アイツはアイツ
「せっかくここに来たのに、そんな反応されると、気が持ちそうにないよ」
リースが淹れたハーブティーの香りを楽しみ、ティーカップに口をあてる。
彼はリクシスト・ファリシム、リースと同じ17歳。リースの母親がいた頃から、彼と彼女は幼馴染だ。普段から犬猿の仲だか、なんだかんだ言ってお互いは親友関係にある。
「それで今日は何の用かしら?」
まだ怒り気味な声で話を続けるリース。
彼は持ち上げたカップを上品にソーサーに戻し、口を開く。
「あぁ、いや。ただ単に会いに来ただけ」
「何それ、気持ち悪っ」
彼女は両肩をそれぞれ別の手で掴み、震えあがる。
そんな行動を見て、片方の眉毛を上げながら再びハーブティーを口に含むリク。
リースはカウンターに戻り、商品として売るハーブを瓶に詰めた。
二人の時間を、無言の空気が流れる。
「ちなみに、今日は何のハーブか分かる?」
この沈黙を破れたのは、二人が黙り始めて1時間たった後だった。
リクは考える素振りも見せず、彼女の表情を見て言った。
「赤リンゴのフロストリローズ?こんなのも育て始めたのか」
空っぽになったティーカップを持ち上げて、「おかわり」という仕草をする。リースは参ったという風に目を回し、リクからカップを受け取る。
「正解。いつになったら、私に勝ち目はあるのかしら」
調理場からポットを抱えて、店の中に戻る。
ハーブティーを淹れる手を器用に動かし、話を続ける。
「それで、本当の用は一体何なの?」
鋭い目つきでハーブティーを淹れているが、心は落ち着いている。それはハーブティーに注ぐ、真剣な気持ちなのだ。
先ほどまで組んでいた足をほどき、リースの姿をまっすぐと見つめた。いつ見ても、目が合うように。
「お前も気づいているはずだが、ロンの母親について話に来た。それだけだ」
その言葉を聞いた途端、リースの手の動きが止まる。それはほんの一瞬で、すぐにいつもの姿勢に戻った。
彼女の動きを確認しつつ、リクは話を進める。
「もう、長くはもたないって、医者が言っていた」
リースは淹れたてのハーブティーを手渡す。いつもリクにする、ぶっきらぼうな動きではなかった。リースの顔が、曇り空に変わっている。
「わかってる。ロンに頼まれたハーブが、明らかに強い効果を持つハーブだったの。あれを使うってことは、相当なことじゃないとお医者様は判断を下さないわ」
「だよな」
リクは淹れたてのハーブティーの表面を眺める。
赤褐色をしたハーブティーの上に、一枚の花びらが乗っかっている。それは少しの衝撃を与えるだけで弾けてしまい、ハーブティーに心地よい香りを残す。
リクは、人生はこれと同じようなものだと考え、フッとその花びらを溶かした。
リースは木製の椅子をどこからか引っ張り、リクの隣に座る。
やっぱり、二人の心はどこかでつながっている。
彼女の手には、リクとは別のハーブティーをカップに淹れていた。一口含む度に、鼻腔いっぱいに香りが漂う。その一瞬だけ、頭の中が整理され、落ち着きを取り戻す。
二人はそれからまた、沈黙の時間を2時間過ごした。
鳩時計が『ポポッポ』と声を上げる。不思議なリズムを奏でる音を聞きながら、ふと我に返る二人。
「じゃあ、ここらでお暇するよ。また今度来る」
空っぽになっていたティーカップをカウンターに戻し、リクは席を立った。
「あ、そうだ」
リースはあることを思い出し、慌てて立ち上がる。
ドタバタと倉庫から持ってきたのは、小さな小瓶だった。コルク栓に巻かれている紐についている紙には、『ハール・フランチェ』と書かれていた。
「何これ」
リクは不思議そうに小瓶を受け取り、中身を眺める。
リースはどこか、奥行きのあるやさしい瞳で話しだした。
「お父様に渡してあげて。きっと、修理が大変で休めていないだろうから」
リースの表情を見て、リクはハッとする。気持ちを汲み取り、なるべく本心に触れないように言った。
「ありがとう。父さんに渡しておく」
リクが店から出て行ったあと、リースは片付けようとティーカップを持ち上げた。すると、ソーサーとカウンターの間に小さく折りたたまれた紙を見つけた。
そこに書かれている文字を読んだリースは、小さく微笑む。
「アイツらしいや」
★
その日の晩。家に帰ったリクは、受け取った贈り物を彼の父親に手渡した。
「はいこれ、ハーブ使いから。父さんが疲れているんじゃないかって、心配してた」
疲れ切っている父親から出てきたのは、「ありがとう」という小声の感謝だった。用を済ませたリクは、5メートルほどの距離で、父親が作業を再開する姿を見つめる。大きな体で、細かく複雑なものを修理していた。作業机に並べられているたくさんの棚には、小さなネジや歯車などが入っている。
時計修理を行っている父の姿を見て、どこか関心と不安が混ざったため息をひっそり吐いた。
草原のリース ふわふわくまは、いつも妄想をしている @0510kumahuwahuwakuma
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