもいいことだったかな。ごめんごめん。改めて、そんな律儀にボクなんかの事を記憶の中の片隅にでも置いておいてくれた優しく、恩義の深い君にお願いがある。控えめに言っても、誰がなんと言おうとも、純粋に至って真面目な話をしようじゃあないか。」


 二言目の時点にて急に、ろくでもないものに絡まれたことを完全に理解した。

 いっそ本当にはじめましての人間だったら良かったものの。

 一方的に他人のことを覚えているもどかしさ、なんかではない居心地の悪さが場を支配した。颯爽と現れて冗談と共に話を持ちかけられてしまった。実はこの際僕には逃げるという選択肢が残念なことに無かったりする。



「何でしょうか。その真面目な話とは。」


「話を聞いてくれるとは有り難いなぁ。」


「礼には及びませんよ」


「うん、そうだね。それ程の事じゃない。じゃあ願いを一つだけを聞いてもらおうか。この僕のことを救ってほしい。ただそれだけのことなんだけれど。

かつて君が、彼女を救った時のように。」


「………は?」


「えっとぉ、珈琲奢るから! よろしい…かな?全体的に助けて?」


助けを求められた。下手なお願いの仕方で。

またそんなこととは別に、彼女て…


「いやいやいや!?え?や、まだ…」


「山田さんとは一体?この時間のバイトリーダーさんがどうかした?」


今初めて知ったんですけど。その情報。

「ではなくて、まだ僕はあの子とは付き合ってないですよ!?彼女って…買い被りにも程がありますって。そもそも僕なんかあの子が勝手に助かるのをほんの少し手伝っただけですし、何より僕には勿体ない程の人ですって。いや別にあの方が良いといってくださるのなら全力で誓いますが。」


 思考がやっと追い付き訂正をする。

 するとよく分からない様な顔をして


「ああ。君は其処に反応するのね?頼み方もあると思うけど君も大概だね。

 いやあ、彼女って代名詞の方。がーるふれんど、じゃなくて。確かに君の事を買い被り過ぎていたみたいだね…実は頭悪い?」

 と答えた。

 どうやらこの喫茶店に居る某男子高校生は感覚にズレがあるらしい。

そして、恋愛は下手らしい。

我ながら恥ずかしい。


「ふぅん。面白い位の変わりようだ…昔はあんなに人嫌いだったのに。

で、ボクのお願い、聞いてくれるのかな?

いつから脳の構造が変わったんだか

独り脳が恋愛脳なんかに」


「聞かなかったらどうなるのでしょう?」


「ボクたちが終わる。単純明快だろう。

いっそ清々しい。これ程分かりやすい御願いなんてした事が無いかもしれないね。

この人生で初の出来事だ。」


「えーっと。

こういうときはなんていうんだっけ…ああそうだ!はじめてだからぁ優しくして♡?」


「それは僕でなくてはいけないと?」

「え、ボクの渾身のボケがスルーされた?君の分かりにくいボケをカバーしたのに?勿論そうなんだけど。だから会いに来たんだよ。君一人ですべてをやる訳じゃあないけど。

どう…かな?」


直後、頭を下げて、


 お願いします。ボクはまだ、死にたくない。

                    」


 そしてそのまま他人行儀も無しで話は進み、終わる。有り体にいって弱みを握ろうとしたら返り討ちに遭ったということだ。誰にだって一人や二人はいる苦手な人間からの相談事なんて願ったり叶ったりと言いたいところなのだが。忘れたかった筈の人間が、アポも居場所の把握も前置きも無くして現れて。それでもどうにか当てつけができると思ったがどうやらその考えは希薄だったようだ。流石にこの飄々とした人間に頭を下げられるとは思ってもいなかったのだが。



そしてまた僕は、

脅されたのだろうか。


助けてほしい

 かつて彼女を救った時のように

  僕たちが終わる

   御願い


詳しい話はまたおいおい、という形になるが。

ここは一旦物語を進めさせてもらおうか。

誰がなんと言おうとこれは真実。

話は少し前に遡ることになる…

あの頃に言われた言葉。


やはり、


「脅し…なんかではなく事実ですか。」



 その答えは、以前とは違った。

「いやぁ?脅しだよ 

    お願いでもあるのだけれど」


      それと


  ───久し振りのご挨拶、あと命乞い。


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妖の不証明 玄花 @Y-fuula

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