第2話 校内を散策しながら考えてみる
十六時十五分。帰りのホームルームが終わって放課後が訪れる。約束の時間は十七時半。この一時間十五分の間に、俺はできるだけの情報を集めて『篠崎先生が何故俺と赤堂さんとを友人関係かと勘違いしたのか』の謎について解かなければならない。
全ては、平穏な学生生活を送るために。
荷物は教室に置いて校内を回ろうと思っていたが、それは出来なかった。放課後に掃除の時間があることをすっかり忘れてしまっていたのだ。幸いなことに、今日は掃除当番ではなかった。当番だったら、がっつりと考える時間を奪われてしまうのでそれは助かったのだが、荷物が置けないのは残念であった。取り敢えずは下校や部活へ行く人の波に流されながら靴箱の方へと向かう。この流れの中に、二組の生徒はいない。思えば、一年二組は一年五組のある二階とは違って三階にある。一年一組、二組、三組、四組の生徒の下校の群れとは階段でしか鉢合わせない。そう思いながら歩いていると、丁度階段のところに来る。上から降りて来る生徒と今階の生徒が合流し、入り交じりながら階段を降りるが、それを見て偶然隣り合った二人が友人に見えるようなことはなかった。楽しげに会話をしているならともかく、そうではない人を見て友人だとは思わないだろう。ともすれば、それはきっと登校時も同じだ。偶々時間が似ている時間に学校に来ているからといって、仲良く会話をしている様子でもみない限りはとても友人だと誤解しようにない。
登下校時、偶然隣り合った俺と赤堂さんをどこからか篠崎先生が見ており、それで勘違いをした。そんな考察をしてみていた。それは赤堂さんが見せた図書室の考察から組み立てたものだったが、どうやら思惑通りにはいってくれないようだ。これだけではなんともと言い難い。
しかし、登下校以外に偶然が重なりそうなタイミングもない。下校集団の波から外れ、階段付近に貼られた学校の校内案内図を見る。
校門は二つあるが、自動車用とそうじゃないもので同じ方角にある。一号館の、中庭とは反対側の方向だ。だから登下校時、一年生用の下駄箱がある三号館に来る為には、一号館下のピロティをくぐって中庭を通る必要がある。一号館の中に入ってしまえば、中庭を通らずとも行ける方法あるのだが、渡り廊下が2階にしかない都合上、2階に上がってから3号館まで行き、靴箱のある一階に降りなければならない。そんな面倒な通り道は普通誰も選ばない。職員室や部活動などで他に何か用がない限り、わざわざそんな登校の仕方はしないだろう。そして、中庭であれば一号館からは丸見えである。同じ時間に登校していれば、職員室から見られていても不思議はないのだ。
だから登下校時に誤解するタイミングがあったと考えた。でもそれは違った。それでは納得出来そうになかった。そしてそれ以外の案など特に思い浮かんでいない。早速行き詰まったようだ。取り敢えず一度一階まで降り、玄関口で靴を履いて外に出る。自分が自転車登校なのもあって、中庭の中でも3号館に近い方を歩く。その先に駐輪場があるのだ。その道を通りながら、対面の一号館を見上げる。職員室は最上階の三階にある。一号館は、他の館と違って一階分小さい。
職員室では帰りのホームルームを終えた先生方が疲れた顔で行き来していた。部活動へ向かう先生方もいるだろう。そんな職員室の窓際で、古典の先生がコーヒーを飲みながら温かい眼差しで下校する生徒達を眺めていた。時折顔を上げているのは、きっと裏山の木々を見ているのだろう。
食堂のある建物を見る。その建物には一階に食堂、購買があり、二階には多目的室がある。あの多目的室には授業以外に用がない。食堂の方は授業以外でも使いそうだ。けれども俺は弁当派。例え赤堂さんが食堂を使っていようと、俺が使っていないのなら仲が良いと誤解するようなことはないだろう。図書室と同じ方法の否定だ。購買の方はどうだろうか。購買は偶に利用するし、偶々先生が食堂や購買を利用するタイミングで、偶々俺と赤堂さんも購買を利用していて、偶々二人で並んでいたタイミングが続いた可能性もある。だが、それを自分の推理として出すのには博打が過ぎると思う。重ならなければいけない偶々が多すぎるのだ。本当にそんな偶然があるのか?どんな確率だよ。と思ってしまう。一度くらいはあっても、二度も三度もとはいかなさそうなのだ。ただ、絶対ないともいえないので、十七時半までにこれ以外の考えが思いつかばなければこの推理に賭けてみようか。
取り敢えずこの件は保留にする。
食堂の横、三号館の端にある外階段から出て通路を一つ飛ばした先には飛躍館がある。二階建ての建物で一階の大部分は駐輪場に侵食されている。一階部分で完全室内な場所は少ししかない。二階は所謂体育館である。今頃はバスケ部やバレー部、バドミントン部の生徒が部活動で使用しているだろう。体育館などそれこそ授業以外には縁がない。昼休みに体育館が開放されることもあるらしいが、俺は大抵教室で読書をしているので特に関係がない。それと同じ理由で、武道館もないだろう。三号館に隣接する、中庭ではない方にもう一つ、武道館と小講堂が一緒になった建物があるのだが、そこも今回の件には関係が無いと思える。体育館と同じ理由で運動場もないだろう。俺は部活動に所属していないのだから、放送室や茶道室といった場所にも縁がない。
駄目だ。結局どの場所も先生が勘違いをするところにはなりえそうにはない。このまま学校中を歩き回ったところで途方に暮れて終わる気がする。
俺は食堂横に設置されている自販機でブラックコーヒーを一つ買うと、それを手に近くの壁に背中を預けた。
赤堂さんが出した図書室の案がどうして納得させられたのか。それは、俺が行きそうでかつ赤堂さんが居てもおかしくはない場所だと思ったからだ。
だから俺は、放課後までの時間に俺が行きそうな場所を絞った。俺がよく行く場所かつ、赤堂さんも行きそうな場所があれば、その場所には真相に近づく何かがあるのではないかと考えたからだ。けれど、それで絞ろうとすると自然と候補地が消えた。何故なら、俺が人のいる場所をあまり好まないからだ。校内で教室以外に多用する場所は、出来るだけ人が来ないところ。一人で落ち着ける場所だ。そんな場所に赤堂さんが来ていれば、俺が知らない訳がない。俺の日常を犯しかねない人物として注意を向けるだろう。赤堂さんがその場所を使う頻度によっては、俺がその場所を放棄する。そんな大切にしている場所を除外したら、もう他に候補地はなかった。言っておくが、トイレじゃないぞ。さっき言った外階段や、人の来ない手洗い場などのことだ。美味しい水が出る場所を俺は知っている。
だとすれば、俺と赤堂さんが一緒にいる場所なんてない。購買に行ったとき、偶々赤堂さんが隣に並んでいて、そのタイミングが偶々、篠崎先生が学食に来たタイミングと何度か被った。そんな博打策に乗るしかないのだろうか。購買で並んだ時、隣に誰が並んでいるのかなど一々気にしない。偶然そんなことがあって、俺が気づかなかった可能性は否定仕切れない。しかし、そんな奇跡のような低確率の偶然を信じるのは怖い。
二号館の二階に当たる場所に設置された外時計を見る。時刻は十六時四十分。帰りのホームルームが終わってから二十五分が経過していた。残り時間は五十分、諦めるのにはまだまだ早い時間である。それならばもう少し考えてもいいのかもしれないが、生憎と今の考え方では残り時間を使っても納得のいく答えを見つけられそうにない。
折角だし、ここで一度思考を整理することにする。問題は『なぜ篠崎先生が俺と赤堂さんの関係が友達だと勘違いをしたのか。』俺と赤堂さんはこれまで一度も会話を交わしたことがない。入学式や全校集会で遠くから顔を見た程度のことはあるだろうけれど、本人達同士の間では今日が初対面と言っても過言ではない。クラスも違う。赤堂さんが二組で、俺が五組。クラスがある階層も三階と二階で違う。階層が違うことで使用するトイレの場所も違うければ、休み時間に何気に廊下ですれ違うようなこともない。俺はわざわざ三階で休まないし、赤堂さんも二階で休んだりしないだろう。俺の趣味の読書繋がりで、図書館で一緒になったという可能性はそれを提示した赤堂さん自身が否定した。体育館、運動場、武道館、小講堂、部活でしか使わないような場所での接触もない。購買は、あるのかもしれないが覚えていない。奇跡的な偶然に頼ってしまうところが大きい。また登下校時と同じで、それだけで友達と思うのか?という疑問も残る。俺がよく使うような場所はそもそも人が来ない。
篠崎先生が勘違いしそうなことが起きる場所はどこにもない。まさか、俺と赤堂さんとでこれほど接点がないとは思わなかった。いや、今日初めて会ったような人なのだからそんなものか。寧ろ、そんな人達に交友関係があると思った篠崎先生の方が不思議でならない。俺と赤堂さんが一緒に居るタイミングはない。それなのに俺達の仲が良いと勘違いすることはあり得るのだろうか。
一緒にはいない。でも旗から見れば仲良し。そんなことはあり得ない。そう思って偶然一緒になるような場所を探した。でもそんな場所はなかった。偶然一緒にいる可能性は多分ない。だとすればやっぱり、一緒にはいないけれど友人に見える関係を探すしかないのだろうか。でもそんなことはあり得るのか。
いや、あり得るかどうかはこの際後回しにしよう。その考えが俺の思考を停止させているような気がする。仮に、あり得るとして考えてみればどうなるだろうか。どうなったら俺達は同じ場所にいなくても、共通点がなくても友達に見られるのだろうか。
俺はゆっくりと顔を上げる。
こんな誤解、あり得るのだろうか。
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