歯舞より笑顔を込めて

@hope37564

第1話 

薄暗い場所に男はいた 

締め切った窓に乱雑に置かれた机と椅子、部屋を照らすには心もとない明りがあるだけだった 

それは事務所と呼ぶにはあまりにも簡素だった 

 

「なんやこれは?」 

 

第18次中間報告書 

我々の目的であった第六感および新たな能力開発は成功した 

しかし薬物の影響か被験者の精神は非常に不安定である 

 

獲得した能力は……、 

 

報告書を裏返す 

最後のページにはなぜか焼き目がついていた 

 

「……えらい香ばしい報告書やな……。」 

 

男の名前はトドオカ 

トドオカ組の当代組長である 

日々の糧を得るためにその肉体を用い、様々な業界に影響を与えてきた男には、その報告書に嘘は見当たらなかった 

 

トドオカ組の持つ抑止力は組長に依存していた 

そのため新しい敵に対する秘密兵器、それも自分自身がいない土地での影響力はトドオカ組においては早急の課題であった 

そのためにおおよそ科学的ではない人体実験による能力の開発を、北方領土に北の某国との共同開発という名目で行っていた 

KGB、CIAがかつて、超能力の開発を行っていたことはあまりにも有名である

報告書は月に一回、「ついたち」に上がってくる 

今回の報告書はそんな「開発」から一年半の歳月が経過したことを意味しているが、内容に怪訝な表情になる 

 

「誰も嘘を書いていないなら、こんな怪文書になるか?」 

 

誰もいないところでつぶやく 

言葉は闇に溶けた 

 

「……しゃーない、見に行くか。」 

 

当代無敵の肉体をもって見に行くしかない 

場所は歯舞群島、武力支配されている土地である 

 

「おう、ワイや。根室行の飛行機を頼む。2日後に出る。北のほうにちょっとな。」 

「……土産はトカレフでええか?」 

 




女満別空港にて上陸 


「久しぶりに来たがやはり北は寒いのー。」 

 

そう言いながら、海鮮が売りのレストランには似つかわしくない味噌ラーメンを啜っていた 

 

「しかしボス、本当に単身で乗り込むつもりですか。」 

「ああそうや。何かあったんか?」 

 

同意を確認しているわけではないことを男は知っていた 

相手はトドオカ組の組長なのだ 

男は直前に発した言葉を繰り返した

  

「しかしボス、いまから根室まで行っても目的地まで50kmはありますよ。」 

 

その問いに対して当代の組長は胸に手を当て答えた 

 

「簡単や。この身一つで渡る。幸い、泳ぎは得意や。」 

「ボス……。」

 

男の心配と忠誠が入り混じった声を側目に、ラーメンを飲み干した 

 

 






「行けない、遅刻するところだ。」 

 

私は聖カシオ女子高校に通う普通の学生だ 

みんなと違うところを強いてあげるなら恋愛にあまり興味がないところだ 

今日も今日とて通学途中です!!

みんなはタピオカとか、隣の男子高の誰がかっこいいとか、そんな話ばかりしている 

私はどちらかというと科学的なことが好きだ 

タピオカを飲み干すことにエモさは感じない 

タピオカの味よりも作り方に興味があるタイプ、とでも言おうか 

 

「あ、アキラじゃん。おはよう。」 

「ん、おはよう。」 

 

朝は寝ぼけ気味である 

 

「アキラまた眠いの?今日は昼から数学あるから気をつけないとまた当てられるぞー。」 

「ん。わかっている。」 

 

ぶっきらぼうな話し方をするとよく言われるが、私はこの言葉遣いを改める気もない 

とはいえコバ先の数学が5限目にあるのはきつい 

お弁当を食べた後に居眠りでもすれば、その日の「指名」は私になるだろう 

 


「アキラ、ご飯食べようー。」 

「ああ。行こうか。」 

 

もっぱら昼はお弁当だ 

私の席は教室の窓際にある 

そこで昼食をとるのが日課である 

いつも通りに通学し、いつものようにお弁当を食べる 

変わらない日々  

しかし、その日は異常があった 

 

空から男が降ってきたのである 

そして、その男は勢いそのままに、教室の窓ガラスを破り侵入してきた 

一呼吸をおいてまた何かが飛来してきた 

別の男であった 

 

「お、お前は……。」 

 

男の手には私の写真が握られていた 

いまから80分前 







「ここか。」

 

並々ならぬ体躯を持つ男は無計画ともいえる計画を完遂した 

根室市の先から歯舞群島まで実に50kmを泳ぎきったのである 

 

「下見に来たときは何もなかったが……、ここがウチのショバか。」 

 

海岸部から見えるのは海と山に囲まれた一つの建物だけである 

男は鍵のかかっているドアノブを引きちぎると親指を突っ込み、無造作にドアを開けた 

そこには一般的な事務所……、ホワイトボードが三つ、会議用テーブルが一つ、個人用の机が二つ、コンピュータが三つばかりがあった 

予算を節約した企業の内部を装っていた 

しかしながら、この男の目をもってすれば入り口から最も遠い西側の床に隠し扉があるのは瞭然だった 

その先にはハシゴがかかっており、地下室があった 

これこそがトドオカ組の秘密兵器生産工場だった 

だった……、というのも、何か様子がおかしい 

ハシゴが錆びているのである 

 

ハシゴも使わずに飛び降りると死体があった 

周りを見渡しても死体、死体……、おおよそ20人程度の焼死体があった 

床や壁を見ると黒こげになっており、その黒さがよりいっそう暗闇を強調していた 

地下室の床面積は4万平方メートル 

突き当りまで走る 

右折、左折、右折……、男の記憶では最短距離で建物の最奥に行くルートだ 

そして最奥、そこにそれはいた 

 

「なんだ、トドオカさんじゃないですか。」 

「なんやわれ。」 

 

そこには男がいた 

研究員からはぎ取ったのか、白衣と下着だけをつけている 

 

「何って……、あなたたちでしょう?私をここまで連れてきたのは。」 

「もともとはただの会社員をやってたんや……、今となっては無職で囚われの身や。」 

 

その男……、無職の男の周りは歪んでいた 

オーラや精神的なものではない 

視覚でしっかりと見える 

 

「せっかくなんで、トドオカさんにも味わってもらいましょうか。」

 

両手を合わせたのが見えた 

その瞬間、部屋は爆発した 

 

男はしきりにトドの名前を連呼した 

 

「トド、トド、トド……。」 


哺乳綱食肉目アシカ科トド属に分類される食肉類 

本種のみでトド属を構成する 

 

「あぁ……、退屈だ。私の力についてこれるものはいないのだろうか……。」 

 

あたりには煙が充満し、地下室はあまりの爆発に一つの部屋になっていた 

そこには煙以外、何もないはずだった 

男がいた 

 

「なんや花火か。若い頃よく遊んだわ。」 

「ほう……、耐えますか。」 

 

その時であった 

無職の男の顔と建物が歪みだしたのは 

張り付いたような笑顔 

先ほどの爆発で建物は倒れようとしている 

 

そう、地上部は情報工作のために一部屋程度しかない 

それに対して地下室は4万平方メートルの巨大施設である 

 

「しゃーない、生き埋めになる前に帰るか。」 

 

そうか 

さっき見えた歪み 

あれは蜃気楼やったんや 

高熱で空間が歪んだように見えたっちゅうわけやな 

それにハシゴが錆びとった 

あれはハシゴが酸化しとったんや 

つまり、トドオカ組が開発した新しい兵器は……。 

 

「パイロマンサーですよ。」 

「……ワイの推理を奪うなや。報告書を焼いたのもお前か。」 

「そうですよ。」 

 

このときの組長トドオカの走破能力は時速80kmだった 

なぜこの男はそれについていくことができるのか 

秘密は足に合った 

燃料は定かではないが、足から炎が出ている 

 

「人間飛行機にも成れるっちゅうわけか。」 

 

そういえば一つ、疑問があった 

 

「どこでワイの名前を聞いた?」 

「簡単ですよ。ここの人たちとゆっくりお話しをしただけですよ。なんでも、日本で一番影響力のある組長なんでしたっけ。」 

 

なるほど。 

疑問も解消し、時間も稼げた。 

ここや、この真上が出口。 

 

その時、燃える男は裸締めをした 


「なんやわれ。男に抱きつかれる趣味はないぞ。」

「いいじゃないですか。あなたたちのせいで私はこうなったんですから。それに、私の爆発に耐えることができる人物の耐久力にも興味がありますねぇ……。」 

「しゃーない。使いたくなかったがそうも言ってられへんようやな。」 

 

トドオカはその場でしゃがみこんだ 

大きく息を吸い、そして…… 

 

「耳元でささやかれるんはASMR作品だけで結構やっ!!!!!!」 

 

男は飛び上がり地下室の出口を突き破り、勢いそのままに地上部の建物も貫通した 

あまりの衝撃に無職の男は裸締めを解いており、空中で組長と相まみえた 

  

「いうこと聞かへん兵器は、こうやな。」 

 

男に放たれた技はただの突きだった 

それも空中で体重が乗るはずもないただの突き 

しかしその威力はあまりにも高く、男は水平線まで飛んだ 

残ったのは廃墟と化した研究室と無職の男が着ていた白衣、そして組長だけだった 

 

「まあ海パン履いとったしいけるやろ」 

 

何か違和感を感じる 

一仕事終えた後の爽快感がない 

即座にトドオカの脳は高速で思考する 

奴は……、飛んでいくとき両の手足をこちらに向けていた。 

そうか、飛ぶ方向に加速することで海水面に叩きつけられることなく、移動したというわけか。 

違和感の正体はこれであった 

 

「……追うか。」 

 

敵は始末しなければならない 

いつ寝首をかかれるかわからないからだ 

男はそれだけを言うと体中からオーラを出し、同じ方向に飛んで行った 

……時速720kmで 

 

二日前 

 

「ボス、これだけは耳に入れておこうと思いまして……。」 

「なんや。」 

「この学校に……、組長を名乗るモノがいるとのことでして、この写真を渡しておきます。」 

 

本来、このようなことが伝えられるのは組として異常であると思われた 

表の社会で生きる者としては、裏の人物の名前を騙るのはあまりにもリスクが高すぎる 

そしてトドオカ組はアヤをつけるものへの対応は徹底していた 

しかしながら、今回は相手が異質であった 

写真に写る少女、その名は東頭アキラ 

第一に他の組の構成員ではない 

第二に背景に暴力を持たない少女である 

第三になぜ名前を騙るのか 

 

そして時は今に還る 

聖カシオ女子高校、屋上、もとい屋根にて 

 

「やはりまだ生きとったか……。」 

「わざわざ見に来てくれたんですか?感激だなぁ。」 

 

抑揚のない声で話す 

 

「悩みはそこらへんから湧いてくる。いいことは探しても見つかりにくいのにな。」 

「ストレスは美容の天敵ですからね。でもいいんですか?こんな人目の付くところで。」 

「かまわん。今はお前の相手をするのが第一目標や。」 

「そういう意味じゃないんですよ。極道でしたっけ?そういった人たちにも道はあるんでしょうね。」 

「きさん一体何を……。」 

「こういうこともできるんですよって。」 

 

人差し指から高熱の何かが飛んだ 

それは件の少女、東頭アキラに命中した 

金属音、これはいったい 

人の形をした機械がそこにはあった 

クラスメイトは騒ぎに騒ぎ、幸運なことにソレは避難を促進させた 

教室には誰も残っていなかった 

 

「……ワイの名前を騙っていたのは機械だった、か。」 

「平然としていますけど異常事態ですよね、これ。」 

「言うたやろ。今はお前を倒すのが先や。」 

「無駄ですよ。あなたたちの投与した薬物の影響で、おおよそこの肉体は破壊できません。」

「そうか。ほれなら、しばらく旅行にでも行ったらどうや。」 

 

二人の男の距離は5メートル、徒手空拳の間合いではない 

無職の男が瞬きをした文字通りの一瞬、組長は目の前にいた 

とっさに能力の行使、それは学校の屋根すべてを焼き尽くす発火能力 

摂氏3000度で辺りは覆われた 

しかし、そこには誰もいなかった 

足元を見ると、腕が屋根から生えていた 

 

そうか、トドオカさんは炎から逃れるために屋根を破壊、教室に戻った後に跳躍したんだ 

 

「つかんだらこっちのもんや。」 

 

フンッ 

息を吐いた音が聞こえた 

瞬間、床にたたきつけられ視界は回転していた 

……ジャイアントスイングだ。 

 

「お前の対策は今度するとして……、しばらくは南の島でバカンスでもしてこいや。」 

 

男は再び水平線まで飛んだ 

 

「……さてと。」 


床に飛び散った機械の部品を集め、男は去った 

二日後 

 

「……それが今回の騒動だったと?」 

「そうや。」 

「にわかには信じられませんが、ボスがそう仰るなら……。それで……。」 

 

コンコンとドアをノックする音が聞こえた 

 

「……コーヒーです。」 

 

それは修理された東頭であった 

 

「なんでウチのお茶係を?」 

 

暴力団の事務所に制服を着た女子高生が一人 

違和感のある光景だ 

 

「ええやないか。機械やから豆の分量から温度まで正確に作れるし。ワイは能力があるものには報酬を与えるべきやと思う。おい、例の……。」 

「ええ、これです。」

 

懐から出てきたのはカプセルであった 

 

「東頭、お前、人間にならないか。これはウチのモンが作った細菌兵器、金属を分解し代わりに有機物を産生するトンデモ兵器や。」 

「ありがとうございます組長。しかし、私は同級生に見られてしまいました。内側の機械、歯車を。」 

「それがどうした?今回の騒動で正気を失ったものもおる。みんな動揺してたんや、人になって、元の生活に戻れ。」 

「……わかりました。私を修理するだけでなく、ここまでのことをしていただいてありがとうございます。」 

 

話は簡潔に終わった 

両者とも無駄を嫌うのだろうか 

そんな会話だった 

 

「それと、これも持っていけ。お前の一部や。」 

 

それは教室で見つけたネジであり、そこにはT-17JKとだけ彫られていた 

お茶係はカプセルと自身の一部を手に、退出した 

その足取りは軽いようだ 

 

「しかしなんでまた、あそこまで肩入れするんです?」 

「簡単や。聖カシオはいわゆるお嬢様学校。資産家たちの娘がおる。アイツにはそこらの情報を送ってもらう。まあ安い買いモンや。」 

「そうでしたか。やはりボスには考えがあったんですね。失礼します。」 

「ええんや。疑問を持つというのは考えて仕事をしとる証や。」 

「これからもお前には期待しとるで。」 

「イエスボス。命に代えても。」 

 

これがトドオカの人心掌握術ってわけ。 

 

高度80Km、上空にて 

人型のオブジェクトを発見、飛翔物は今も衛星軌道上を移動しています 

 

「はぁー、あれがトドオカさんか……、次はこっちも対策して、結界を作っておくか……。」 

 

男は張り付いた笑顔で燃えていた 

 

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