第四話「アラスカへ」

彼らは数日間、必要な時にだけ車を止めながら、果てしない白い荒野を越えて進んでいった。窓が二人の吐息で曇り、その先にはただ雪に覆われた広大な景色が広がっていた。進めば進むほど、世界は静かになっていった。街は姿を消し、小さな町が現れ、やがてそれも見えなくなり、点在する小屋だけが残った。そしてついに、目の前には荒野だけが広がっていた。遠くには雪を頂いた山々が鋭い峰を空に突き刺し、まるで古代の眠れる獣の牙のようにそびえていた。北極圏に近づくにつれ、空気はますます冷たく鋭くなり、ジャスミンは大地の重みを感じ始めた。それは、自然の広大さの前で、人間がどれほど小さく無力であるかを思い知らせるようなものだった。ようやく彼らは目的地に到着した。村は木造の小屋が寒さを避けるように寄り集まるようにして立ち並ぶだけの、小さな集落だった。風が木々の間を吹き抜け、松の香りと雪の冷たい匂いを運んできた。イキアクは、ここに来て初めて少しだけ緊張を解いたように見えた。彼は車から降り、雪を踏みしめながら深く息を吸い込んだ。ここは彼の土地、彼の人々の土地だった。この空気はどこか違っていて、まるでより清らかに感じられ、彼に久しく感じていなかった帰属意識を与えてくれた。彼らは一番大きな小屋に向かい、煙が煙突から立ち昇るその素朴な木造の家に入っていった。中に入ると、暖かな空気がすぐに二人を包み込んだ。薪が燃える音と干した魚の香りが漂い、狭い空間を満たしていた。暖炉のそばには、背中を丸め、年老いた男が座っていた。彼の手は歳月と厳しい大地に刻まれたように、節くれ立っており、肌は風化し、時間の流れを刻んでいたが、その瞳だけは鋭く、まるで獲物を狙う鷹のように光っていた。


それがキナパクだった。イキアクの父であり、ジャスミンの祖父だ。彼は立ち上がることなく、二人を見つめていたが、その瞳は息子と孫を見て柔らかくなった。彼は何も言わず、ただうなずいただけだったが、その視線はジャスミンに少しだけ長く留まった。彼の視線には重みがあり、静かな力が漂っていた。彼は寡黙な男だったが、その存在は圧倒的であり、どれほど過酷な環境であっても、生命は耐え抜くことができるということを思い知らせてくれた。数日間、村での生活は単純だった。イキアクとジャスミンはキナパクの小屋の一室を共有し、暖炉のそばに敷かれた毛皮の上で眠った。彼らは早起きし、キナパクとともに日常の仕事を手伝った。彼は狩人であり、大地の守護者だった。彼は毎日、北の荒野を見守り、脆い生態系が傷つけられないようにしていた。ジャスミンは、彼の行動に感嘆と好奇心を抱きながら見つめていた。彼の動きは静かで、一つ一つの行動が慎重だった。そこには急ぐことはなかった。この北の地では、時間はゆっくりと流れ、より忍耐強く、穏やかだった。


ジャスミンは次第に祖父に引き寄せられるようになり、彼から放たれる静かな強さと落ち着きを感じ取っていた。彼は決して過去を語らなかったし、彼らが残してきた世界についても聞こうとしなかった。しかし、彼はすべてを知っているように感じられた。イキアクの目に宿る痛みも、ジャスミンが抱える重荷も、彼は見て取っていた。しかし、彼はそれを詮索しようとはせず、代わりに彼らに静かな避難所を提供してくれたのだった。ある夕方、魚とベリーで質素な夕食を済ませた後、キナパクはジャスミンに向かって問いかけた。彼の声は低く、荒れていたが、その静けさを破るように響いた。「ジャスミン、お前は大きくなったら何をしたい?」その質問はジャスミンを驚かせた。誰も彼女にそんなことを聞いたことはなかった。誰も気にかけていなかったのだ。一瞬、彼女は答えをためらった。しかし、すぐに母の顔が脳裏に浮かび、彼女の悲鳴が耳に蘇り、月日をかけて胸に渦巻いていた怒りが一気に湧き上がってきた。


「お母ちゃんを傷つけた人たちを殺すの」彼女は祖父の目をしっかりと見据えたまま、静かな声で答えた。キナパクはその言葉に動揺することなく、ゆっくりとうなずいた。その視線は一瞬たりとも彼女から外れることはなかった。彼は理解していた。かつて戦士たちの瞳に同じ炎を見たことがあったからだ。彼は、彼女が歩もうとしている道がどれほど危険であるかを知っていたが、それが彼女自身の道であることも理解していた。彼は彼女の心を変えることはできなかったし、彼女が抱える痛みを取り除くこともできなかった。彼にできることは、彼女に祖先たちの強さと、大地の知恵を与えることだけだった。


信頼の証として、あるいは時間の流れの象徴として、キナパクはポケットから古びた銀の懐中時計を取り出した。それは家族の形見であり、代々受け継がれてきたものだった。そして、今、ジャスミンの手にそれを渡した。冷たい金属が彼女の肌に触れると、彼はそっと彼女の手を包み込むようにして時計を握らせた。「自分がどこから来たのか、忘れるな」彼は静かに言った。「この大地はお前の血に流れている。それがお前を導いてくれるんだ」


その後の数日間、生活はそれまでと変わりなかった。彼らは狩りをし、魚を捕り、夜になると火を囲んで物語を語り合った。北極の冷たい風が村を吹き抜けたが、小屋の中は暖かかった。ジャスミンは次第に自分の祖先とのつながりを感じ始め、彼らの強さと、それに伴う無言の知恵を理解しつつあった。彼女と祖父の絆は、日を追うごとに強くなっていった。まるで大地そのものが、彼女に何かを教えているようだった。しかし、その平和もまた束の間だった。最後の日、出発の準備をしているとき、キナパクはイキアクをそっと呼び寄せた。その声は低く、ほとんどささやき声だったが、その言葉には代々受け継がれた重みが込められていた。


「命は円だ、イキアク。去ったものはいつか戻り、壊れたものも修復できる。だが、一度壊れたら元に戻らないものもあるのだよ。娘を守れ。そして、自分の道を忘れるな」


イキアクは静かにうなずいた。その目には深い理解が宿っていた。父が言いたいことは分かっていた。時が癒せない傷もあれば、背負い続けなければならない重荷もある。しかし、彼らが誰であり、どこから来たのかを忘れないことに力があるのだ。キナパクはその言葉を残し、荒野の中へと姿を消した。彼と息子、そして孫との絆は確かに存在していたが、キナパクの世界は孤独の世界であり、それはジャスミンとイキアクが一瞬触れることしかできないものだった。北極の静寂が彼らを包み込み、大地の広大さが、彼らの孤独とこれからの長い旅路の厳しさを思い知らせていた。


イキアクとジャスミンは村の端に立ち、冷たい風が頬に刺さるように吹きつけていた。前方には無限に広がる雪と氷の世界があり、遠くに黒く点在する木々の影が見えるだけだった。キナパクの小屋での生活、日々の作業のリズム、静かな反省の時間、それらは、混沌に飲み込まれていた彼らの人生に一時の安息を与えてくれた。しかし、今はその北の地を離れ、別の厳しい世界に戻る時が来ていた。南へ向かう準備をしている中で、ジャスミンはキナパクからもらった古びた銀の時計に目をやった。それは重みのある時計で、過去の時代を語るかのような複雑な彫刻が施されていた。彼女はそれを手の中でひっくり返し、その冷たい重さを感じながら、自分と母に誓った約束を思い出していた。その時計は彼女の過去、彼女のルーツの象徴であり、選んだ道の象徴でもあった。これから待ち受ける困難は数多くあることは分かっていたが、それは自分が歩まねばならない道だった。


イキアクもまた、この村で過ごした日々によって何かが変わっていた。彼の動きには新たな目的が宿り、歩みは一層慎重になり、その目には強い意志が宿っていた。彼の悲しみという重荷はまだ彼を覆っていたが、その目には新しい決意が見て取れた。出発してから彼はあまり言葉を発していなかったが、ジャスミンには父が何かを考え、計画し、そして希望を持ち始めているのが分かった。北の地は、彼に失われていた何かを与えてくれた。ルーツとのつながり、そして何年も感じることのなかった明瞭さをもたらしてくれたのだ。帰り道は長く、静かだった。雪に覆われた道は白いリボンのように続き、果てしなく伸びていた。ジャスミンは窓の外を眺めながら、風景が北極の荒涼とした美しさから、少しだけ親しみのある、それでもまだ寒さの残るアラスカ南部の風景へと変わっていくのを見ていた。その旅は、彼ら自身の人生の比喩であり、過去から不確かな未来への移行そのものだった。


アンカレッジに戻った時、日はすでに沈みかけ、雪に覆われた大地に長い影が伸びていた。賑やかな街並みや明るい灯りに囲まれ、ジャスミンは村で過ごした静寂と隔絶感が急に失われたような感覚を覚えた。彼らが後にしてきた世界は、もう元通りではないことを彼女は感じていた。混沌、騒音、現代社会の容赦ないスピード、それらは今や遠い過去のものに思えたが、すぐそばに待ち構え、彼らを再びその中へ引き戻そうとしていた。狭いアパートに戻ると、都会の生活の不快さがすぐに戻ってきた。車の音、冷たい無機質な空間、自然との断絶感、すべてが元通りであった。ジャスミンは帰還の重みを感じ、二つの世界の狭間に挟まれているかのような感覚に苛まれていた。彼女の手首に巻かれた時計は、キナパクと共に過ごした日々、学んだ教訓、そして得た強さを常に思い出させてくれる存在だった。それは彼女の道との確かな繋がりであり、これまで歩んできた道の象徴であり、そしてこれから進むべき道の指針でもあった。

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極夜~白きワシの革命~ 長谷川吹雪 @soviet1917novel

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