聖女はもふもふとイケメンを愛でていたい 〜パーティーから追放されました。私の力は不要なようなので、ダンジョンの長になろうと思います〜

@miura_maki

聖女はもふもふとイケメンを愛でていたい  〜パーティーから追放されました。私の力は不要なようなので、ダンジョンの長になろうと思います〜

「ノヴィア、お前はクビだ」

 何を言われたのか理解できず、目の前にいるリーダーの顔をまじまじと見た。

 見下すような顔でこちらを見ている剣士は、パーティーのリーダーだ。彼の隣にいる魔法使いの男と女アーチャーが、ノヴィアから視線をそらした。これは彼らも把握している決定事項というやつなのだろう。

「しょ、正気ですか……?」

 返答はない。ノヴィアはポニーテールにした茶髪を揺らし、胸を押さえて叫んだ。

「私、女なんですよ!?」

「だからなんだよ!」

「こういうのって普通、アピール下手くそで有能な男冒険者がやられるんじゃないんですか!?」

「そんなわけあるか! 有能ならクビにされんだろ!」

 怒鳴り返され、思わずうつむく。

「でも私、クビにされたところで、他のパーティーで無双してヒロインとイチャイチャとかできないんですけど……」

「お前どんな小説読んでんだよ! 今の時代、男だ女だ言ったら記者に叩かれるぞ!」

 確かに、魔法の研究が進んで、腕力だけに頼らない冒険者たちが増えて、男女の差別はなくなってきた。ノヴィアの主張は間違っているのだろう。

 ノヴィアは両手の拳を握りしめた。

「……私、パーティーの役に立っていませんでしたか」

 ノヴィアの暗い声に、リーダーの表情も陰った。他の2人も、辛そうにノヴィアから顔をそむける。

「いや……お前は役に立ってたよ」

「だったらどうして!」

「どうしてもこうしても……お前がそこら中の魔物をみんな仲間にしちゃうから、最下層まで潜れても、俺らの経験値がたまんねーんだよ!」

 たまらずといった様子で、リーダーは椅子を蹴って立ち上がった。

「最下層に到達してパーティーはSランクだっていうのに、俺ら1人1人はCランクって、おかしいだろ!」

 だろー、だろー、とエコーがかかる部屋で、ノヴィアはうう、とうめいた。

 彼——ヨハンの言うことは正しい。ノヴィアはなぜか魔物に好かれ、魔物を仲間にしてしまう体質だ。ノヴィアたちは二年前にパーティーを組んだが、戦闘が極端に少なく済むため、ダンジョン最下層の珍しいお宝や植物、宝石を持ち帰ることに成功した。しかし、ノヴィアのこの特殊体質はますます強まっていき、戦闘が一切なくなってしまったのだ。そのため、ノヴィア以外の3人はCランクのまま。魔物を殺すどころか傷つけたこともないノヴィアにいたっては、Eランクである。

「最下層に行けたのはお前のおかげだ。感謝してる。が、頼む。抜けてくれ」

 他の2人もノヴィアから視線をそらしたまま。

 さすがに、これは潮時だろう。

「わかりました。……今までお世話になりました」

 ノヴィアは頭を下げ、彼らと過ごした宿屋から出ていった。



 ノヴィアは16歳の冒険者だ。物心ついた時には父親はなく、母はノヴィアが14歳になるまで大切に育ててくれたものの、「母さん、新しい恋を見つけちゃったの」と言った翌日に姿を消した。とにかく生活費を稼がなければとギルドに飛び込み、そこでヨハンに出会い、今日までパーティーに入れてもらったのだ。

 彼らと別れてから、再びどこかのパーティーに入れてもらえないかとギルドに訪れたのだが、Eランクの冒険者は求めていないとのことだった。

 そうして、職を得られないまま一週間が経過した。

「お腹すいた……」

 まだお金は残っているもののが、節約に節約を重ねた結果、ノヴィアは空腹のまま草原を歩いていた。

 目的地はノヴィアが住む町から、唯一徒歩で行けるダンジョン。ギルドの受付嬢にダンジョンの入り口で魔物を倒してレベルを上げれば、と言われ、何も考えないまま来てしまった。ノヴィアが魔物を殺せるわけもないのに。

 なぜなら——

——キュイ

 ダンジョンの入り口。草原の中にある大きな石造りの地下への階段から、一つ目の鳥が顔を覗かせた。

(か……かわいいー!)

 正確な名前は忘れたが、ノヴィアがキュイちゃんと呼ぶその魔物は、低レベルの魔物で、冒険者がまず最初に倒すべきものだ。しかし。

「キュイちゃんー! 会いたかったよー! そのもふもふで私を癒しておくれー!」

 ノヴィアはキュイを抱き上げ、頬ずりをした。以前になついてくれたキュイとは違うはずなのに、そうするだけで、キュイは警戒をといてノヴィアを受け入れてくれる。

——キュイ〜、キュイ!

 キュイはノヴィアの腕から地面に飛び降りると、ダンジョンへと入っていき、時折ノヴィアを振り返ってその場でぴょんぴょんと跳ねる。

(これはついて来いって言ってるのかな……)

——キュイ!

 ノヴィアは案内されるまま、キュイのあとについていった。



 ノヴィアが1人でダンジョンへと潜った、その3ヶ月後。

「快適すぎる……快適すぎるー!」

 ノヴィアは赤いふかふかの王座のような椅子に座り、キュイを抱きしめながら感激の声を出した。石造りで窓のない部屋だが、敷地は広く、天井の高さは三階ほどもあり、開放感がある。

 ノヴィアがいるのは、最下層の、魔王のために用意されたと思われる部屋だ。部屋の中央にノヴィアが座っている豪華な椅子があり、そこから手の届く場所に置かれた小さな丸テーブルには、果物の盛られたカゴがある。

 ノヴィアの前には、大きな羽でばっさばっさとあおいでくれる鳥の魔物、バッサ。(ノヴィアは魔物に名前をつける癖があり、正式名は覚えられない。)他にも、ノヴィアを楽しませるため、ボールを持ってきて一緒に遊んでくれる爪と牙の尖ったニャンコや、常に全身に雷撃を走らせた巨大ネズミのネズなどがいる。彼らはのきなみ毛並みがもふもふしていて、ある時その理由を聞いたところ、ダンジョン内の温泉まで案内してくれた。

「もうこんな快適なら、一生ここで暮らすんでいいな……」

 ダンジョン最下層に、滅多なことで人間は訪れない。途中のボスっぽい魔物に、のきなみやられてしまうからだ。

 それでも1ヶ月に一度くらいはここまで辿りつく人間がいるが、大量の魔物をはべらせたノヴィアを見て、魔王と勘違いしたのか、あわてて地上へと戻っていった。

(魔物を従える魔王は、人の姿をして、言葉も話すって話だけど……もう何年も見た人はいないっていうのに)

 ノヴィアがヨハンたちと訪れた時にも、この最下層に人の姿をした者はいなかった。魔王が過去に実在したのだとしても、もはやこのダンジョンにはいないのだろう。

 ノヴィアは目を閉じてうっとりとつぶやいた。

「この二年で、一番最高な生活だなあ……」

(あとは誰かと会話でもできれば、本当に最高なんだけど)

 魔物たちが相手をしてくれるとはいえ、誰とも会話がなければ、少しは寂しく感じる。

 しかしこの日は、ノヴィアのつぶやきに言葉を返す者がいた。

「へえ。人の椅子でくつろいで、ずいぶんいい身分じゃないか」

「――」

 やたらと美声だ。ノヴィアはゆっくりと目を開けて、部屋の入口に立つ男を見とめた。

(誰……?)

 整った顔立ちに、短い黒髪。頭上に生えているのはツノだろうか。

 全身黒い洋服だが、ノースリーブで、ダンジョンに来るにはやや軽装に見えた。もっとも、ノヴィアも足元はミニスカートにスパッツと、軽装ではあるのだが。

「不法侵入という言葉は、人間が生み出したのではなかったか? その言葉を知らない魔物でも、俺の前ではもっと遠慮というものを知っているものだが」

 ざざっと音がして、何かと思えば、ノヴィアの腕に抱かれたキュイ以外の魔物が、彼に向かって頭を下げていた。片膝を降り、地面すれすれまで額を近づけて。

 彼が数歩歩いてきて、彼の目が見えた。血のような赤だ。人間にはない色に見える。

(そうだ。ダンジョンの最下層にいる人間の姿をした何かは、魔王、とか――)

 ノヴィアはゆっくりと足を地面につける。そして、キュイをアームレストに下ろした。

「す……」

「す?」

「すみませんでしたーー!」

 ノヴィアは勢いをつけて立ち上がると、そのままその場に土下座した。それこそ、男の前にスライディングするかのような勢いだ。

 額を地面にこすり、敵意と悪気がないことを全力で示す。

「持ち主がいらっしゃるとは、存じ上げず、とんだご無礼を……!」

 キュイがキュイキュイと鳴きながら、ノヴィアの前に立った。他の魔物たちも、怯えた様子を隠さず、けれどノヴィアの前に立ちふさがる。

「なんだ。ずいぶん庇うじゃないか。どうやって手なずけた?」

 どうやら自分は質問をされているらしい。

 ノヴィアはおそるおそる顔を上げ、地面に正座したまま男を見上げた。

(うわっ……すっごいキレイな顔。人外だからかな。ぞっとするほどキレイな顔。声までキレイだし。めちゃくちゃ激怒してて殺されそうだけど……いやまあ、こんなキレイな人に殺されるなら、飢え死にするよりはいい最期かも……)

「? どうかしました?」

 なぜだか口をおさえて横を向いてしまった男を見て、ノヴィアは首をかしげた。

「別に……何も」

(なんだろう。なんか……照れてる? うわあ、照れたお顔もまたすごく麗しい。いいなあ。こんな人に頭なでられて優しくされて抱きしめてもらえたら、幸せだろうなあ。いやまあ、今の状況からすると、殺されるのが先なんだろうけど)

「――お前は……!」

 なぜだか今度はキレた様子で、床に正座したままのノヴィアを見下ろしてくる。

「……とりあえず、立て」

「はい!」

 あわててノヴィアは立ち上がり、ぴんと背筋を伸ばした。これ以上男を怒らせたら、弁明の余地もなく殺されてしまう。

「お前、魔物使いか。まさか生き残りがいたとはな」

「魔物使い……? 生き残り、ですか?」

「ああ。そういう部族がいて……」

(うわあ、殺さずにいてくれる。目の前で話してくれる。話してるお姿もうるわしすぎ……)

「つまり……」

 男が目をそらし、言い淀む。

(すらっとしてるなあ。スタイルも抜群。ストイックなのかな? 魔王だと鍛えなくても体型維持できるのかな?)

「……」

 男が眉根を寄せ、不機嫌そうに指で眉間をもむ。

(不機嫌そうな姿もかっこいいー! いいなあ、いいなあ。私も殺される前に、こんな人と恋愛とかしてみたかったな)

「――まず、殺さないから。とりあえず落ち着け」

「え? あ、はい」

(殺さないって言ってくれた? 聞き違い? え? こんなかっこいい上に優しいの? こんな神経質そうなのに自分の椅子座られて許してくれるの?)

「人を勝手に神経質扱いか……」

「え? あれ? 声に出てました?」

 男は呆れた顔でノヴィアを見た。

「お前、わかってないのか」

「何がでしょうか」

「お前が魔物になつかれる理由」

「え!? あなたはおわかりになるんですか?」

 男はため息をつき、ノヴィアに説明した。

「お前は魔物使いの末裔だ。彼らは自分の思考を魔物に伝え、協力関係を築けたと聞く。まあ、お前の場合は思考を伝えるというよりも……ダダ漏れみたいだがな」

(思考……ダダ漏れ?)

 その言葉を聞いた瞬間、これまでの「かっこいい!」だの「抱きしめられたい!」だのが男に筒抜けだったとわかり、ノヴィアは真っ赤になってしゃがみ込んだ。



 半年後。

 ダンジョンの最下層で、ノヴィアは魔王の「果物ばかりは味気ない」という言葉を受け、魔王と共にキャンプファイヤーをしていた。肉を焼き、その横で野菜スープを作る。ダンジョン最下層は地下とはいえど空間が広く、煙が充満してしまう心配はないようだった。

 二人が作る料理について、興味津々というように周囲を魔物たちが囲っている。

「いやあー、魔王様は料理までおできになるんですね」

「ああ」

「さすが、長生きされているだけありますね」

「……」

 そっけない態度だが、これが彼の普通だと半年も一緒にいればわかっている。

 あれから、ノヴィアは魔物使いの極意の正反対を心得て、自分の意思を伝えない練習をしてきた。彼と目を合わせず、なるべく強い思念は抱かない。そうすることで、彼はノヴィアをそばにおいてくれるようになったし、顔を赤くして迷惑そうにすることも少なくなった。

(本当に、出ていけって言われなくてよかった……)

 すべては魔王の家具を使わせたくないからという理由ではあるが、ノヴィアの寝所も用意してくれたし、温泉にノヴィア専用の囲いも作ってもらった。

(きっと、優しい人なんだ)

 遠い過去には魔王が魔物すべてを従え、人間の町を襲ったという話だが、それはここにいる彼ではないのだろう。

(だってこんな美形で、優しくて、クールで、何もかもを持っている人が人間の町を襲ったって、なんのメリットもないし)

「そろそろ焼けたな」

 最下層のどこにあったのか、近くにはテーブルと、食器までが用意されている。

 すらっとした腕を伸ばして肉を取り、皿に盛り付け、肉を囲うように飾りのハーブを散らす。

「おお……!」

(本当に料理ができる人っぽい!)

 ノヴィアも必要に駆られて自炊はしてきたが、おしゃれ料理となると実績がない。

 野菜スープには小麦粉とバターも入り、もったりとしたホワイトスープが出来上がった。

「うわあ……! いい匂いですね! もうずっと果物生活でもいいと思ってたのに、まさかこんなごちそうが食べられるなんて」

 ノヴィアがきゃっきゃしている横で魔王は無言だが、彼が迷惑に感じた場合は眉をひそめてこちらを見てくるので、特に機嫌は悪くないようだ。

 クモタン――腕が六本ある長身の蜘蛛っぽい魔物――が、2人分をお皿に取り分けて、肉まで切ってくれる。

 やがて2人はテーブルにつくと、ノヴィアはためらいがちに聞いた。

「これ、本当に食べていいんですか?」

「ここまできて食べるなとは言わないだろう」

「ありがとうございます! それじゃ……いただきます!」

 一口大に切りそろえられた肉を口に放り込むと、ほどよい塩気とやわらかい肉の食感が味わえた。長い間果物しか食べてこなかったノヴィアは、心の底からの声をあげた。

「おいしい――!」

「よかったな」

 淡々とした声を出し食事を進める魔王。食事をする姿すら様になっている。

(うわあ……やっぱりかっこいい……。優しくてかっこよくてなんでもできて、なのにそばにいてくれるとか、もうこんな幸せなことあっていいの!?)

「……」

(ああ、訓練して思考が伝わらないようになってよかった……! これで思う存分称賛できる!)

 なぜだか、魔王がフォークとナイフを置き、ため息をついた。

「さっきから見すぎだ。お前は本当にこの顔が好きだな」

「えっ……す、すみません」

(顔だけじゃなくて声もだけど。あと、性格)

「性格はついでか」

「ん? ……え?」

「お前たちは席を外せ」

 魔王がそう口にすると、心得たように魔物たちが部屋から出ていく。

「え……? あれ?」

 自分は何か怒らせたのだろうか。もう半年の付き合いとなるのに、まさか殺されるのだろうか。

 魔王にとっては、自分と過ごした時間など長い人生のうちのほんのわずかでしかないのかもしれない。

(それにしても、さっきなんか、思考を読まれたような……)

 魔王が立ち上がり、ノヴィアの横に来ると、テーブルに手をついた。美しい姿を屈ませ、ノヴィアの耳元に口を寄せる。

「この声も好きか」

「!」

 びっくりして、耳を片手でふさいでのけぞる。真っ赤になって彼を見ると、めずらしく笑みを浮かべた彼がいた。とはいっても、人を食ったような笑みだが。

「どうした? この顔が好きなんだろ? もっと近くで堪能したらどうだ?」

 指先をノヴィアの顎にあて、自分の顔を近づける。肌はキレイで、まつ毛は嫉妬してしまうほどに長い。赤い瞳は宝石のようにきらめいて、吸い込まれそうな輝きを持っている。

 唇同士が触れそうな距離まで近づけられながら、ノヴィアはわめいた。

「なっ……なっ……私の思考、届いてたんですか!?」

「ああ」

「で、でも、なんで……! 最近は表情を変えることもなくなって」

「俺が慣れただけだ」

「それ、なんで言わなかったんですか……!?」

「言う必要があるか? いちいち聞こえるたびに口にしていたら、口を閉じることもできない」

 ノヴィアが耳まで真っ赤にしていると、愉快そうに魔王が笑った。

「どうして……追い出さなかったんですか? はじめはあんなに思考が聞こえるのを嫌がってたのに」

「追い出せるわけがないだろう。お前は行く宛がないとわめくし、魔物は全員お前を引き止めるし。……お前は勝手に人を肯定する言葉を人の脳内に流し込んでくる。少しの悪意も他意もない、ただ純粋な好意だとわかるから、魔物たちはお前になつくんだろう」

「そ……そういうことなんですね。では魔王様は、これまで我慢して……?」

 魔王が「別に声が聞こえるくらい」とつぶやく。

「長い人生1人でいれば退屈にもなる。旅も飽きたし、お前といれば、50年くらいの暇つぶしにはなるだろう」

(旅で不在だったんだ!)

 どうでもいいことに思考が引っ張られる。

「今はいっそ楽しむことにしたよ。俺は半年で慣れたが、お前はどれくらいで慣れるだろうな」

 魔王はそう言って、ノヴィアの長い髪を手にとり、キスを落とす。真っ赤になるノヴィアを見て楽しそうに笑うと、さらなる反応を見るためか、ノヴィアのこめかみに口づけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女はもふもふとイケメンを愛でていたい 〜パーティーから追放されました。私の力は不要なようなので、ダンジョンの長になろうと思います〜 @miura_maki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ