盗まれたプラネタリウム
卯月二一
盗まれたプラネタリウム
照明が落ちて場内が暗くなる。半球のスクリーンには無数の星々が投影される。
『みなさま大変長らくお待たせいたしました。本日は……』
諸注意などが落ち着いた感じの女性の声で放送されている。私は隣に座るショウくんの横顔を一瞬だけとチラ見した。あぅ、心臓が止まるかと思った。
中学の吹奏楽部のひとつ上の憧れの先輩である彼をこのプラネタリウムに勇気を出して誘ったのだ。たまたまお父さんが勤め先でもらったチケットが私にまわってきたということもあるけど……。
『それではプラネタリウムの投影を始めるにあたりまして……』
まわりを見るとカップルばっかりだ。もともとはお父さんがお母さんと観に来るつもりだったらしい。たぶん中学生で来ているのは私たちだけじゃないだろうか? みんな年上の高校生や大学生、大人のいい雰囲気の二人組ばかりだ。もちろん同性の組み合わせもいる。ショウくんはちょっとオタクが入るくらいの天文ファンで、さらにアニメ大好き男子。星や2次元にしか興味がないのではないかという心配も実は私にはある。でも、そんなことを差し引いても彼に夢中なのである。それに今日の私は、勝負下着! まだ中学生だしまだ早いけれども、これは気持ちの問題なのである。
『また上映中は他のお客様の御迷惑となりますので……、ザッ、ザザッ、ザーッ』
あれ? 変な雑音が入った。
照明が狂ったようにさまざまな色で明滅し始めた。目がチカチカするし、気持ち悪い……。ショウくんは驚いた顔をして事態を見守っている。
「アー、ハッハッハァ! こんな天気の良い晴れた祝日にラブラブした感じのリア充どもが
「……!?」
大きな漆黒の翼を広げて宙に浮かんでいるのは、いま
こんな時に私ひとり。ミッドナイトブルーもサイケデリックパープルもここにはいない。頼りになるはずのチュゥべえもいない。ここはリーダーである私、ラスティレッドが何とかしないと……、みんなの幸せは私が守るのよ!
そう、私はチュゥべえの『ショウくんとムフフな関係になりたいんだったらそんなの簡単だよ。僕と契約して、魔法少女になってよ!』という言葉に、ソッコー二つ返事で魔法少女になった中二女子なのである。拳を強く握りしめたものの、ここに大きな問題がふたつ存在する。ひとつはショウくんに私が魔法少女であることがバレてしまう。ワンチャン、アニメ好きの彼なら理解を示してくれないだろうか? いや、きっと私に夢中に……。ただ、もうひとつの方が悩ましい問題だ。魔法少女に変身するときどうしてだか全裸になってしまうのである。チュゥべえになんとかしてと頼むも『これは、仕様だからね』と取り合ってくれないのだ。そもそも仕様って何よ。
「さあ、お前たちを恐怖のどん底に突き落としてやろうではないか! フハハハハハーーッ!」
女幹部はどうやら絶好調のようである。事態は一刻を争う。私はポーチからステッキを取り出し変身した。そして地を蹴り飛び上がった。
Aカップの私はEカップ以上はある化け物を圧倒した。勝負は胸の大きさでは決まらない、愛の大きさで決まるのだ。
「くっ、おのれ! 魔法少女、これで済むと思うなよ」
そう女幹部は捨て台詞を吐くと、プラネタリウムの天井を突き破り逃げていった。
ふぅ。私ひとりでもなんとかなったわ。平和を守れたこと、それよりもショウくんを守れた達成感で私は満たされていた。場内にいたカップルたちから私への賛辞の言葉と拍手が沸き起こった。うん、だから魔法少女はやめられないのよね。
私は魔法少女コスのままショウくんのもとに舞い降りた。なぜならこの姿がいちばんカワイイから。変身シーンが見られてしまったのかは気になるけど、ショウくんだったら構わない。そのときの私には他の観客たちのことは一切頭には無かった。
「ショウくん」
「由美ちゃんって魔法少女だったんだね。すごいや! あの……、お願いがあるんだけどさ」
私はもちろん、ときめいた。これはきっと告白に違いない。
「あの、さっきのお姉さん知り合いなんだろ。僕に紹介してくれないかな?」
「はあーーーーっ!?」
戦いには勝っていたが、私は知らない内にあの女幹部に敗れていたようだ。
これは私が真の魔法少女に覚醒することになった運命の日の出来事である。
その日以来、私には世界の平和もみんなの笑顔もどうでもよくなっていた。ただただ私怨である。あのおっぱいお化けを地獄の底に叩き落とすことだけが、私が日々魔法少女として戦う理由であり、存在意義でもあった。
てめぇ、アタシから盗んだものを、返しやがれってんだーーーーッ!
ううっ……。
了
盗まれたプラネタリウム 卯月二一 @uduki21uduki
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